PARI

Read in English

国際社会におけるリスクの多様化と安全保障・外交の新次元(2015年度外交・安全保障調査研究事業費補助金(総合事業))

パワートランジションや科学技術の進展がめまぐるしい21世紀において、安全保障が対象とする問題も大きな広がりを見せている。その中で特に、1.脅威の多様化/アクターの多様化、2.脅威からリスクへの面的広がり、そして3.対応段階の違いの重要性、の三点を指摘することができるだろう。またこれに加えて、4.国際政治学を土台とした安全保障・外交研究が抱える課題についても大きく三つの点、(1)実務家と研究者の認識の隔たり、(2)世論の外部的作用に対する正確な認識、そして(3)若年層の参加の乏しさ、を指摘することができるだろう。

本プロジェクトの目的・意義は、上記三つの問題点にも対応しつつ、21世紀における安全保障・外交の新次元開拓とネットワーク構築を行うことである。特に本プロジェクトでは、(1)宇宙、(2)核兵器、(3)サイバーという三つのテーマを設定し、具体的事例の調査・研究を行うことで、21世紀型の新しい安全保障・外交問題の実態解明、理論の再構築、そして対応策を探る。

まず、古くて新しい事例として「宇宙」と「核兵器」の問題を取り上げる。宇宙は、冷戦初期の時代から安全保障と密接に関わる空間であり、安全保障のために利用される空間である一方、安全保障の対象にもなってきた。しかし冷戦時代には、宇宙を利用できる主体もわずかな国に限定され、その中心は米ソであった。また宇宙空間は、米ソ双方による抑止戦略とも密接に関係していたことから、宇宙利用についても一定の安定性・共通理解が保たれてきた。しかしながら、途上国も含む宇宙活動を行う主体の多様化やパワーバランスの変化の中で、宇宙をめぐる安全保障も新たな次元を迎えている。

同様に、「核兵器」も古くから安全保障問題の中心であったが、近年では新たな局面での対応に迫られている。従来は、軍備管理・軍縮を主要な争点として展開してきた国際政治における核研究も現在では核拡散を主要な課題としてリスク管理に大きくその焦点を移している。そこでは、伝統的な軍事利用と民生の区別が曖昧となり、軍事・民事を横断した包括的な核リスク管理の国際ネットワークが求められている。

また、これに加えて、第三の事例として「サイバー」を取り上げる。サイバーセキュリティの問題は上記二つの事例とは異なり、極めて新しい安全保障上の課題といえる。科学技術の急速な進展によって生み出されたサイバーセキュリティの問題は、伝統的な安全保障概念、すなわち、主権国家と抑止という枠組みのみではもはや安全保障を捉えることを困難なものとした。また新興国・途上国という要素に加え、国家から個人へのパワートランジションという現象も指摘できるだろう。その一方で、サイバー攻撃の脅威への対応は、国家単位による予防・防衛策や緊密な多国間協力も必要としており、依然として伝統的な安全保障概念を切り離して考察することが難しい局面も存在する。つまり、サイバーの問題は新しくて古い外交安全保障問題の最適な事例といえるのだ。

上記のように個々の事例に対する一定の調査・研究を行うのと同時に、本プロジェクトでは、「宇宙」、「核兵器」、「サイバー」の三領域の安全保障・外交問題がそれぞれ交錯し、新たな安全保障問題を生み出す実態に着目し、この事象と実態を解明することで、21世紀型安全保障の複雑さを示すとともに、分野融合的なアプローチのあり方を探る。

研究体制

例えば、宇宙システムは、軍備管理や核実験の査察・監視手段として古くから利用されるなど、核兵器をめぐる安全保障・外交とも密接に関わってきた。一方で、宇宙空間における核爆発は、地球軌道上に存在するあらゆる宇宙システムに致命的ダメージを与える。また、宇宙空間の安定的・持続的利用のためには、サイバー空間の安定性が不可欠である。こうした問題は、宇宙システムや地上インフラに対するサイバー攻撃への対応が今日の宇宙安全保障において直面する深刻な課題となっていることからも明らかである。スタックス・ネットを使ったイラン原子力施設へのサイバー攻撃は、単なるサイバー攻撃の範疇を超え、国際的な核不拡散政策や二国間あるいは多国間関係にまで広く影響を及ぼすこととなった。同様に、あらゆる情報が宇宙システムを介して通信されている今日、宇宙空間の安定的な利用環境の維持はサイバー空間の安全保障の問題でもある。このような分野横断的な安全保障・外交課題の実態にどのように対応していくかという問題こそ、21世紀型安全保障の要といえよう。

さらに本プロジェクトでは、こうした具体的事例研究と分野間交錯の実態解明を通して、21世紀における安全保障の新次元に迫る理論的基礎を形づくる。第一に、安全保障問題の広がりの中で、従来の伝統的安全保障の見方だけでなく、リスクや安全安心の側面にまで視点を広げた新たなアプローチのあり方を検討する。第二に、抑止のあり方についても再検討が必要である。これまでは国家と国家との抑止を意味していたが、新たな状況への対応に迫られる中でヒューマンセキュリティーを含む多層的な抑止にまで考えを広げなければならない。誰が何をどのように抑止するのかという、主体の多様性と要因の多様性に対応する必要があるからだ。このような問題点を指摘する声は少なからず存在する一方で、調査・研究課題の複雑性や事例研究の難しさ、そして何より刻一刻と変化する状況を的確に捉え判断することの難しさから、真正面からこうした問題に取り組み十分な成果を生み出した調査・研究はない。本プロジェクトでは、東京大学が持つ国際的な人材ネットワークおよび大学間連携プログラムを駆使し、学際的な人材に協力を要請しつつ、また実務家とのインタラクションも通じて、21世紀型安全保障についての理論構築を学術的な視点から行い、日本の外交政策の土台として活用できるものを提示したい。

また上記のような調査・研究を通じて国際的人材ネットワークの構築、特に次世代の研究者・実務家との橋渡しを行っていく事も本プロジェクトの大きな目的の一つである。21世紀における新たな外交安全保障政策の検討には、(1)学術的な研究をそれだけで終えるのではなく、その研究成果を政策提言としてまとめることに加え、(2)その提言を直接実務家に送り届けることが必要となる。また、次世代の研究者・実務家を育成するためには、ただ若手に向けた一般的な発信を続けるだけではなく、(3)若年層を直接のターゲットとするトレーニングの場が必要となる。本プロジェクトでは、東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニットがこれまで展開してきた国際的共同研究の実績や人材ネットワークを駆使し、積極的に若手層の取り込みを図る。政策提言を直接実務家に届けるロードショーや将来の政策を担う若手を集めた集中的なトレーニング・ワークショップを行うことで、中堅実務家のみならず若手実務家との直接的な意見交換の場および提言を説明する機会を設ける。本プロジェクトで導き出された成果を現実の外交安全保障政策に反映する可能性を広げるという意味では、その意義はきわめて大きいといえるだろう。

これまで研究者が出す研究成果や提言が政策決定の中枢にまで影響を及ぼし得なかった背景には、本プロジェクトが目指す、中長期的な政策への影響にまで努力が及ばなかったからともいえるだろう。また、本プロジェクトでは研究者が実務家によってより現実的な視点を学ぶ機会を設けるという重要な視点もあることを見逃すことができない。実務家と研究者とのインタラクションの成果を調査・研究面にもフィードバックすることで、研究と実務の隔たり、さらに中堅実務家と若手実務家との間の乖離を少しでも埋めることができるからだ。国家の外交安全保障政策は実務家だけではなく、それを学問の分野で支える研究者との共同作業であるべきであり、本プロジェクトはこの点を実現するための一助となることを目指し、大きな意義と捉える。