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SSUフォーラム:田中均 客員教授

日時: 2018年2月16日(金)10:30 - 12:00
場所: 国際学術総合研究棟4F 講義室B
講演: 「脅威認識と外交安全保障政策」
田中均 客員教授(東京大学公共政策大学院、㈱日本総合研究所 国際戦略研究所理事長、(公財)日本国際交流センターシニア・フェロー)
言語: 英語
主催: 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット

 2017年2月16日、東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニットは、田中均氏(日本総合研究所国際戦略研究所理事長、元外務審議官)を講師に迎え、“Japan’s Foreign and Security Policy under the Changing Threat Perceptions”と題したSSUフォーラムを開催した。田中氏は長年にわたって外務省に勤務した後、東京大学公共政策学連携研究部特任教授を務めた、日本外交とアジア太平洋地域の国際問題の第一人者である。司会は、高原明生氏(東京大学教授)が務めた。

 田中氏によれば、日本が将来にわたって直面するであろう喫緊の脅威は、次の4つの地域の不安定性である。すなわち、①朝鮮半島の政治情勢と軍事的緊張、②中国の内政の動向と外交政策の展開、③アメリカにおける政治情勢の展開、④そして日本の国内情勢である。

 第一に、田中氏は朝鮮半島情勢に焦点を当て、北朝鮮の体制の行方と核・ミサイル開発の展開が大きな不安定性を作り出していると指摘した。ここ最近の展開によって、北朝鮮に対する圧力は急速に高まっており、核開発を放棄して非核化の道に戻ることを求める声は強まっている。北朝鮮政府がこの国際社会の外交的・軍事的圧力にこたえるのか、あるいはさらに核とミサイルの開発を推進するのか、その回答は、すぐに、おそらくあと半年のうちには明瞭になるだろうと田中氏は言う。これまで多くの制裁措置が北朝鮮に課せられてきた。しかし、中国が本格的かつ真剣に北朝鮮に対する制裁に関与したのは初めてである。北朝鮮の対応がどのような結果となるか、いまだ不明であるが、北朝鮮専門家の見立てによれば核・ミサイル開発を放棄する可能性は高くないだろうと、田中氏は指摘する。

 田中氏は、韓国の動向も不確実性を高める結果となっていると言う。韓国の現政権は、北朝鮮に対する制裁が必要だと考えているようであるが、同時に南北対話を追求している。田中氏によれば、どのような結果となるかは、4月の米韓合同演習をめぐる問題を通じて見えてくる。韓国政府は核問題と南北対話を切り離したいという意向を持っており、それは正当でもあるが、田中氏は、韓国政府は、他の国々が現段階で北朝鮮に対する圧力を弱めるべきではないと考えていることに留意しなければならないと指摘した。

 さらに田中氏は、アメリカと中国も、朝鮮半島情勢の不確実性を増大させていると主張した。田中氏は、アメリカは自国の死活的権益が侵害されたと考えるときには軍事力の行使を躊躇しない国家であり、その決意を過小評価してはならないと強調する。また中国の北朝鮮に対する対応も必ずしも明瞭ではない。田中氏は、中国が核武装した北朝鮮を緩衝国家として維持することに利益を見出している可能性には疑念を呈し、これが北朝鮮に対する制裁参加の背景にあるのではないかと述べた。

 ではどうすればよいのか。田中氏は、圧力に加えて、三つの「C」が重要であると主張した。すなわち、調整(coordination)、不測の事態への対応(contingency)、そしてコミュニケーション(communication)である。調整とは、日本、アメリカ、中国、韓国という主要4か国による意思疎通と協議を通じて、朝鮮半島問題の解決策を探ることである。そして同時に、予期せぬ北朝鮮の崩壊といった事態に備えて、難民対策や、武器・核兵器の拡散といった問題への対処を考えておく必要がある。そして同時に北朝鮮とのコミュニケーションも重要であると、田中氏は指摘する。北朝鮮とのコミュニケーションが途絶し、あるいは不十分であれば、容易に誤解が拡大して事態がエスカレートする可能性があるからである。

 次いで、第二のトピックとして、田中氏は中国の台頭をめぐる問題について議論した。田中氏は、まず、習近平政権の下で中国共産党の統制が強まっている一方で、経済改革についての議論が活性化している点に注意を促した。経済発展には人々の自由な創意が必要だが、これは共産党の統制の強化の下で達成できるのか。田中氏は、この点で、習政権は方針を修正せざるを得ないかもしれないと指摘する。

 そして外交政策においても、田中氏によれば、中国による不確実性は高まっている。中国は、一対一路構想を通じて成功裏にその影響力を拡大しつつある。そしてこれは、近い将来拡張主義へと転換することを予期しなければならない。このような中国とどのように向き合うか、日本も国際社会も備えなければならないと田中氏は主張した。

 日本はこの中国にどのように向かうべきか。田中氏は、いまこそ、ヘッジが必要だと指摘する。まず、中国に関与する必要性はこれまで以上に強まっている。日本にとって、対中貿易は実に全貿易額の四分の一を占めており、また来日する観光客の四分の三は東アジア地域からきている。日本は人口減少の状況にあるが、では日本経済に十分な需要を提供できるのはどこなのか。中国には、日本にとっての危険と機会の両面がある。中国は、経済成長のためにも、また国際社会における地位を確保するためにも国際協調を必要としており、ここに日中協力の可能性がある。田中氏によれば、いかに日中両国の指導者が互いの認識を改善し、協力の余地を拡大できるのかに、その成否はかかっている。

 第三に、田中氏は、トランプ政権の下でのアメリカについて議論した。アメリカの不確実性の源は、田中氏によれば、まずトランプ大統領その人である。トランプ大統領個人の判断の要因は何か未だ確たる答えは提示されていない。しかし、商取引における利益の獲得を目指すような行動がトランプ大統領の判断基準なのだとすれば、これは従来のアメリカの歴代政権とは大きく異なるものであると田中氏は指摘した。

 だがアメリカの不確実性は政権の構造にもあると田中氏は言う。国防総省や国務省、情報機関といった伝統的な組織とトランプ大統領の外交観は大きく異なっており、その関係は不安定である。また政権発足から一年が経過しても、スタッフがそろっていない。これがアメリカと他国との意思疎通を難しくしている。

 こうしたアメリカとどのように向き合えばよいのか。田中氏によれば、何よりも重要なのは、アメリカとの意思疎通である。安倍晋三総理がトランプ大統領と個人的な関係を強化し、アメリカの進路を明確にしていくことは、日米同盟のみならず、国際社会全体にとって有益であると田中氏は主張した。

 最後に、田中氏は、日本自身から生じる不確実性について言及した。すなわち、ナショナリズムの高揚である。田中氏は、冷戦終結以降に日本の自己主張の欲求が高まったこと、日本が経済的に失速する一方で中国が台頭して不安が高揚していること、北朝鮮拉致問題によって日本が戦後初めて被害者の立場に置かれたことをこの背景として挙げる。さらに、田中氏によれば、アメリカは日本のナショナリズムを抑える役割を担っていたが、「アメリカ第一主義」を掲げるトランプ大統領は、ナショナリズムをポジティブな要素とみている可能性が高いと指摘した。

 ナショナリズムは、それ自体回避すべきことではないが、これがポピュリズムと結びついたときは危険であると、田中氏は言う。田中氏によれば、安倍総理は北朝鮮拉致問題を背景として政治指導者としての地位を固めた人物であり、いかにナショナリスティックな感情をコントロールすべきかを熟した人物である。だがこのナショナリズムは扱いを誤れば意図せざる結果を招く可能性があるのであり、十分な注意と警戒が必要だと指摘して、田中氏は講演を締めくくった。/p>