東アジア国際政治の総合研究プロジェクト
目的と意義
この総合研究プロジェクトでは、東アジアにおける国際環境の変化を踏まえた安全保障に関わる政治的選択の幅をつまびらかにすることを目的としています。日米を主軸に据え、なおかつアジア・オセアニアから欧州までの実務家・研究者を広く糾合して共同研究を行っています。
本プロジェクトでは、グローバルな権力移行と経済的相互依存の深化を踏まえつつ、東アジアの国際政治における緊張緩和と未来の平和的共存関係を目指した共同研究や国際連携、提言などの活動を行っていきます。
東アジア国際政治—新たなアプローチへ向けて
ニクソン大統領が訪中し、中国が国際社会に復帰する道の開かれた1970年代からおよそ40年間、日米関係と東アジア地域の国際環境には大きな変化が見られませんでした。ところが現在、その安定は失われつつあります。中国の対外政策はこれまでになく強硬に傾き、アメリカを中心とする二カ国条約によって特徴付けられた西側同盟はヨーロッパにおけるような多角的地域安全保障へと再編成に向かっています。また、韓国・東南アジア諸国ばかりでなく、中国でさえも、かつてのような強権的支配は揺らぎ、国内世論の果たす役割は拡大しています。東アジアでは貿易の拡大によって、各国の間で相互依存関係が拡大してきました。国際政治の理論に従うのなら、相互依存と政治の自由化によって地域の安定が加速するはずですが、その理論的な想定とは逆の不安定が増している理由は何でしょうか。経済と安全保障の交錯、国内政治の国際政治への影響、そのどちらをとっても各国や各分野の専門に分かれた分析を中心とした従来の枠組みによって理解することは難しいのが現状です。その両者を併せて論じるところに、本プロジェクトの最大の意義があります。
東アジアは、理論分析だけでは対処の難しい紛争の火種を抱える地域です。しかし、現状分析では必ずしも長期的な視野を持って取り組むことが難しい状態にあります。SSUでは、東アジアの各国が抱えている共通の問題や課題、つまり国内政治における他国への不信やその国際政治に対するマイナスの波及効果と、経済的な相互依存の深化が必ずしも国際環境の安定をもたらしておらず、安全保障との政策連動によりむしろ繁栄や安全確保のための弱点となることすらある、という二つの現象を取り上げて分析を深めています。そのうえで、平和的な繁栄と地域の安定を目指す日本外交や日米同盟に対して、今後どのようなインプリケーションがありうるのかという中長期的な視点から、東アジアという地域環境を捉えなおすことを試みています。
本プロジェクトでは、現状分析と連動した理論的な現象の解明が、単一の問題に対するのみではない、東アジアの地域環境の構造的変化の内実の説明とそれへの対応策を提供しうると考えています。国内社会の不信によって生じた国際政治上の問題を打開する道は、ひとつではないでしょう。日米同盟という二国間関係も、多国間の関係も、もはや単独で思考すべきものではなくなってきています。従来、日米同盟の考察は専ら二国間の関係に注目し、その同盟の緊密と弛緩ばかりが語られてきましたが、そのような課題設定を取り払い、東アジア地域の不安定とそれを招いた諸要因を明確にした上で、変容する国際環境の中に日米関係を捉える必要が生まれたと考えることができるでしょう。本プロジェクトは、学術研究としても政策提言としても従来の日米関係論とは一線を画した視座を持って取り組んでいます。
国内政治の分析を国際政治の分析に取り入れることの重要性もかつてなく高まってきています。学術的には、これまで政府間の対立はほとんど自明とされても、各国社会の間の反目・偏見・対立が議論されることは少なかったと言えます。けれども現代政治では、その体制が権威主義体制である場合も含めて、国内社会の選好が政策決定者の決定を拘束します。東アジアの現状を見ても、各国国内の急進的な世論が大きな影響を行使していることは明らかでしょう。経済、安全保障、文化交流等の各分野に跨って存在していた知見を統合することによって浮かび上がる新たな問題への照射も、期待される成果として挙げられます。そのような視角において、SSUでは、「国内政治と国際政治の交錯」を特筆すべき部分テーマとして取り上げ、研究活動に取り組んでおります。
緊張緩和と軍縮をつなげる視角
本総合プロジェクトの第二の目的は、軍備削減や軍縮を実現することで生み出しうる緊張緩和の役割に着目して調査研究を行い、国際的な研究連携・発信活動を通じてこの問題への認識を高めることです。
これまで、日本外交は核兵器削減や核軍縮へ向けて、きわめて独自の取り組みを行ってきたといえます。日本の核兵器削減や核軍縮へ向けた取り組みは、唯一の核爆弾による被爆国としての国際的な立場と平和創出のための姿勢を反映して、国際的にも認知され、評価されているところです。けれども、米ソ冷戦の終結によって開かれたに見えた核兵器削減の機会は十分に活かされず停滞してきました。橋本首相(当時)の呼びかけによって「核不拡散・軍縮に関する東京フォーラム」(1998‐99年)が開催されましたが、漸進的削減を通じて核兵器を廃絶せよという東京フォーラムの提言が活かされたと言うことはできないでしょう。
もちろん、新たな展開もあります。第一次戦略兵器削減条約の失効を二年後に控えた2007年1月、ペリー元国防長官やキッシンジャー元国務長官などが、核兵器のない世界への呼びかけを『ウォールストリート・ジャーナル』に寄稿し、2009年4月にはオバマ大統領がプラハにて核兵器廃絶への呼びかけを行いました。同年12月には日豪両政府のイニシャティブによる核不拡散・核軍縮に関する国際委員会も報告書を発表しています。このような背景のなかで、米ソ両国は交渉を重ね、2010年3月、第四次戦略核兵器削減条約の基本合意に達し、戦略核弾頭の上限を1550発と定めました。
とはいえ、そこにはいくつもの問題が残されています。まず、核戦力削減の努力はほとんど米露両国に限定され、他の核保有国の参加が乏しいのが現状です。これは米露両国の保有する核弾頭が圧倒的である以上当然とも言うことができますが、逆に言えば米露両国の核の優位が保たれる限度での核削減に留まっていることが指摘できます。米露を先頭としてイギリス・フランス・中国などがそれに続く保有核弾頭の序列には変化が見られないのであり、米露両国の核削減がいっそう大胆に進まない限り、他の核保有国を含む核戦力削減を実現することは難しいでしょう。
さらに、核兵器の拡散は、1998年に核実験を行ったインド・パキスタン両国からいまでは北朝鮮にまで広がり、イラン、さらにシリアなど、中東諸国への核拡散、そしてテロリストをはじめとした非国家主体の核兵器獲得への憂慮が広がっています。保有核弾頭の数は僅かであっても政治体制の脆弱な諸国や紛争地域においては核兵器が実戦で使用される可能性は無視できません。ですが、NPT体制は今なお脆弱であり、核拡散の危険は大きいといえます。インドやパキスタンなどの新たな核保有国は核戦力削減交渉の外に置かれ、北朝鮮についても6カ国協議における非核化の努力は十分な成果を上げていません。
このような状況を前にして、日本国内から発信される核廃絶の呼びかけは、二度と核兵器が使用されることのないよう、ヒロシマ、ナガサキの被爆経験を伝えることに集中してきました。その努力は尊いものですが、核戦力削減の現状を見るとき、被爆体験の伝承と並んで新たな方向付けや行為指針が必要とされていることも否めないでしょう。
本プロジェクトの意義は、日本において特殊な大量破壊兵器としてばかり捉えられてきた核兵器を、軍備管理の一環として位置付ける視点を導入し、その削減が規模は限られていても緊張を緩和する効果は大きいことに着目するところにあります。この視点によって、核兵器削減のための発信や活動が、紛争地域における平和構築という、これもまた日本政府が積極的に進めてきた事業との連関性を持ちえ、両者をブリッジすることで日本外交における平和創出のための国際貢献活動が内外により明確に意識され、理解されることにも繋がっていくのではないでしょうか。