SSUフォーラム: アレクシス・クロウ氏
日時: | 2018年5月9日(火)11:30 - 13:00 |
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場所: | 伊藤国際学術研究センター3F 中教室 |
講演: | 賃金上昇と地政学的不確実性の関係:要因と解決策および日本と近隣アジア諸国への示唆
Dr. Alexis Crow (Lead Investment Strategist at Price Waterhouse Coopers in New York) |
言語: | 英語 |
主催: | 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット |
概要: | With the rise of populism in advanced economies - from the UK’s vote to leave the European Union, to the election of Donald Trump - political commentators point to inequality and stagnant standard of living for the middle classes as potential causes. In this lecture, we will explore the relationship between stagnant wage growth and policy which leads to geopolitical uncertainty - having a potentially deleterious impact on trading partners such as Japan. In other advanced economies - such as Germany and Japan - flat wage growth has implications for economic security and livelihood in a time of the crisis, as consumer spending remains a relatively small % of GDP. In the event to a shock of a primary source of GDP - such as net exports - the economy may have a negligible buffer to continue generating economic growth. The case will be made that strengthening ties with newer partners - and ensuring resilience against a ‘Trump trade’ offset - is a meaningful path forward for Japan. Amplifying geostrategic links - even with erstwhile enemies - and deploying Japan’s exemplary prowess investing in social infrastructure - and large scale capital management - can be a backbone for a sound and strong policy for the long-term. To come back full circle, such a policy induces resilience in the face of stubbornly flat wage growth - and geopolitical uncertainty - in the US and Europe. |
政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)はこのたび、ニューヨークのプライス・ウォーターハウス・クーパース(PwC)から、投資戦略専門家のアレクシス・クロウ氏をお迎えして講演会を主催した。クロウ氏は、賃金上昇と地政学的な不確実性との相関について、日本と近隣アジア諸国への示唆に焦点を当てた講演を行った。
開会に際して、SSUの責任者であり政策ビジョン研究センター長でもある藤原帰一教授は、コロンビア・ビジネス・スクールのシニアフェローでもあり、国際投資における地政学的なリスク分析の優れた研究者として講演者を紹介した。
本講演の主題は、特に先進経済国における急激な地政学的情勢の変化に注目したうえで、現状ではどのような経済成長の機会が見込まれるかを示すことである。
はじめにクロウ氏は、経済リスクを理解する際の地政学の重要性を説明した。とりわけイギリスのEU離脱とアメリカでのトランプ政権成立以降、多くの経済関係者が地政学に注目している。発展途上国において地政学的不確実性と経済的不確実性の間に相関があることは広く知られている。食糧価格の高騰が2011年のアラブの春につながったことがその一例である。先進経済国においても、同様の地政学的リスクの高まりが見られる。こうしたリスクの大部分は不平等と所得配分の問題に関係しており、近年ではトマ・ピケティの問題提起をはじめとする複雑な議論をともなう調査研究が行われている。しかし、先進国における賃金の変動に限って見てもなお、生産性やGDPが大きく向上しているにもかかわらず給料が増えていないという経済環境の硬直化が見られる。アメリカや多くのヨーロッパ諸国および日本は約40年にわたってこうした状態にとどまっている。
続いてクロウ氏は、世界の各地域における脆弱性と機会の概観に話を進めた。最初の例はアメリカである。アメリカは長期的な経済成長期にいるものの、2つの懸念がある。それは、財政赤字に加えて赤字軽減に対する政治的意志が欠如していること、および、投資水準が2008年以前と比較していまだに低いことである。特に財政赤字に関して現在の傾向が続いた場合、アメリカ政府の負債に対するリスク認識は高まると予想される。
さらに、アメリカおよびグローバル経済に脆弱性をもたらす別の要素として、保護貿易主義への転換と貿易摩擦のリスクが挙げられる。貿易はここ数年の間に成長を続けているものの、グローバル化が始まった1990年代と比較すると緩慢なペースである。特に原材料貿易を中心として、世界貿易の成長は停滞期に入ったと見てよいであろう。その一方で、サービスの貿易に関しては拡大が続いている。特にアメリカの対中国サービス貿易には大規模かつ急速な成長が見られる。アメリカにとって貿易摩擦は、こうしたプラスの成長を危険にさらしかねないリスクである。
日本の場合には、莫大な国債があるために国家財政の安定性にリスクを抱えている。過去数十年間、日本は国際貿易を大きく増加させる一方で、対GDP比率における家計消費が低迷しており、国外からの衝撃にさらされやすくなっている。日本は、大型プロジェクトを運営する能力に長けているという比較優位を生かしてインフラ投資を促進することで、とりわけ東南アジアの地域経済を刺激する重要な可能性を持っている。さらに、そうした投資は貿易を通じて日本の経済成長に寄与するであろう。日本はすでにベトナムにおける最大の投資者になっており、地域全体での役割を増している。中国との間でも、経済的な連携によって関係を見直すべきである。それによって、日本経済に大きな利益を持たらしうるであろう。
インドもまた、経済成長の大きな可能性を有している。近年の予測では、毎年数100万人のインド人が中産階級に成長しており、インドのエネルギー消費は2035年までに中国を越えると見込まれている。中東諸国や中南米諸国もまた、政治的な不確実性が高いものの、経済的には確実に成長すると見込まれる。
最後にクロウ氏は、現在の経済発展の潮流においては、公的投資よりも民間投資が重要になっており、両者の組み合わせが最適な投資戦略であると述べた。