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SSUフォーラム: Randall Henning 教授

日時: 2018年6月19日(火)10:30 - 12:00
場所: 伊藤国際学術研究センター3F 中教室
講演: Tangled Governance: International Regime Complexity and Crisis Finance
Professor Randall Henning (International Economic Relations in the School of International Service at American University)
言語: 英語
主催: 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット
概要: Global governance now consists of clusters of overlapping international institutions, rather than a single multilateral institution, in a given issue area. The theory of regime complexity offers a useful lens through which to analyze the increasing density of international institutions and the patterns of conflict and cooperation among them. In his new book, Tangled Governance, Randall Henning addresses the institutions that were deployed to fight the euro crisis and reestablish financial stability in Europe. He explains why European leaders chose to include the International Monetary Fund in the crisis response and analyzes the decisions of the “troika” (which also includes the European Commission and European Central Bank). Regime complexity, he argues, arises from the strategies on the part of key states to control these institutions. The European case holds lessons for East Asia and in particular the likely interplay among regional financial institutions and the IMF, given the preferences of key creditor states.

東大政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニットでは、このたびアメリカン大学国際関係学部のランダル・ヘニング教授(国際政治学)を講師にお迎えしてご講演をいただいた。本ユニットからは飯田敬輔教授(国際政治経済)が司会を務めた。

ヘニング教授は、財政金融政策に関わる優れた知見を持ち、欧州地域と日本に焦点を当てた研究を行ってこられた。ヘニング教授の近著、“Tangled Governance:
International Regime Complexity, the Troika, and the Euro Crisis” (Oxford University Press, 2017)
は、管轄が重なり合う国際機関が主導権をめぐる駆け引きを行いつつ、国家がそれに絶え間なく介入する形でガバナンスが機能する国際レジームの複雑性を解明したものである。    

ヘニング教授は講演をはじめるにあたり、SSUフォーラムがここ数年にわたりグローバルに第一線の研究者を多数招へいしており、国際関係論の中でも様々な専門性、研究手法にまたがる多様な講師による研究会を開催してきたことに言及し、そのうえで講演の要旨について述べた。

講演の内容は、「もつれたガバナンス」という近著における主題を軸としている。ヘニング教授は、まず理論の要点を簡単に述べたうえで、それを導くに至った経験的な分析について語ることとしたいと述べた。当該著書は、2010年ごろから発展したユーロ圏における危機を取り扱っている。ヘニング教授によるユーロ危機の観察から得られた知見には、東アジア地域にも適用できるような、一般化しうる命題が含まれているという。危機に際して、それぞれの国際機関の管轄や任務がオーバーラップするような場合に、どのように衝突し、あるいは協力しあうのかということが研究の焦点である。ユーロ危機においては、関係諸機関はいわゆる「トロイカ体制」を形成していた。欧州委員会(EC)、欧州中央銀行(ECB)、そして国際通貨基金(IMF)である。

多くの国際関係研究者は、ユーロ危機解決にあたってなぜIMFが政策過程に加わったのか、疑問を持った。とりわけ、ギリシャの財政危機にあたって、EUは危機の対処に必要な財政的なリソースと国際的な事態対処能力を有しており、過去の個別事例からしても十分すぎるほどに対応できたはずだった。そこで、この疑問に対して世の中に出回っている幾つかの仮説が紹介された。しかし、ヘニング教授によれば、各仮説はそれぞれに説得力を持ってはいるが決定力に欠け、やはり一貫性を持った説明は難しいと指摘する。代わって提示されたのが、「レジームの複雑性」という概念である。ここでいう「レジームの複雑性」とは、共通の問題群に対処する国際的な諸機関の集まりであり、当該諸機関を相互に調整する公式または非公式のメカニズムを指す。今日の世界では、多数の国際機関が並存しており、国際政治経済上の課題に対して一つのグローバルな国際機関が対処するという時代は終わっている。

課題に対処する主体が多数存在するということは、一つにはそれによって不都合が生じるということでもあるし、もう一つには、大国が自らの目的のために国際機関を利用して政策を誘導できてしまうということでもある。大国は、金融危機に対応する施策やその実質的な政策結果に影響を与えようとし、複雑に並存する国際機関の対立を煽ることがある。それは多くの場合、国家が自らの利益の代理人的存在として支持した国際機関が、その国家の意向に沿う施策からずれていってしまうこと(「エージェンシー・ドリフト」)を防止するために行われる(*政治学などでは、こうした労務の受託を受ける代理人的存在をエージェンシーと呼び、利益のための労務を請け負ってもらう主体をプリンシパルと呼ぶ)。このような関係性として、例えば欧州委員会に対置される、ユーロ圏の債権者たる国家(ドイツなど)が想定できる。さらに言えば、複数の国際機関の意見が対立する場合には、その調停役として大国が力を発揮する余地が生じ、その結果、全体的な交渉プロセスにおいて大国は有利な立場を占めることができる。

外交官や官僚はこのような国際機関が複雑に関係する状況のなかで事態に対処していくやり方を身に着けている。それに対し、研究者は現実の国際政治が絶え間なく政策に流れ込んできてしまうような実態を必ずしも把握しきれていない。実際、合理的選択論アプローチや、あるいはリアリズムのアプローチをとっても、国際機関の行動を説明する既存の国際政治理論は、ユーロ危機や類似の多数の国際機関が関わる状況を説明するにあたって十分な説明能力を有しない。

このように、レジームの複雑性に目を向けることで、なぜドイツが(より正確に言えばアンゲラ・メルケル独首相が)、数々の反対に直面しながらも、実務的な意味においても財政能力の意味においても、ユーロ危機の解決に必ずしも必要ではなかったIMFの関与に拘ったのかを説明することができるのだという。IMFの参加に対する反対は多方面から生じていた。EUの何人もの高級官僚、政治家ら、さらにはドイツ政府の中からでさえ、反対の声があがっていた。しかし、IMF、欧州委員会、欧州中央銀行のそれぞれの立場の調整役となることで、ベルリンはプロセス全体の要として大きな政治力を発揮することができたのである。

結論に先立って、ヘニング教授は東アジアにおけるレジームの複雑性をめぐる状況の説明に転じ、東アジアにおける財政的安定化の問題についても触れた。東アジアにおける、ASEANプラス3の枠組みのような財政安定化メカニズムの設計は、EUの事例のように高度に統合されてはいない。しかしながら、東アジアにおいても似たようなダイナミクスが存在するのだという。東アジアにおいては、中国と日本という主要な主体がIMFのチェンマイ・イニシアチブへの関与に賛同しており、ドイツと「トロイカ体制」の場合と似たような関係性が再現されたとした。会場からは多くの質問が提起され、活発な討論が行われた。