SSUフォーラム/GraSPPリサーチセミナー:
Neville Bolt 氏
日時: | 2018年6月1日(金)10:30 - 12:00 |
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場所: | 国際学術総合研究棟4F 講義室B |
講演: | Images and Geopolitics: Impact of Iconic Photographs on the Liberal Conscience
Dr. Neville Bolt(Director, King’s Centre for Strategic Communications (KCSC), King’s College London) |
言語: | 英語 |
主催: | 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット/ GraSPPリサーチセミナー |
概要: | Millions of images circulate each day in the global mediaspace that connects social media to more traditional outlets like television and the press. Occasionally some acquire iconic status linking the local event to higher moral, perhaps universal sensitivities. Particular images have come to represent the way terror events are understood in the popular imagination. But are they not misleading? Do other, less performative images not point to a more subtle subversion? These reach into the very heart of geopolitics and threaten the liberal conscience. |
「イメージと地政学―象徴となった写真がリベラルの良心に与える影響」
政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)はこのたび、イギリスのキングス・カレッジ・ロンドン、戦略的コミュニケーションセンター部長であるネヴィル・ボルト教授をSSUフォーラム講師としてお迎えした。
本学からは公共政策大学院の青井千由紀教授(SSUメンバー)が司会を務めた。ボルト教授は、戦略的コミュニケーションの分野において非常に優れた研究者であるとともに、BBCのジャーナリストとしてたびたび従軍記者を務めてきた。著書は多岐に亘るが、Violent Image: Insurgent Propaganda and the New Revolutionaries (2012)はとりわけ国内暴動やその抑圧において用いられるプロパガンダ研究において必ず参照される先行研究となっている。
ボルト教授の講演は、表題にある通り、時代を画するようなイメージとなった写真が拡散することで、それがリベラルに与える影響についてである。まず、ボルト教授は私たちがわずか一世代のうちに、情報のコミュニケーションのあり方、頻度、速度などがまるっきり変わってしまった時代に生きていると指摘する。インターネットの普及と、それに続くスマートフォンやタブレット端末などのモバイル端末の普及によって、コミュニケーションのあり方は完全に変化した。情報は瞬時に、とぎれることなくグローバルにやり取りされるとともに、時に加工され、異なる意味付けが行われて広まっていく。1ミリ秒ごとにアプリがダウンロードされ、毎秒アップル社のモバイル端末が新たに10個売られる。
こうした時代における情報の受け手は、メッセージ性のある情報の解釈にあたって細心の注意を払うことが必要となるし、それがもたらす世間への影響に対して無自覚ではいられないのであると。情報空間にはもちろん言語情報も多数氾濫しているが、さらに浸透力があるかたちで大量にやり取りされているのは写真などのイメージであるという。イメージがこれほど大量に消費される時代はいまだかつてなかった。イメージは、コミュニケーション、さらに言えば戦略的コミュニケーションの中心を占めるようになってきている。文章とは異なり、写真などのイメージは複雑な性格を持っており、様々な解釈が可能である。それゆえに、情報や印象を操作することも容易になってしまうのである。イメージは実際、非常にパワフルな破壊力を持つ媒体たりうる。それは民主主義を阻害し、あるいは地政学上の紛争、イデオロギー紛争を激化させうるものである。
その例としてボルト教授が提示したのは、以下の二つの写真である。
一つ目はIS(イスラーム国)の構成員が西洋人の頭部を切断して殺害する処刑現場の写真である。もう一つは、シリア難民危機が最高潮に達した2015年に、シリア人少年の遺体がトルコの会談の波打ち際に打ち上げられている有名な写真だ。
左右のイメージが引き出すのはふたつの異なる感情的な反応である。左の写真が引き出すのは人々の怒りであり、恥辱の感覚だ。しかし、処刑写真と言えども、右の写真が持つ破壊力には及ばない。処刑写真が呼び覚ますのは、テロに関して既に存在している周知のイメージをなぞる感覚であって、不幸なことだが、こうしたテロが存在しつづけることを人々は知っているからだ。ところが、右の写真は人々がすでによく知っている形ではなく世界を切り取り、人々に再考を突きつけるのだ。
ボルト教授は、次に、イメージ自体が物理的に改変されずとも、その周りで事件が起こることでイメージが異なる意味合いを持ち、異なった解釈が可能になる例を解説する。私たちは、写真などのイメージは嘘をつかないと思い込む傾向がある。けれども、実際には世界で起こる出来事によって、客観的な「事実」を写し出したはずの写真には、絶え間なく意味合いが読み込まれているというのが実情なのだ。それは、写真が現実の事象を二次元に写し取るときに、人々の記憶という第四次元を介在させてしまうからだという。写真を見、それに意味合いを見出すとき、人びとは記憶の文脈のなかでしかその写真を意義付けられない。従軍記者を経験したボルト教授のように実際に戦争やテロを目にした人は少なく、多くの人々は写真や映像を通じてそれらを体験し、従って情報操作から自由ではいられない。政治的な組織は、カメラで捉えられた「事実」と見せかけたプロパガンダを通じて印象操作を行い、世論をスピンするものだ。これは国家に限らずすべての政治組織について言えることであり、テロ組織であればなおさらそうした印象操作を行いがちだ。テロ組織は、メディアに対抗するためにメディア戦を組織して挑む傾向にあるからだ。
西側諸国の国家や政府機関などは、こうした状況に対してまるで追いつけていないとボルト教授は指摘する。戦略的コミュニケーションが必要であることは自覚していても、そのやり方をきわめて単純化して理解しているにすぎないと。西側の各国政府は、対抗陣営が行う主張と真逆の「語り」をあたかも決定版のように提示することで問題が解決できると信じている。ところが、一発で相手方の主張を打ち負かすような秘密兵器など実際には存在しない。こうしたナイーブな発想の典型が、ロシア政府による情報操作への対応に見られるとボルト教授は指摘する。ロシア政府による偽情報の大量流布は、民主的な諸制度や文化にダメージを与えることを目的として設計されている。その目的に沿い、ロシア政府は情報やコミュニケーションを巧みに組み合わせた非線形の情報戦を展開している。ロシアの情報戦略を育んだキーパーソンであるワレリー・ゲラシモフ将軍が定義したように、情報とはそもそも戦争とは異なる戦場で戦われる戦いであり、したがってあらゆる対抗者がそこには存在する。テレビ局ロシア・トゥデイ(RT)のマルガリータ・シモニャン編集長は、複雑なメディア空間においては一つの真実など存在しないと指摘したという。つまり、客観性など存在しないというのだ。ロシアは、メディア空間のこうした性格を踏まえたうえで、あらゆる事象を政治化し、矛盾する情報をまき散らしているのだという。ボルト教授は、講演の締めくくりに当たって、こういった脅威に直面する西側世界の各国政府がもっと戦略的コミュニケーションに力を入れ、従来とは異なるアプローチをとっていくことが喫緊の課題であるとした。