SSUフォーラム:David Held 教授
日時: | 2017年10月24日(火)10:30 - 12:00 |
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場所: | 伊藤国際学術研究センター3F 中教室 |
講演: | “Elements of a Theory of Global Politics: From the Holocaust to the Present Day”
David Held 教授(ダラム大学) |
言語: | 英語 |
主催: | 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット |
2017年10月24日(火)、東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)は、デイヴィッド・ヘルド氏(ダラム大学教授)を講師に迎え 、“Elements of a Theory of Global Politics: From the Holocaust to the Present Day”と題したSSUフォーラムを開催した。ヘルド氏は、民主主義論、またグローバライゼーションに関する業績で知られる、イギリスを代表する研究者である。司会は、藤原帰一氏(政策ビジョン研究センター長/東京大学教授)が務めた。
ヘルド氏は、現代のグローバル化した世界について論じるにあたって、まず、2013年に公表された自著(共著)、“Gridlock: Why Global Cooperation is Failing when We Need It Most”の議論を振り返った。同書は、グローバル化し、相互依存が強まる現代の世界に関して、悲観的な見通しを提示したものであった。世界各国は現代社会が直面する喫緊の課題に協力することができず、それによって国際社会の不安定化がもたらされるだろうというのである。
同書は、環境問題に関するコペンハーゲン会議やドーハラウンドといった国際協調が失敗した要因を検討したものであるが、ヘルド氏によれば、それは交渉の不調や利害対立といった内生的なものではなかった。その要因は交渉の外部にあったと、ヘルド氏は言う。
ヘルド氏は、第二次世界大戦以来の歴史を概観し、近年に至るまで、国際協調を促進する力学が働いていたと指摘した。冷戦期は、米ソ対立の時代であった。しかし、人類の絶滅の可能性があるこの危機は、米ソ双方の脆弱性を拡大し、結果として国際協調の増進と、さらにはグローバル・ガバナンスといえる状況を生み出したのだと、ヘルド氏は言う。さらに、冷戦期は、日本、アジア諸国、さらには中国などを中心に、飛躍的な経済発展が起こった時代でもあり、経済的な相互依存も飛躍的に増大した。
ヘルド氏によれば、冷戦期の国際秩序や技術開発といった外部要因によって、政治的、また経済的相互依存が拡大したことで、内生的な好循環が生まれたのだという。相互依存の進展が国際協調とグローバル・ガバナンスの必要を増大させ、それが各種の国際組織の成立を促進する。そして、国際組織を通じてさらに国家間の相互依存が拡大し、これがさらに国際協調の可能性を広げていったのである。
しかしながら、ヘルド氏によれば、いまやこの好循環は終焉した。まず、この好循環の結果として非西欧諸国が急成長を遂げ、アメリカと西ヨーロッパ諸国という「西側」の優位が崩れ、多極化が進んだ。第二に、国際組織が官僚化し、第三に、この結果として新たなより難しい課題が出現したときに対応できなくなった。
ヘルド氏は、こうして、「グリッドロック」が生まれ、これがそれまでの好循環を裏返すかのような、内生的な悪循環を生んだと指摘する。既存の国際組織や国際協調のメカニズムでは、グローバライゼーションが制御不能になり、またグローバルな問題も解決できなくなる。この状況に各国で不満が募り、グローバライゼーションそのものに対する反発が強まると、ポピュリズムやナショナリズム、そして排外主義が台頭する。そしてこのような政治勢力の台頭は、国際協調の可能性を阻害し、グローバル・ガバナンスの機能をさらに低下させる。結果としてグローバライゼーションとグローバルな問題はさらに制御不能となり、これに対する不満も増大していくのである。
こうした悲観的な見通しに対して、新たな展望を示そうとするのが、ヘルド氏の新たなプロジェクトである、近著(共著)、“Beyond Gridlock”である。同書は、核拡散、金融、サイバー、貿易、投資、グローバル・ヘルス、移民、人権、エネルギー、環境問題といった、グローバルな課題に関する専門家との対話を通じて、このグリッドロックと悪循環からの脱出の可能性を探ったものだとヘルド氏は言う。多様な議論の中でも、ヘルド氏が重視するのは、市民社会と国家の協力である。環境問題を中心に、ヘルド氏によれば、グローバルな課題を解決することを目的として非国家主体と国家が協力することで問題解決への道筋が見出されたのであった。グリッドロックの存在を意識することこそが、このような新たな形態のグローバル・ガバナンスの可能性を生むのだと述べて、ヘルド氏は講演を締めくくった。