SSUフォーラム:Andrew Norris 准教授
日時: | 2017年9月28日(木)16:30 - 18:00 |
---|---|
場所: | 伊藤国際学術研究センター3F 中教室 |
講演: | “Being Realistic about Neoliberalism”
Andrew Norris 教授(カリフォルニア大学サンタ・バーバラ校) |
言語: | 英語 |
主催: | 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット |
2017年9月28日(木)、東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)は、アンドリュー・ノリス氏(カリフォルニア大学サンタバーバラ校准教授)を講師に迎え “Being Realistic About Neoliberalism”と題したSSUフォーラムを開催した。ノリス氏は、近著 Becoming Who We Are: Politics and Practical Philosophy in the Work of Stanley Cavell (Oxford University Press, 2017) をはじめとした、政治哲学に関する著作で知られる研究者である。司会は、藤原帰一氏(政策ビジョン研究センター長/東京大学教授)が務めた。
講演課題であるネオリベラリズムは、政治と経済の関連を考えるうえで、現在に至るまで中心的地位を占めていると、ノリス氏は言う。ネオリベラリズムとは、社会における経済の在り方に関する思想であり、ノリス氏によれば、これは戦間期に急速に多様な形態をとって勃興した社会主義及び社会民主主義に対抗するものとして生まれた。ネオリベラリズムの代表的論者であるフリードリヒ・ハイエク、ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス、カール・ポパー、ミルトン・フリードマンといった人々は、19世紀リベラリズムの核となるメッセージの再興を目指していた。しかし同時に、ノリス氏によれば、こうしたネオリベラリズムの主唱者は、20世紀は19世紀とは全く異なる状況にあり、リベラリズムを新たな環境に適応させる必要があることも十分に認識していた。
1930年代末以来、ネオリベラリズムは、資源の配分システムとして、市場が最も効率的なシステムであり、したがって政府の役割は市場を保護することに限定されるべきだとの主張を展開してきた。市場システムを可能な限り広範な領域に適用することで、経済効率が最大化され、経済成長が促進され、そして繁栄が約束されるというのである。
ノリス氏によれば、1970年代以来、マーガレット・サッチャー、ロナルド・レーガンといった政治家の登場とともに、ネオリベラリズムは政治の主流となった。さらに冷戦の終結とともに共産主義が崩壊し、また後にはトニー・ブレアのような中道左派でさえネオリベラリズムに同調したことで、この路線は確たるものとなったと、ノリス氏は言う。そしてネオリベラリズムによる私有化と市場化の極端な推進は、ノリス氏によれば、アメリカによるグローバライゼーションの拡大とあいまって、社会に大きな傷跡を残した。ネオリベラリズムは失敗したというのである。
ノリス氏は、特に、ネオリアリズムの理論的思考を支える「選好」(preference)概念に疑念を提起した。ネオリアリズムの議論では、個々人の選好は完全に各自が自由に選択できるものと仮定され、共同体や政府はこれについて何らの発言権もないものとされる。しかしながら、このような議論では、個人の「選好」と「必要」を区別することができないのだと、ノリス氏は指摘する。
ノリス氏によれば、個人の選好とは、個人が自由に選択しているものではなく、歴史的に形成されるものであり、また共同体による強い影響下にある。この選好の形成が共同体の役割であり、またとりわけ、この点では人文学の影響が大きいとノリス氏は言う。何が価値があるものとみなされるべきなのかについての基準を提示し、それによって個人の「選好」と「必要」の差異を明確なものとするのである。ノリス氏は、人文学は、人間の発展と啓蒙、さらには個人の願望と選好を形成するという、本来の教育志向の起源に回帰する必要があると指摘する。そしてこれこそが、ノリス氏によれば、新たな政治経済学の礎になるのである。
この点で、ノリス氏が注目するのが、アメリカの哲学者スタンリー・カヴェル(Stanley Cavell)が提唱する、「権威」(authority)と批判の役割である。ノリス氏は、権威と批判を通じて、共同体の構成員はかつての自己を新たな自己へと変革することが可能となる。批判とは共同体を破壊するものではなく、むしろ変化させるものである。そして、ノリス氏は、このような困難な変革こそいま求められているのだと述べて、講演を締めくくった。