オープンガバメントシンポジウム レポーティングコラム
2013/11/28
オバマ政府が「開かれた政府」としてオープンガバメント政策を掲げたのが2009年1月です。近年、我が国でも、中央地方政府はもとより市民の動きとしても、少しずつ積極的な活動が顕著になっています。特にここ1年で各種メディアを通じて見聞きする機会も急激に増えてきているように感じます。下図は、グーグルトレンドで、"オープンガバメント"という言葉を検索し、web上における人気度の動向を表したものです。
2009年6月にある大きなスパイクは、同年米国連邦政府が国家としてオープンガバメントを取り入れた事を受け、数ヶ月遅れで日本語の記事が急増したことを意味します。その後、一旦減少しつつも2012年1月から安定的に取り上げられていることが分かります。
一方同様に "open government"の人気度動向を米国のみに絞って表したものが下記の図です。
この図から、少なくとも概念としてオープンガバメントの考え方は2009年以前からずっと議論されていたことが分かるかと思います。こうしたことからも、オープンガバメントはただのバズワードではなく、今後の国家のあり方を表した安定した言葉として捉えて良いと考えます。
19日に公共政策大学院主催、本センター共催にて "オープンガバメントシンポジウム phase0からphase1への課題を探る"が開催されました。私の認識する限りでは大学でオープンガバメントに関してこの規模のシンポジウムが開催されたのは、今回が初めてです。
シンポジウムの趣旨の一つは「オープンガバメントの壁」であり、産業界、地方自治体、学識者などの登壇者によって、それぞれが直面してきた課題や乗り越えてきた経験などが、約200人の聴講者を交えて議論 され、認識を共有しました。
冒頭で講演された東京大学公共政策大学院奥村教授によれば、オープンガバメントの段階は大きく4つの段階に表すことができます。現在の我が国のオープンガバメントは試行錯誤の段階である"phase0"に過ぎません。一定数の役所や市民が目覚める"phase1"に移行していための第一歩にしたいというのが、今回のシンポジウムの大きな趣旨です。
午前中は、オープンガバメントが直面する課題や認識について、下記4名の産業界有識者の方々によるリレースピーチが実施されました。
庄司 昌彦氏(国際大学GLOCOM 主任研究員、Open Knowledge Foundation Japan 代表)
"政府ができることは限られており、企業も今後新たな方向性が必要になっていく。日本は世界最先端IT立国創造宣言をしているものの、オープンデータの観点では世界30位。ルールづくりにおいて、提案の段階から市民参画が可能な形を模索していくべきである。オープンガバメントの壁があるとすればクリエイティビティ(創造力)の壁。依然として日本はまだ米国や英国がやっているマネになってしまっている。"
川島宏一氏(株式会社公共イノベーション代表取締役)
"知識課題起点の価値創造とは、課題が存在する状態から課題が解決された状態へ地域社会システムを移行させることであり、その鍵は課題とデータの相乗効果によるもの。街には情報が溢れている。課題解決は、現場でまさに課題に直面している市民のセンスに委ねられる問題。日本では「公共」という言葉の意味が若干履き違えられて解釈されてることがオープンガバメントの壁だと思う。"
市川裕康氏(株式会社ソーシャルカンパニー代表取締役)
"海外のシビックテクノロジー動向を目の当たりにして、政府の未来を見た。「ムーブメント」という言葉をしきりに使っていたことが印象的。コンテキストの共有が重要であると感じた。「少数の思慮深く熱心な市民が世の中を変えられることを疑ってはいけない」(人類学者マーガレットミード氏)。オープンガバメントの壁があるとすれば言語の部分、米国英国のマネもまだし切れていないのが実情。"
工藤卓哉氏(アクセンチュア株式会社経営コンサルティング本部アクセンチュアアナリティクス日本統括)
"ニューヨークで行政データを活用した政策立案に携わって感じたオープンデータ利活用のポイントは、発想の転換/利便性/透明性/質・幅・粒度・鮮度/スケールの概念/取得・蓄積・分析・提供の工夫・規制である。特に発想の転換が重要。例えば、小児の心臓疾患の診断に、F1のマクラーレンの波形解析技術が応用されている。常に受益者の目線で考えることが重要である。情熱の無さこそがオープンガバメントの壁であり、特に自治体の方がもっと情熱を持たなければいけないと感じる。"
午前中に行われたリレースピーチを受けたうえで、私個人としては"行政組織間の有機的な連携を阻害する空気と仕組み"をオープンガバメントの壁として挙げます。我々市民が認識する社会課題は多くの場合、本来分野横断的な問題であるはずです。今後は中央政府による積極的なデータ公開にも伴い、本省ハッカソンやアイデアソンの動きが確実に増えていきますが、例えばオープンデータアイデアソンを実施するにしても、一つの行政が有するデータだけで解決をはかろうとすると、必然的に「そのデータで解決できる課題」のアイデアしか生まれなくなってしまうことが懸念されます。結果的にそのアイデアは課題の本質を解決するものでなくなってしまいます。「オープンデータがあるから解決のアイデアを」から、「課題を解決するためにどういったデータをオープンにしていくべきか」といったアプローチにシフトしていかなければなりません。「縦割り行政」という言葉でこの問題を表現すると、若干使い古された感じが否めませんが、データを公開することだけでなく、セクショナリズムを解消しなければ必然的に一定以上先に進む事が出来ないのもオープンガバメントの本質です。やや趣旨が異なるかもしれませんが、類する指摘として、庄司氏が オープンナレッジファンデーションジャパンのブログで記された内容に下記のような記述があります。
"国においても地方自治体においても、オープンデータの推進は、行政職員による自発的な取り組みが主導することが多い一方、行政組織内(他の部署)の抵抗を受けることが少なくありません。
それに対し、議会質問やその答弁でオープンデータ政策が採り上げられ、首長等がオープンデータの推進を約束したり、分野や範囲、期限などの方針を示したりすることは、そうした組織内の障壁を突破するきっかけになることがあるのではないかと思われます。"Open Knowledge Foundation Japan 「議会質問におけるオープンデータ」資料を公開します より抜粋。
午後は2部のパネルディスカッション形式をとり、各登壇者の方が実際の現場でどういった壁にぶつかり、どう乗り越えてきたかが議論されました。コーディネータとして、廣瀬先生と奥村先生が参加されたことで議論が活性化しました。
1部パネルディスカッション登壇者
- 杉浦裕樹氏(横浜コミュニティデザイン・ラボ 代表理事)
- 田中美乃里氏(NPO法人地域魅力 理事長、藤沢市市民電子会議室運営協議会 委員)
- 目黒章三郎氏(会津若松市議会議員 前議長)
- 松永英也氏(NPO法人ドットジェイピー 事務局長)
第一部の議論で印象的だったのは、"若者は政治に興味がないのではなく、政治がよく分からないのである"という松永氏の発言でした。政治に関する情報が得にくく分かりにくい状態である限り充分なオープンとは言えません。会津若松市は、"こんなに政策に関心がないのはどうしようもない"という課題意識から「見て知って参加するための手引書」を議会白書として作成されました。これは、もともと町田市の市民の声から生まれた「議会のトリセツ」が元になっています。この事例のような市民の声が直接行政に生かされ、地域のベストプラクティスが全国に広く伝わっていく動きをより活性化させるためには、こういった事例が、1つでも多くの場所で取り上げられることが重要です。
地域の観点では、杉浦氏から、地域SNS等の仕組みをどんなにweb上に構築しても、結局情熱のあるファシリテーターが乏しい地域ではうまく行かなかったという課題が挙げられました。一方でいわゆるSNSが生まれるはるか前から電子会議室を開設していた藤沢市の経験を元に田中氏からは、「最初に課題を掲げた発言者のコンテキストが適切に共有されることで共感意識を共有できる。そのひとつのつながりが「友達関係」なのではないか」という提案がありました。この、コンテキスト共有が不可欠であるという指摘は午前中の市川氏の発言と共通するものです。
地域の問題は最終的にはヒトに帰着する問題であり、教育のあり方も考えなければいけないという共通認識が得られました。オープンガバメントのあり方の一つとしてウェブの活用を前提とするのであれば、ここで言う"ヒト"は、必ずしもそれは対面で会ったことがなければいけないものでは有りません。もしかすると、市民が気づいた社会課題やコンテキストを共有できる相手は、まだ会ったことのない異なる地域の誰かかもしれません。第二部ではウェブを中心とした情報技術を積極的に活用した活動をしている有識者の方々によるパネルディスカッションが行われました。
2部パネルディスカッション登壇者
- 牧田泰一氏(鯖江市 政策経営部 情報統括監)
- 田口仁氏(独立行政法人 防災科学技術研究所 研究員)
- 関治之氏(Code for Japan 代表)
- ハリス鈴木絵美氏(change.org日本代表)
鯖江市は「データシティ鯖江」と表現されるほどオープンガバメントのためのオープンデータ活動に積極的な自治体です。"データは公開して利用は市民にまかせる"というスタイルは、同市が掲げる「市民主役条例」に基づき、市民の間で秘密があってはいけないだろうという考え方が根幹になっています。牧田氏曰く、"一般的に行政はデータ・情報を公開することに慣れておらず、いわゆる個人情報のようなものまで公開することがオープンデータだというような認識も根強い"とのことです。私自身、研究活動においてもいくつかの自治体の方にオープンガバメント・オープンデータの活動状況や認識についてヒアリングすることがあります。その中では、まさに牧田氏が仰っているように「個人情報の公開のことをオープンデータ」と捉える方が少なからずいらっしゃいました。このあたりの認識のギャップもひとつの「壁」ではないかと思います。
(独)防災科学技術研究所の田口氏は、"災害対策基本法の改正により、オープンガバメントと親和性のある条項が追加されたことにより、地区防災計画の策定、地理空間情報の活用などの観点から市民と一緒につくっていくことがしやすくなった"と発言されました。eコミ流山は同市が(独)防災科学技術研究所との共同研究「流山市における災害リスク情報のオープンデータ化とその利活用に関する実践的研究」における「災害に強い地域づくり事業」の一環として構築したものです。流山市は「流山ウェブアプリコンテスト」の開催を期にAPI1でデータを公開し、それによって多くのアプリケーションが開発されました。
Change.orgはネット上で誰もが自由に署名を募ることの出来るプラットフォームとして世界中に展開されているサイトです。地域に密着した課題というのは、当人にとって重要でも見る人にとっては瑣末なものにみえるかもしれません。だからこそ、課題意識を抱えていても簡単には声を上げにくいのが実情です。Change.org 日本法人代表のハリス鈴木氏は"個人が抱える課題に対して重要かそうでないかといったことを何らかの権威が決めるのはおかしい"とし、国政や行政に関係しなくても、自分が感心を持った分野から動いていくことが重要であり、それが波になっていくと主張されました。周辺コンテキストが細分化、多様化せざるを得ない特徴を持つ課題だからからこそ、行政によるかつての一元的な管理プロセスでは扱いきれず、結果として黙殺されてしまっていた地域課題も少なくありません。Change.orgはそういった課題を吸い上げる機能になりえます。会場の発言でも出たように、例えば、"Change.orgを使って一定以上の署名が集まったものを議会として公式に対応する動きの可能性"も非常に興味深いものです。
課題が顕在化されれば、次にその解決手段が必要となります。今年に入ってから、市民によるアプリケーション開発によって地域課題を解決しようというシビックハッカソンイベントが、多くの自治体で行われ始めました。Code For Japanはそういった動きを支援するための一般社団法人として、10月に登記された有志団体です。Code For Japanが運営の参考にするのは、「(プログラミング)コードによって政府を変えていく」ことを命題とし、2009年に立ち上げられた米国の Code For Americaです。この両者の"Code For"においては、日米文化の違いによる課題も少なくありません。特に問題になってくるのは、日本におけるこれらの活動でビジネスエコシステムが回せるかどうかといった点です。米国のCode For Americaの2012年の収益は約4.7億円、財団助成が6割弱、その他受入地方自治体が2000万円程度ずつ拠出されています2。また、設立3年の時点でナイト財団3から5億円の寄付をうけ、シビック起業家といった方々が積極的にビジネス展開をしていますが、米国と文化が違う日本においていかにしてサステナブルな活動をしていくかは、考えていかなければならない大きな課題です。
同時に関氏は"ハッカソンは銀の弾丸ではない"と主張されています。確かにハッカソンの1-2日間で開発されるアプリには、持続的な運用を前提としたものは多くありません。ですから、"アプリ開発をするだけではなく、そこから課題の本質を見出したり、ひとつの課題に取り組むことで新たなコミュニティを産んでいくこと"がハッカソンの本質であるのだと思います。ハッカソンという言葉を聞くとソフトウェアエンジニアの為の活動と思われがちですが、少なくともシビックハッカソンは異なる背景、スキル、知識を有した、参加者の多様性によって成り立っています。パネルディスカッション第二部では、廣瀬教授から「どういったデータが存在するかを知っているヒト」、「プログラミングやデザインなどといった道具を持つヒト」、「課題を持っているヒト」が点在している中で、これらの人々を繋いでいく仕組みが必要であるとの指摘がありました。シビックハッカソンをはじめとするイベントは、こういった繋いでいく仕組みとしても今後非常に重要になってくるものと思われます。関氏は"Code For Japanを通じてITを使った市民参画の場を提供していきたい"とし、会場に対しても広く参加を呼びかけました。
オープンガバメントは日本ではまだまだ黎明期ですが、市民が自らの手で変えていくことこそが政治の本来の姿です。主役である市民が活動する中でそれぞれが直面する「壁」を地域内外で共有して乗り越えていく必要があるのだと思います。シンポジウム終了後もツイッター上で議論が続いているようです4。ツイッターハッシュタグは #ogs1119 です。
脚注
- API (Application Programming Interface)
OS(基本ソフト)やアプリケーションソフト、あるいはウェブアプリケーションが、自ら持つ機能の一部を外部のアプリケーション(ソフトやウェブサービス)から簡単に利用できるようにするインターフェース。 - Code for America 2012 Annual Report
http://annual.codeforamerica.org/ - ナイト財団
ジャーナリズム・メディアにおけるイノベーションを支援する財団。"人々が情報を共有し、社会参加することが民主主義の育成に役立つ"と信じ、米国のオープンデータや、オープンガバメント関連においては必ずと言って良いほど参画している財団のひとつ。 - togetter オープンガバメント シンポジウム @東京大学農学部内 一条ホール
http://togetter.com/li/592200