公開ワークショップ:東アジアの核軍備管理−過去・現在・未来
日時: | 2014年8月5日(火)13:30-17:00 |
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場所: | 国際文化会館 岩崎小彌太記念ホール |
題目: | Public Forum “Arms Control in East Asia: Past, Present, and the Future” |
報告者: |
ギャレス・エバンス(オーストラリア国立大学学長) ジェフリー・ルイス(モントレー国際大学教授) スコット・セーガン(スタンフォード大学教授) 沈丁立(復旦大学教授) 野口泰(外務省軍備管理軍縮課長) 秋山信将(一橋大学教授) 藤原帰一(東京大学教授) |
言語: | 日英同時通訳 |
協力: | 国際文化会館 |
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Movie Session 01: 1:12:37, Session 02: 58:00
このたび東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニットは、国際文化会館の協力のもと、同会館にて「東アジアの核軍備管理−過去・現在・未来」と題した公開ワークショップを2014年8月5日に開催した。本ワークショップには米国、中国、オーストラリアそして日本から軍備管理・軍縮分野に精通した登壇者を招聘するとともに、多くの市民の方々をはじめ、数多くの研究者や実務家の皆様の参加に恵まれた。なお今回のフォーラムは、昨年度より登壇者たちが中心となって行われてきた「ひろしまラウンドテーブル」(広島県主催)の成果を東京でも披露するとともに、軍備管理、軍縮、不拡散に関する興味・関心を市民の皆様に持っていただきたいとの思いから、外務省補助金事業の一環として開催が実現した。
Photo: Nakagawa Nobuaki
フォーラムの冒頭で主催者の藤原帰一教授(東京大学、当センター安全保障研究ユニット長)はまず、本フォーラムの基盤となった「ひろしまラウンドテーブル」について説明を行った。「ひろしまラウンドテーブル」での一つの重要な命題が、核兵器に頼らない安全保障をどのように実現するのか、というものであった。核抑止が平和と安定をもたらすという議論は古く冷戦期から存在しており、たとえば現在の東アジア情勢に鑑みた場合、北朝鮮の核・ミサイル開発を目の前にすると核抑止や核の傘の議論は依然有用にも見えるだろう。だがその一方で、当然ながら核兵器の存在そのものが国際安全保障に不安定をもたらすという主張も根強い。核軍縮や不拡散を推進していく際、この考え方が基本的な立場となるわけだが、かつての第一次世界大戦後の海軍軍縮会議と日本の動向を例にとると、軍縮を押し進めることで国際環境が不安定化した事実もあることにも留意する必要がある。すなわち、中国に対して一方的に軍縮への圧力をかけることで、却って東アジアの安全保障環境を不安定化する可能性もあると藤原教授は指摘した。それは、米中間、あるは日米中間の緊張が高まりつつある中で、仮に紛争が勃発したとき、それが核戦争に発展する可能性が否定できない状況が存在するという点でも、決して無視できないことであるからだ。だがこのような状況は、関係国間の信頼醸成を進めることで避けうる。東アジアにおいては、この信頼醸成を核の軍備管理という形で行っていくことが望まれると藤原教授は述べた。
冷戦後、確かに核軍縮は目に見えて進展したが、これは米ロ間にのみ当てはまるものである。他の核保有国に関してはほとんどその努力が見られていないのが現状である。
本ワークショップは二つのセッションで構成された。
第一セッション「東アジアにおける軍備管理の可能性」では、藤原教授が司会を務め、ジェフリー・ルイス教授(モントレー国際大学院)、沈丁立教授(復旦大学)が登壇した。
ルイス教授は、米ロ間のみならず中国をめぐる東アジア地域でも国際的な緊張が高まっていると指摘した。と同時に、北朝鮮による脅威も安全保障を脅かすものとして深刻化している。ルイス教授によると、現在軍縮努力が進んでいないのは、このような国際的な緊張が高まっているためである。核兵器を保有する国家は通常兵器による攻撃に出る可能性も高く、それゆえに東アジアでは軍縮への見通しが未だ低いと指摘した。
このような北朝鮮、あるいは中国の姿勢は核保有によって生み出された「安全」が、通常兵器による作戦を起こりやすくしているという、安全保障のパラドックスを示している事実、現在米国は通常攻撃部隊や対ミサイル防衛の拡充を進めており、中国も防衛や海軍の展開能力の強化に努めている。だが、これら通常兵力の増強は、核軍縮のための対話を中断させる理由にはならず、むしろより進めていくべきであるとルイス教授は主張した。
米国は中国に対して自国の有する核や現在の近代化計画は中国に対するものではないと明言すると同時に、中国は米国とその同盟国に対して中国の核戦力は防衛的なものであり、東アジア地域における紛争解決の手段としないことを保証する必要がある、とルイス教授は語った。また中国政府に対して核兵器数の現状維持を求めた。
最後にルイス教授は、広島と長崎の悲劇はすべての人々に核軍縮の必要性を最も強く思い起こさせるものであると述べて発言を締めくくった。
沈教授は日中間の外交交渉の難しさをまず指摘しつつも、核軍縮に関して現実的かつ象徴的な姿勢をとっていく必要があることや双方の対話の重要性を語った。現在、中国政府が軍備増強に邁進していることは、地政学的見地からやむを得ないことであると指摘しつつも、それと同時に中国政府は核軍備管理に積極的に取り組む必要があるとも指摘した。そのため、中国は非核保有国だけでなく、すべての国に対し核の先制不使用の宣言を維持することが望まれる。沈教授は、「一方的軍縮」(unilateral disarmament)として中国が例えば核弾頭を200から190に削減を行うことを提案している。このような措置をとることによって中国の持つ核抑止力を低減することなく、中国政府が核軍縮に積極的である姿勢を国際的に示すことができると指摘した。
核軍縮を進めるにあたっては、圧倒的な数を保有する米ロが作業の中心となるものの、中国の協力も必要となる。東アジアにおいて様々な問題を解決し平和と安定を目指す上で重要な視点は、文化的な違いによって生まれる違いを尊重しつつ、妥協点を模索することであると、沈教授は強調した。
続く第二セッション「東アジアで核軍縮をどう進めるか」では、スコット・セーガン教授(スタンフォード大学)が司会を務め、秋山信将(一橋大学)、ギャレス・エバンス教授(オーストラリア国立大学)、野口泰(外務省軍備管理軍縮課)が登壇した。
まずセーガン教授は核軍縮を推進する難しさを認識しつつ、核拡散防止条約(NPT)第6条にも明記されているように、この難しい作業が核兵器国のみに課される義務ではない点を強調した。非核兵器国も大きな役割を果たすことができると述べ、セーガン教授は二つの役割を示した。第一に、ウラン濃縮やプルトニウム再処理のための核燃料サイクルの国際管理のためには各国の協力が必要となる。このような技術を持つ国家が存在する限り、そしてNPT第10条(脱退条項)が存在する限り、核廃絶を達成することは不可能であるからだ。第二に、非核兵器国は核兵器国から享受される核の傘や核抑止をどのように受け止めるのかという見地から、核兵器国の戦略的立場や政策に影響を及ぼすことができるとも指摘した。
秋山教授は、主に核兵器の非人道性についての指摘と説明を行った。これは国内および国際的に懸念が高まっている点である。核兵器は国家の安全保障においてどのような役割を担っているのだろうか。このような命題を考える際、核兵器の非人道性を無視した議論を行うことはできない。その一方で、核兵器の非人道性の問題を考察する際に安全保障の観点を省くこともまた不可能なのであると述べた。つまり、核問題、そして軍縮について真剣に考えていく場合、双方の視点からの考察が重要となるのである。日本はこの点において難しい立場にいる。昨年、国連においてニュージーランドの発案により、いかなる場合における核の不使用を規定する文章が作成された。日本はこれに署名したが、同時に、オーストラリアの提起した核抑止を認める共同声明にも署名を行った。この出来事は、日本の核政策に対する対応の難しさを端的に示している。
これまで核兵器の非人道性についてノルウェーやメキシコで国際会議が開催されてきた。今年12月に第3回目となる会議がオーストリアで開催される予定であり、これまでの核兵器をめぐる人道的影響に関する議論の重要な岐路となるであろうと秋山教授は指摘した。すなわち、核兵器が非人道的な兵器であるという点は誰しもが同意する点である一方で、その次のステップとして一体何をするべきなのかというところに議論を持っていく必要があるという。広島ラウンドテーブルの提言では、核兵器国5か国に対して次回のオーストリア会議への参加を要求している。
実際に核兵器を使用せざるをえない究極的な状況を目の前にした場合、道義的・規範的側面を凌駕して実際に使用に踏み切ることは可能なのだろうか。核兵器の非人道性の問題において、この点が最も難しい点となると秋山教授は述べた。また、核兵器を保有することで生じるコストが核兵器に頼る国家安全保障がもたらす利益よりも大きいと考えられるような状況を構築していくこともまた重要となる。その点において、国家間の信頼を醸成していく作業の意味は大きい点も付記した。
エバンス教授は核軍縮という作業において、「誰が」「何を」するべきなのかという点から議論をはじめた。広島と長崎の惨劇は人々の感情に訴える力があり、自身もそれが核軍縮を推進していく大きな原動力になっていると述べた。
また核兵器の非人道性に関する議論に賛同しながらも、エバンス教授は政治指導者たちが軍縮に前向きになるためには、人道的観点からの議論だけでは足りないと論じた。現実の目標を達成するためには、理性的で賢明なやり方で示す必要があるため、2025年〜2030年までに全面核軍縮を達成することにこだわる必要はないものの、核弾頭の大幅な削減は可能であると主張した。
それぞれの国家がとるべき行動についていえば、まず中国は核兵器の先制不使用を忠実に守るべきであると説いた。さらにいえば、中国政府は核兵器の生産を抑制し核弾頭の数を現状のまま維持しつつ、核関連施設の透明性を高めるべきであると説明した。一方の米国は、軍縮に向けて、たとえ象徴的なものであったとしても単独的な行動を取るべきであるとエバンス教授は指摘した。昨今見受けられる米国による軍の近代化は往々にしてロシアや中国から脅威と捉えられており、国際環境の不安定を煽る可能性を包含するからである。最後に、日本をはじめとする米国の同盟国に対しては、拡大抑止の問題を取り上げ、核のない世界を望みながら同時に米国による拡大抑止を享受するという矛盾した状況に留まり続けることはできないだろうと述べた。
野口氏はまず、必ずしも日本政府の見解を示すものではないとしながらも、可能な限り政府の現在の姿勢を説明したいと述べた。野口氏は、現在東アジアにおいて核管理の枠組みが存在しないことに鑑み、グローバルな枠組みであるNPTから考察をする必要があるという考えから議論をはじめた。日本にとって最も深刻な安全保障の脅威である北朝鮮の核・ミサイル開発であり、その北朝鮮が仮に非核化に踏み切ったならば、NPTはそれを担保する法的な基盤となりうるため、非常に重要なツールであると述べた。
NPTは核兵器国5か国と非核兵器187か国を「差別」する条約であり、軍縮が進まないことに非核兵器国は不満を募らせている。核の非人道性の問題と併せてNPT6条を通じて核軍縮を求めていく必要があるだろう。
来年開催されるNPT運用再検討会議が成功裏に終わるためには、中東の非大量破壊兵器地帯について検討することと、今年12月にウィーンで開かれる核兵器の人道的側面に関する会議に核兵器国5か国が参加するという二点が鍵となると野口氏は指摘した。前者に関しては、2012年までに中東非大量破壊兵器地帯に関する地域会議の開催が約束されていたにも関わらず、それが実現しなかったことを受け、来年2015年までに開催が実現しなかったならばNPT体制そのものが危機的状況に陥るだろうと、野口氏は警鐘を鳴らした。また後者については、ウィーンで開催予定の核の非人道的側面に関する国際会議から4か月後にNPT運用再検討会議が開催されることを受け、12月に核兵器国が5か国とも参加が実現したならば、非常によい機運でNPT運用再検討会議が開催できるだろうと述べた。
岸田外相が行った長崎演説にもあったように、「核兵器の数の低減」、「核兵器の役割の低減」「核兵器を保有する動機の低減」が重要となる。この演説をとおして日本政府としての立場が明確に示されたと野口氏は説明した。軍縮を唱えながら同時に拡大抑止を求めることは本質的に矛盾するものではないという。
最後に野口氏は「核分裂性物質に関する国際パネル」(IPFM)が作成したマトリックスを使用して、核軍縮を促進させるためにも、核兵器国が自身の核に関する諸情報の透明性を高めることを望むと話した。