PARI

Read in English

五大学会議報告 2014年12月12-13日 於 プリンストン大学


2014年12月12日から13日にかけて、プリンストン大学で開催された「五大学会議」(the Five-University Collaboration on East Asia Security Conflict & Cooperation Sixth Annual Conference)に、昨年度に引き続き参加した。これは、東アジアの安全保障を主な議題とする年次の国際会議であり、今年度は第六回目の開催であった。プリンストン大学、北京大学、高麗大学、シンガポール国立大学、そして東京大学の五大学から教員と大学院生が参加し、各自の研究報告とそれに基づくディスカッションを行なった。今年度は、教員の研究報告を中心に進められる五つのセッション(総合セッション)と大学院生の研究報告を中心に進められるセッション(院生セッション)の計六つのセッションが設けられたが、以下、総合セッション・院生セッションの順に紹介したうえで、来年度に向けての展望を簡潔に述べて結びとしたい。なお、今回当センターからは、藤原帰一教授、飯田敬輔教授、高原明生教授、また、田中均氏(日本総研国際戦略研究所理事長)、中村長史(東京大学大学院総合文化研究科)が参加した。

総合セッション

まず、最初のセッションでは、東アジアの安全保障の現状について大局的な議論がなされた。ここで参加者は改めて、当該地域において課題が山積していること、そしてその諸課題について五カ国・五大学の参加者が集まる当会議において多面的・複眼的に議論する必要性があることを確認した。続いて、領土問題(第二セッション)、歴史認識問題(第三セッション)、経済問題(第四セッション)、軍備管理問題(第五セッション)といった個別のイシューについて議論が深められた。各セッションのテーマを見るだけでもわかるように、本会議で扱われた安全保障問題は広義のそれであったが、いずれのセッションにおいても前のセッションを引き継ぐ形で議論が白熱したことは、現在の東アジアがそれだけ多岐にわたる、そして相互に連関する問題を抱えていることを如実に示すものであったといえるだろう。

このなかで私自身の研究との関わりもあって特に関心を抱いたのは、次のような議論であった。すなわち、政治的対立と経済的連携の共存状況が長きに渡り続いていることが北東アジアの特徴であり、ある参加者の表現を借りれば、「北東アジアの逆説」というべき国際政治学者にとって不可思議な現象だというものである。会場では少なからぬ参加者が支持していたように見受けられたが、私には必ずしもそうは思われない。経済的相互依存下で武力衝突にまでは至らない程度の政治的対立が継続することは、逆説というよりは、むしろ一定の時点からはごく当然の帰結ではないか。

それというのも、そのような状況(いわゆる「政冷経熱」)が続くことは、やがて政治的対立が経済的領域に飛び火することはないという安心感を政策決定者に与えるため、ひとたび領土問題等で突発的に国家間の緊張と国内世論における排外的ナショナリズムが高まると、政府にとっては政治的対立の収束につながる穏健な政策を採ることよりも強硬な政策を採ることの方が合理的になるからである。強硬策を支持する国内世論への配慮から政策の選択肢が狭まりやすいところに、経済的領域への飛び火はないとの安心感が加われば、強硬策を選択する誘因が高まるわけである。この「仮説」が絵空事でないとすれば、根本的な問題は、経済的相互依存が排外的ナショナリズムの高まりを抑制できない点にあるといえる。グローバル化と国内における富の再配分との関係についても分析の射程に含めて、改めて検討してみる必要があるのではないだろうか。

院生セッション

大学院生が報告を行なうセッションでは、私を含め五大学の院生が登壇した。ここでは、私自身の報告に絞って紹介したい。上述のように東アジアの安全保障が主題の会議であったが、院生セッションでは安全保障に関わるものであれば独立したテーマを扱えるため、今年度は博士論文のテーマである国際平和活動長期化の構造的要因について「出口戦略のディレンマ−アメリカのイラク撤退を事例に−」(“The Dilemmas of Exit Strategy: The U.S. Withdrawal from Iraq”)と題する報告を行なった。

アメリカのイラク介入・占領(2003年−2011年)のような平和活動が介入国の当初の思惑よりも長期化するのはなぜか。換言すれば、介入国の撤退決定を困難にさせるものは何か。介入国の驕りや政府内の対立に起因する出口戦略の不備を指摘するにとどまる従来の議論に対して、本報告ではより構造的な要因を明らかにするため、撤退決定に至るまでの政治過程を包括的に論じた。そして、平和活動の構想から終了までを①活動構想形成過程、②活動実施・調整過程、③出口戦略明確化・正当化過程の三過程に分けたうえで、これらの各過程に、(1)活動目的の達成を困難にしたり、(2)活動継続派と活動終了派との政策論争決着を困難にしたりする二種類のディレンマ(相互に連関しているため、出口戦略のディレンマと総称)が存在するがゆえに活動が長期化するとした。

前者のディレンマとは、例えば、次のようなものである。介入国は帝国主義との反発を避けるため早期撤退を念頭に置いて活動を開始するが、そうすると初動段階で必要な措置(大多数の部隊の駐留など)がなされなかったり、本来は時間をかけるべき被介入国内の変革が性急に行なわれたりするために、情勢が不安定化する。結果的に活動目的の達成が難しくなり、かえって長期化しかねない。だからといって、当初からあたかも長期駐留をするかのように入念に活動を行なえば、帝国主義との反発を受けかねない。とはいえ、出口戦略をあらかじめ公表したうえで入念な活動を行なえば、この問題を解消できるようにも思われる。しかし、出口戦略の公表もまた一筋縄ではいかない。ここに、後者のディレンマがある。すなわち、活動終了の期限を示さなければ、現地の親介入国勢力は介入国に依存するようになりかねず統治の責任感をもたせることができない。とはいえ、出口戦略を早い段階から公表すると、活動の期限を示すことになるため反介入国勢力(スポイラー)に抵抗のインセンティブを与えることになる。終了派が前者の危険性を主張する一方、継続派は後者の危険性を主張し、議論は平行線をたどり撤退決定は先延ばしになる。これは一例にすぎず、このように二種類のディレンマが各過程で連関することで活動が長期化するのである。

このテーマについて国際会議で報告するのは初めてであったが、問いの新規性と重要性、ディレンマに着目する議論の面白さについて評価するコメントを頂けたことは励みとなった。ただし、日中間の尖閣諸島/釣魚島問題を事例として領土問題の深刻化要因について報告した昨年度よりもフロアからの反応が少なかったことは否めない。アメリカのアジアへの「リバランス」政策とイラク・アフガニスタンからの「撤退」政策とを結び付けて議論を始めるなど、一定の工夫をしたつもりではあったが、狭い意味での専門外の研究者・院生の関心を引きつける努力が更に必要なことを痛感した。一朝一夕にできることではないので、先生方や研究仲間の協力も得ながら試行錯誤を続けたい。

来年度に向けて

わずか二日間のうちに、自身の研究テーマはもとより、これまで特に関心を払ってこなかった問題についても深く考えるためのきっかけを得ることができた。ごく控えめに言っても、準備と移動に払う時間的なコストに十分見合うだけの刺激を受けることのできる会議である。しかし、やや残念なことに、昨年度に続き、日本人の大学院生の参加は自分一人であった。

来年度は同時期に北京大学で開催されることが既に決まっているとのことなので、是非多くの院生の参加を呼び掛けたい。私自身も、今年度の反省点を踏まえ、よりオーディエンスの知的関心を喚起できるような報告を行なうべく、一年後に向けた広い意味での準備を始めたいと考える。

報告 中村長史
東京大学大学院総合文化研究科
国際社会科学専攻博士課程