SSUフォーラム / GraSPPリサーチセミナー:
With Dr. David Ellis & Mr. James Hardy
日時: | 2018年10月23日(火) |
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場所: | 東京大学国際学術総合研究棟4F SMBCアカデミアホール |
主題: | Britain, Japan and the future of Asia-Pacific security |
言語: | 英語 |
報告者: | Dr. David Ellis, Minister and Deputy Head of Mission, British Embassy Tokyo Mr. James Hardy , Senior Research Analyst, Japan and East Asia, Foreign and Commonwealth Office, United Kingdom |
コメンテーター: | 青井 千由紀(東京大学公共政策大学院教授) |
司会者: | イー・クアン・ヘン(東京大学公共政策大学院教授) |
言語: | 英語 |
定員: | 80名 |
主催: | 東京大学政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)/ GraSPPリサーチセミナー |
概要: | The Asia-Pacific region is increasingly viewed by the West as the next inevitable power-house, both in terms of military/security issues and economic prosperity. This seminar provides perspectives on current and emerging trends in UK-Japan relations and how the two countries view the future of Asia-Pacific security. The view of a practitioner at the British Embassy Tokyo is presented in combination with a macro-level analysis of regional trends from a UK perspective at the Foreign and Commonwealth Office in London. |
講師プロフィール: | Dr. David Ellis took on the role of Minister and Deputy Head of Mission on 1 August 2016. He is responsible for advancing UK-Japan relations on political and security issues. He also oversees the consular and visa operations as well the Embassy's corporate operations.
2011 – 2015 Minister-Counsellor (Political), British Embassy Beijing. Responsibilities included leading political teams covering Chinese domestic politics, human rights, and foreign and security policy. Mr.James Hardy is the UK Foreign and Commonwealth Office’s senior research analyst on Japan and east Asian security affairs. Mr. Hardy focuses on regional security issues and arrangements, alliance networks, and military capabilities; he is also particularly interested in Japan’s evolving security and defence policies and its domestic political arrangements. Before joining the FCO, he worked as Asia-Pacific Editor for Jane’s Defence Weekly, and was a staff writer for The Yomiuri Shimbun in Tokyo. |
「英国、日本、アジア太平洋の安全保障の将来」
この度、政策ビジョン研究センター安全保障研究ユニット(SSU)は公共政策大学院(GraSPP)とSSUフォーラムを共催し、デイビッド・エリス駐日英国大使館公使、英国外務省の東アジアおよび日本担当のシニア・リサーチアナリストでおられるジェームズ・ハーディ氏をお招きしてお話し頂いた。司会はヘン・イークアン・本学公共政策大学院教授が務め、討論を青井千由紀・同教授が務めた。
開会にあたって、ヘン教授は英国のアジア太平洋安全保障戦略という非常にタイムリーな話題についてお話しいただくことへの感謝を述べ、またご参集の聴衆の方々に感謝した。
エリス英国公使は、過去の北京および東京での駐在経験について語り、それが東アジア地域の政治的なランドスケープについての知見に繋がったとした。エリス英国公使の報告は、「歴史の専横(tyranny of history)」、「地政学に囚われる」ということ、そして「すべての国々は『島』ではない」という三つの観点に則って行われた。
「歴史の専横」が意味するところのものは、アジア太平洋地域が二つの未解決紛争、台湾問題と朝鮮分断を冷戦時代から引きずっているということである。この地域は歴史の重みとその力に逃れがたく振り回されているということでもある。朝鮮半島に関しては、北朝鮮の核・ミサイル開発は東アジア諸国や米国にとってのみならず、英国から見ても、国際秩序を脅かし、平和に対する看過しがたい脅威を与えているとエリス公使は指摘する。英国はいまや、北朝鮮の大陸間弾道弾(ICBM)の射程圏内に入っている。安保理常任理事国である五大国の一角として、英国にはこうした脅威に対処し、ルールに基づく国際システムを維持する特別な役割がある。現に、英国はこれまでアジア太平洋地域へのコミットメントを維持してきており、英・豪・ニュージーランド・シンガポール・マレーシア間での「5カ国防衛取り決め」(FPDA)やブルネイへの駐留などの取り組みがある。エリス公使は、トランプ大統領の米朝首脳会談をはじめとする外交イニシアチブは、北朝鮮の核放棄に関する合意の可能性を創り出したとし、英国はそれに向けた努力を支持し、最終的な目標である、完全で検証可能な不可逆的核廃棄(CVID)を支持するとした。また、仮に核放棄のプロセスが進んだ暁には、核技術を保有する英国としては協力する準備があるともした。
一方で、エリス公使は台湾に関しては現在およびきたる将来にわたって政治的あるいは安全保障上のリスクが高まっているとする。そして中華人民共和国政府が、台湾は切り離せない中国の一部であり、いかなる手段によっても台湾を統合することが中国の目的であるということを明確にした点に、注意を喚起した。中国が台湾に対する軍事的選択肢を含む計画を練っていることは良く知られており、軍事力を増強し台湾海峡を封鎖しあるいは軍事侵攻するだけの能力を備えていることは周知の事実だ。
また、中国の台頭は経済成長が民主化を促すというこれまでの西側のパラダイムを揺るがしている。中国が2001年にWTOに加盟した時、西側諸国では中国が十分な経済発展を遂げたのちには民主化が進んでいくだろうという見通しを持つ人が多かった。実際には、そのようなプロセスは中国では進行せず、権威主義体制を維持したまま急速に経済成長する中国型の国家資本主義モデルが西側諸国のパラダイムに取って代わろうとしている。
中国は世界に対する経済的な影響力を強化し、対外関与を深める一方で、急速に軍備拡張を行っている。東アジア地域において、中国は東シナ海や南シナ海における中国の領土的主張を行うにあたって、経済・軍事両面での影響力を駆使している。中国は尖閣諸島周辺に頻繁に船舶を送っており、日本の海上保安庁による警備を圧迫している。南シナ海においては、中国政府は国際司法裁判所の判決を無視し、緊張を高めている。こうした中国政府の行動は、規範に基づく国際秩序に対して大きな挑戦を迫るものである。中国人民解放軍は年々能力を高めており、通常兵力のみならず、サイバースペースや宇宙空間における能力を含むグローバルな攻撃能力を備えてきている。北京はロシアとの政治的軍事的協力も深めつつある。ロシアのプーチン大統領と習近平国家主席は他の地域各国の首脳と比べて最も頻繁に二人で会っており、ロシアの軍事演習「ボストーク18」には中国の軍が参加して軍事的連携を強めている。
こうした動きに基づき安全保障環境の不確実性が増している事実を踏まえれば、法の支配や自由貿易といった核となる思想を共有している地域諸国が連携してこうした不確実性に対処すべきである。
英国は、アジア太平洋地域の安定や安全確保に利益を見出し、コミットしているとエリス公使は語る。昨年のメイ英国首相の日本訪問は、日本が英国のアジア太平洋地域における最も信頼できるパートナーであることを象徴するものであった。
エリス公使は、つづいて当該地域における英国の日本政府との安全保障協力や深い関与を示す資料を提示し、この二年間のあいだ英国が戦闘機、軍用艦、陸軍兵力などを自衛隊との共同演習のために派遣した実績について語った。ちなみに日本の領内で米国以外のパートナーが共同演習を行ったのは初めてである。
しかし、こうした様々な日英協力の進展にかかわらず、課題もいくつか指摘できる。まずは複数の官庁間での協力や法的な枠組みの問題である。次の課題は、政治的な目的を擦り合わせ、それをしっかりと明確に発信していくという作業だ。この観点からは、日本国憲法第9条改正をめぐる日本政府の提案とそれに続く議論は、日本が世界においてより積極的な平和と安全のために貢献する国家となる意思を示すものとして歓迎されるだろう、とエリス公使は述べた。
エリス公使は、最後に、英国と日本が民主主義、法の支配、多国間協調、国際政治経済上の関与についてより確固とした国際的な枠組みを創り出そうとする努力において、同じ価値を共有していることについて強調した。アジアは世界において経済成長をけん引し、クリエイティビティと繁栄を生み出していくことになる。今世紀末には世界の人口の44%がアジアに存在することになると予測されている。アジアは今世紀においてさらに存在感を高めるだろうと指摘して、エリス公使は講演を締めくくった。
続いてハーディ氏が講演を行った。ハーディ氏は、アジア太平洋地域をめぐる国際政治は近年、「冷戦」ではなく「熱い平和」とでも形容すべき様相を呈しているとした。冷戦後まもない1990年代には、自由民主主義の広まりや市場経済の導入により、より安定した民主主義が出現するだろうという見通しを誰もが持っており、主流派の政治思想においてもそうした見方が支配的であった。しかし、現在はそうしたユーフォリアは消え去り、現在は地政学的な戦略と国益に基づくリアリズムの世界が回帰してきている。おそらく第二次世界大戦前の戦略家であるニコラス・スパイクマン、アルフレッド・マハンやジュリアン・コーベットのような発想に回帰しつつあるのだと受け取ることができるだろう。
しかし、新たな状況の中で最も重要な変化はやはり中国の台頭である。とりわけ、中国が大陸国家としてのパワーから海洋国家としてのパワーへと転換しつつあることだ、とハーディ氏は指摘する。中国はそこにおいて新たに獲得した経済的なパワーをあからさまな形で発揮しているという。中国政府は国際規範に反するような政策をこうした地域、とりわけ東シナ海と南シナ海において行ってきており、他でも同様の活動を拡げている。英国は法の支配を維持するべくこうした行動に対処しているとハーディ氏は述べた。
しかし、アジア太平洋地域における英国の役割とはいかなるものであるべきだろうか。英国はアジアに何世紀にもわたって関与してきた。いわゆるスエズ以東からの撤退(1968-71)でマレーシアやシンガポールなどから軍事的に撤退すると決めたのちも、英国の関与自体は失われてはいない。英国政府は21世紀はアジアの世紀となることを自覚して、自らもアジアにとどまることを希望しており、アジアのあり方に関与したいと考えている。だからこそ、日本との関係は重要なのである、とハーディ氏は指摘した。
英国はほとんどの場合アジアでは歓迎すべきパートナーとして受け入れられており、とりわけ日本ではその傾向が強い。日英両国は、ほぼ同盟に近いような協力関係を保持している。たとえば、軍事分野においては日本の領内で米国以外の国としては唯一の共同演習を実地に行っており、英国は国家安全保障会議の設立に関しても知見を共有し協力してきた。
海上における航行の自由の確保と国連海洋条約(UNCLOS)に基づく紛争処理の原則は、両国の海洋安全保障政策において同様に重要な地位を占めている。ハーディ氏は、こうした日英両国間の強力は将来に亘ってもっと深めうるとの見通しを示し、日本はじきに通称「ファイブ・アイズ」と呼ばれる情報共有協定の6番目の参加者となるだろうとの観測を述べた。「ミニラテラリズム」という造語は少数の多国間での協力を指すが、将来にわたってそうした「ミニラテラリズム」のような形での密接な国家間協力が地政学的な戦略上も重要な選択肢としてみなされるようになるだろうとした。例えば、すでに、日米印豪4カ国の協力は可視化されて根付きつつある。最後に、ハーディ氏は世界が意識的にせよ無意識にせよリアリズムに回帰しつつあると述べ、対抗戦略やヘッジ戦略などを駆使した政治的考慮が必要になってくるだろうと述べて講演を終えた。
青井教授は、実務家との対話を重視する公共政策大学院としては、本日のような示唆に富む講演を開催することができたことは非常に喜ばしいとし、英国と引き続き協力していく希望と感謝を述べたうえでいくつかのコメントを述べた。第一に、日英の利益が収れんしていく結果として、密接な協力関係が進展するという見通しは慧眼であるということ。第二に、日本は外交安全保障政策においてはミドル・パワー志向があるが、その観点からは英国から学ぶべき点が多々あること。第三に、日英両国が規範に基づく国際秩序のために働く余地はやはり大きいという点であった。