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SSU フォーラム:Stephen Biddle教授

日時: 2016年10月17日(月)10:30-12:00
場所: 伊藤国際学術研究センター 3F 中教室
題目: 米国の戦略と政策―イラク及びシリアにおける戦争
講演者: Stephen Biddle教授(ジョージワシントン大学)
言語: 英語
主催: 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット

2016年10月17日、東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニットは、Stephen Biddle氏(ジョージワシントン大学教授)を講師に迎え、「米国の戦略と政策―イラク及びシリアにおける戦争(Strategy and Policy for the wars in Iraq and Syria)」と題したSSUフォーラムを開催した。ビドル氏は軍事問題の大家であり、特に米国の軍事作戦に精通している。本フォーラムでは、現在のイラクとシリアにおける米国の作戦行動に関する講演が行われた。司会は青井千由紀教授(東京大学公共政策大学院教授)が務めた。

ビドル氏は、現在米国がイラク及びシリアで直面している問題の根源は、リビア、ソマリア、アフガニスタン、ウクライナといった他の地域と共通していると言う。すなわち、制度化された統治機構の欠如であり、これが国際社会の、そして米国の利益を脅かしているということである。

ビドル氏によれば、イラク及びシリアの現状に対して、米国には三つの選択肢があるという。第一の方策は、「過剰投資」(overspend)である。大規模な戦力とリソースを投入するというこの戦略は成功を収めるかもしれないが、その負担は膨大なものとなるだろう。イラク及びシリアの安定に米国が見出す利益は、そのような大規模な負担に見合うものだろうか。またこの決断に対する米国内の支持を調達し、かつ維持することは可能だろうか。そして何よりも、米軍の大規模な介入は、イラクにおいてもアフガニスタンにおいても、失敗に終わっている。第二の選択肢は、撤退である。米国の負担は短期的には最小限となるだろう。しかしながら、これはイラク及びシリアの安定という米国の利益を完全に放棄することを意味し、また長期的にはより大きな脅威を生む可能性がある。第三の政策は、この両者の折衷案である。関与は続けるが、その規模と負担は制限する、というものだ。この政策にも問題点はある。第一の選択肢と同様、目標を達成できない可能性があり、また成功率は投入できる資源が少ない分だけこの方針の方が低いだろう。だが、ビドル氏は、米国はこの戦略を現在採用しており、これが今後も継続する可能性が高いという。それは、いずれにしても米国の介入は失敗に終わる可能性が高いと考えられているからだ。そうであるならば、介入によって失われる費用や人命といったコストは、なるべく低い方がよい、という判断である。

なぜ、米国の介入は失敗するのか?ビドル氏によれば、それは、米軍が作戦行動にあたって、現地の同盟勢力への依存を深めてきたからである。米軍は特殊部隊の派遣や空爆といった比較的犠牲の少ない作戦を担当し、現地勢力が、占領地を確保し、対反乱作戦を実施するといったより負担の大きい作戦行動を担う。このような分業は、米国と現地の同盟勢力の利益が一致しているとの前提の下で展開されてきた。しかしながら、実際には、米国がISIS等の「外部」の脅威への対抗を目指しているのに対して、現地の同盟諸勢力の主たる関心は、互いの権力闘争、つまり「内部」の脅威にある。

こうした状況が生じるのは、米国の介入が必要となるような紛争地域は、そもそも、統治の制度化が著しく低いという特徴を持つからだと、ビドル氏は指摘する。イラクやシリアのような統治が崩壊した状況では、政府組織や裁判所といった制度的な問題解決の仕組みが機能することが期待できない。このためクローニズム(縁故主義)による派閥組織の形成が進み、これを維持するために腐敗が構造化し、よって資源の配分も著しく偏らざるを得ない。こうした状況に置かれた地域のエリート層は、資源の分配をめぐって赤裸々な権力闘争を繰り返すこととなる。特に重要な資源は、直接的な暴力を行使し得る組織、すなわち軍と警察に対する支配権である。現地の権力者は、軍や警察を制御するために、その指導層に、何よりも忠誠心を求める。こうして、軍及び警察の指導層は、軍事行動における能力ではなく権力者との関係性や忠誠心によって評価されることとなり、軍事組織としての効率性は著しく低下する。この状況では、米国の援助や支援が効果をあげることは期待できない。ビドル氏は、これはイラクやシリアの指導者の個人的な資質や文化の問題ではなく、「弱い制度」の構造的な問題なのだと言う。

ビドル氏よれば、米国政府はイラク及びシリアの情勢、さらにその拡大を懸念しているが、以上のような状況で安定化を実現するには、30万から40万の米軍の投入が必要になると言う。しかし、このような大規模な派兵を唱える米国の政治家は存在せず、それを支える世論も無い。だが、完全に撤兵することも、テロや中東情勢の悪化を懸念する米国内世論の反発を招くために難しい。したがってビドル氏によれば、米国の次期政権も、介入が成果をあげないことを承知しつつも、現在のバラク・オバマ政権と同様の折衷案を採用することになるだろう。ビドル氏は、シリア内戦は、数年以内に終結へと向かうであろうと予想する。しかしそれは、現地の諸勢力が疲弊するからであって、米国の介入が功を奏するからではない。またこの結末は、制度化された統治の実現を意味するものではなく、問題は解決されないだろうと述べて、ビドル氏は講演を締めくくった。