SSUフォーラム/公共政策大学院リサーチセミナー/
東大国際法研究会
Jack Snyder教授 & Leslie Vinjamuri准教授
日時: | 2018年3月16日(金)10:30 - 12:00 |
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場所: | 伊藤国際学術研究センター3F 中教室 |
講演: | “Human Rights Futures: Backlash and Beyond ”
Jack Snyder 教授(コロンビア大学) Leslie Vinjamuri 准教授(ロンドン大学 |
コメンテーター: | 横田洋三 氏(人権教育啓発推進センター 理事長) |
モデレータ: | 青井千由紀 教授(東京大学公共政策大学院) |
言語: | 英語 |
主催: | 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット/ 公共政策大学院リサーチセミナー/ 東大国際法研究会 |
2018年3月16日、東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニットは、Jack Snyder氏(Robert and Renée Belfer Professor of International Relations in the political science department and the Saltzman Institute of War and Peace Studies at Columbia University)とLeslie Vinjamuri氏(Associate Professor in International Relations, and Chair of the International Relations Speaker Series at the School of Oriental and African Studies)を迎え、“Human Rights Futures: Backlash and Beyond”と題したSSUフォーラムを開催した。Snyder氏は安全保障に関する理論研究を主導してきた研究者であり、近年は民主主義と戦争、また人権等の規範と戦争に焦点を当てている。またVinjamuri氏は人権問題の専門家であり、メディアでの活動をはじめとして、人権活動の実体にも精通した研究者である。討論者は国際人権法の大家である横田洋三氏(人権教育啓発推進センター理事長)が、また司会は青井千由紀氏(東京大学公共政策大学院教授)が務めた。
本フォーラムは、講演者が編者を務めた近著、Stephen Hopgood, Jack Snyder, Leslie Vinjamuri eds, Human Rights Futures (Cambridge University Press, 2017)に基づくものであり、まずSnyder氏の報告が行われた。Snyder氏によれば、Human Rights Futuresが執筆された動機は、人権の拡大という目的を達成するためには、従来の法的アプローチとは異なる、新しいアプローチと戦略が必要だという点にあった。権威主義諸国が台頭し、リベラル・デモクラシー諸国でも内政の混乱がみられる今、どのようなアプローチが人権を拡大するために効果的なのだろうか。
人権、そしてまたその拡大という目標自体が、現在の世界で攻撃されることは稀である。その目標自体の重要性に疑問も少ないだろう。しかし、Snyder氏は、さらに人権は、経済発展や国家間の平和といった、他の重要な目標を実現するためにも必要不可欠だと述べる。例えば、国際政治学で広く知られるデモクラティック・ピース論をとれば、少なくとも安定して成熟した民主主義国家間で戦争が起こっていないということは確認されている。しかし、この安定と成熟とは、単に選挙によって指導者が選出されるということのみを意味しているわけではないと、Snyder氏は言う。選挙にのみ基づく体制ではしばしば戦争が起こっていることが確認されている。この民主種主義国家間の平和に内実を与えているのは、人権の尊重に基づく法の支配であり、つまりリベラル・デモクラシーの確立なのである。
だが、これまでの人権団体の戦略は、過度にリーガリズム、モラリズム、あるいはユニバーサリズムに傾斜してきたと、Snyder氏は指摘する。こうした理想主義の追求は、人権運動が広がり、多くの人々が人権の拡大に参与するという上では大きな役割を果たしたことは間違いない。だがSnyder氏によれば、こうした人権団体の活動が、実際にどの程度効果的であったのかについては再検討の余地があるという。そこで、政治学や社会学のみならず、文化人類学の専門家とも協力したのが、このプロジェクトの概要であるとSnyder氏は述べた。
従来の法的・道徳主義的・普遍主義的な人権運動がどの程度の成果を挙げたのか。この点に関して、Snyder氏は、一定の人権の擁護をすでに達成し、かつ制度化された国家機関と司法制度がある先進民主主義国ではともかく、こうした条件が整っていない「ハード・ケース」である権威主義体制諸国では、その成果は必ずしも十分ではないと指摘した。すなわち、中国のように国家機構が強大すぎる場合、人権団体が活動する余地は少なく、逆にソマリアのように国家機構が弱すぎて統治そのものが破綻している国家のような状況であれば、法的な手段を通じて人権を擁護することはできない。あるいは、児童労働・早婚のような文化的伝統が強い場合、腐敗が蔓延しておりアカウンタビリティが存在しないような国家制度が弱い場合、さらには近隣諸国が権威主義国家、好戦国家、また内戦の最中にあって難民が流主するといった状況でも従来型のアプローチは機能しないとSnyder氏は言う。
ではどうすればよいのか。一つの反応は、それでも従来型のアプローチを継続するという方法だろう。だが第二に、Snyder氏は、社会的な勢力のバランスに注目するというSocial powerアプローチの存在を指摘した。このような状況で人権の拡大に取り組むための的確なアプローチは、Snyder氏によれば、対象となる地域や国家において、どのようなグループが力を持ち、いかなる利益を有しており、人権を促進し、また抑圧することにどのような利害関係があるのかを理解することであるという。こうしたプラグマティックなアプローチをとることで、どのようなグループが人権を促進してどのグループが反対するのか、あるいはどのグループが人権には関心がないが利益のために人権促進に賛同しうるのか、どのグループは力で抑えることができ、もし無理ならどのような交渉が可能なのか、反撃されないようにするにはどうすればよいのか、といった戦略を立てることが可能になるからである。
こうした運動の成功例としてSnyder氏があげるのが、奴隷廃止運動、ガンジー、あるいはマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの活動である。こうした人権運動が大きな成果を挙げた背景には、非常に巨大な大衆運動の存在があったと、Snyder氏は指摘する。一部の少数派の保護と利益のための運動ではなく、社会の大多数に利益をもたらすものと理解されたことが重用であった。このためには、宗教的勢力との連携も必要となると、Snyder氏は言う。現代の人権運動は世俗的であるが、宗教的な一般の人々との接触が少ない点に、人権運動を拡大するための政治的同盟を確立できない要因があるというのである。
法的アプローチとSocial powerアプローチ以外にも、Snyder氏は二つの異なるアプローチにも言及した。第三の方策として挙げられたのが、それぞれの地域や国家の文化や伝統に根差したアプローチの必要性である。これまでの人権運動は、西洋の経験や原則をそのまま普遍的なものとして世界各地に適用する傾向があり、これが反発を招いてきたという指摘である。最後に、Snyder氏は、これまでの人権運動は法的な権利の確立に過度に傾注してきたと指摘する。表面的かつ形式的な法的権利のみならず、貧困や格差の解消といった、より人々を惹きつけ、支持を調達し得る問題にも目を向けていくことが、人権運動を拡大するために不可欠であるというのである。
以上のSnyder氏の議論を受けて、次いで、Vinjamuri氏より、政治が先導し、そして法・正義・権利はそれに続いて確立されるという点の実態について議論が提起された。権威主義諸国における人権団体の活動の現実にも精通するVinjamuri氏によれば、中東やアフリカ、さらにはロシアといった地域では、人権活動家は、厳しい状況に直面しているという。人権団体は海外からの介入、あるいは既存の社会制度を覆すものとみなされて、国家機構や社会団体から活動を制限され、あるいは退去を強いられている。では、こうした厳しい環境の国家では、いかにすれば、現実の問題として、プラグマティックに人権を促進できるのか。
さらに2008年の金融危機以来、活動資金の調達にも困難が生じていることも見落とすべきだはないと、Vinjamuri氏は指摘する。いかなる団体も、資金がなければ十分な活動を行うことはできないが、これが危機に直面している。こうした現実の政治的・経済的制約の中で、いかに人権活動を展開するべきなのかが課題だと、Vinjamuri氏は言う。 次いで大きな問題となっているのが、Vinjamuri氏によれば、人権運動の対象となる国家でバックラッシュが生じているということである。西側諸国や、その価値観に基づく非国家主体、人権団体といったアクターが、国際的な人権拡大の潮流を背景に国内問題に干渉することに対する反発が起こっており、しかもこれが国家機構によるシステマティックなバックラッシュへとなってきたというのである。
この点で、Vinjamuri氏は、ドナルド・トランプ大統領の登場も人権団体の活動を制約する要因となっていると指摘する。すなわち、テロに対する拷問の正統化という2000年代に出現した議論が、トランプ政権に至って人の移動の制限にまで発展しており、国家と市民の権利のバランスが変化し始めている。そしてとりわけ、アメリカという民主主義と人権の擁護を推進してきた覇権国の内部で、規範や言説の変化が起こっているということが、トランプ現象の重要なポイントだと、Vinjamuri氏は言う。コンストラクティビズムの観点からは、こうした言説、言語、あるいは道徳的な権威の変質が覇権国で起こったことは、アメリカ一国に留まらず、国際的に、人権に対して敵対的な国家や団体が、人権運動に対する反発を強め、その活動を制限する余地を拡大することを意味するからであり、この点に危惧を表明して、Vinjamuri氏は講演を締めくくった。