SSUフォーラム:Todd H. Hall 准教授
日時: | 2017年5月11日(木)10:30-12:00 |
---|---|
場所: | 伊藤国際学術研究センター3F 特別会議室 |
講演: | “Studying Emotional Politics in International Relations.” Todd H. Hall 准教授(オックスフォード大学) |
言語: | 英語 |
主催: | 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット |
2017年5月11日(木)、東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)は、トッド・ホール氏(オックスフォード大学准教授)を講師に迎え、 “Emotions and International Relations”と題したSSUフォーラムを開催した。ホール氏は、感情と国際政治の関連についての研究で知られ、近著に、“Emotional Diplomacy: Official Emotion on the International Stage” (Cornell University Press, 2015)がある。司会は高原明生教授が務めた。
国家は感情を持ちうるのだろうか。ホール氏は、外交文書において、遺憾や憂慮、懸念といった感情を表す言葉が用いられているが、他方で、国家が法的な構築物であって、実際に感情を持つことがないことも明らかだと指摘する。ではなぜ、国家は感情を表明することがあるのか。ホール氏は、当初は、国家の感情とは、国家を構成する国民、つまり、共通の歴史や経験、価値、文化を持つ人々の感情の集合であると考えたという。しかしながら、ホール氏によれば、研究を進めるにつれ、ことはより複雑であることが明らかになってきた。最も強い感情は、国内対立において喚起されるのであって、必ずしも国際関係ではそうではなかったというのである。
ポイントは、政策決定者が実際に抱く感情と、外国に投げかける感情は異なる、ということだとホール氏は指摘し、これを「感情外交」(emotional diplomacy)と呼ぶ。感情外交とは、国家が公的な感情を表明するものであり、ある目標が、取引、強制、説得といった通常の外交手段では達成できないと考えられた時に用いられる、意図的かつ計算された外交の手段である。
ホール氏によれば、したがって、国家が感情を表出するという行為は、国民に共有された感情から湧き出るものではない。それは、国家の意志であり、外交の手段なのである。外交官がジャーナリストにある外交問題に関して怒りを表明する時、それは、その外交官が実際に起こっているから怒りを表明するのではない。それは、そのようにふるまうよう、政府が意図しているからである。
ホール氏は、ドイツとイスラエルが和解を達成した1952年のルクセンブルク補償協定の事例でも、同様の状況が確認できると指摘する。同協定では、ドイツが謝罪と悔恨の念を表明し、イスラエルが和解の意を示したが、これはドイツでもイスラエルでも国内から強い反発を呼び、政治エリート層においても合意があったわけでもなかった。しかしながら、この感情外交によって、ドイツは戦後世界における新たなアクターとしての地位を確立し、イスラエルはドイツの賠償を通じて財政基盤を固めることができた。
こうした事例から、ホール氏は、政治的和解は、ルクセンブルク保障協定のように、政治的・戦略的なインセンティブによって達成されるものであって、世論や国民の和解に先行するものであると指摘する。例えば、ロシアや中国が、9.11同時多発テロに際して同情と共感を表明したのも、これを通じて対米関係の改善を図り、あるいは両国の安全保障政策を対テロ戦争の文脈に位置づけて正当化するといった他の外交目標を追求することが目的だったと、ホール氏は言う。
ホール氏は、最後に、こうした感情の表出がいかに政治的な選択肢を生み出し、あるいは拘束するのか、また個人と団体と国家の感情の問題は、いかに関連しているのか、といった興味深い問題が今後の課題として残っていると指摘して、講演を締めくくった。