東日本大震災からの復興における「ネットワーク」の重要性

東京大学政策ビジョン研究センター教授
坂田一郎

2011/6/2

ネットワーク、つながりとは[1]

最近、「つながり」又はその和としての「ネットワーク」が意識されるようになってきました。「ネットワーク」とは「ノード」と「リンク」で構成されるものの総称です。「ノード」とは個別の要素、「リンク」とはノードとノードをつなぐ何らかの関係性のことをいいます。「ノード」と「リンク」の定義を変えることで、様々なものを「ネットワーク」としてとらえることができます。例えば、個人をノード、友達関係をリンクと定義すると友人ネットワーク、発電所をノード、送電線をリンクと定義すると電力送電ネットワーク、ブロガーをノード、トラッバックをリンクとするとブログ世界のネットワーク、空港をノード、空路をリンクとすると航空路線のネットワークとなります。

電力網のようなごく一部の例外を除き、ネットワークは、原子や分子、生物、人工物のように実体を伴っているわけではなく、世間の様々なものをモデル化するための一つの視点というべきものです。従って、ノードやリンクについて定義をし、意識をしてみなければ、それを捉えることはできません。

そうしたバーチャルな存在を扱うネットワーク理論は、18世紀の数学者、L・オイラーが創始したグラフ理論を源流の一つとして、長い歴史をもちます。ネットワークに関する研究は、主に社会学と数学の分野で進んできました。社会学では、個人や集団の交友関係やコミュニケーションを扱い、それら社会ネットワークと社会現象(例えば夫婦の関係、高校生の退学、昇進や給与)との因果関係や関連性を解明してきました。他方、数学の分野では、現実への適用より数学的な美しさの追求に重点が置かれ、ノード間にリンクがランダムに存在すると仮定したランダムネットワークやノードが全ノードとの間にリンクを持つ仮定する完全ネットワークが研究の中心でした。

ネットワーク理論が、急激な進化を遂げ幅広い分野の研究に応用されるようになったのはこの10年ほどのことです。一種のブームとなる契機となったのは、1998年、英ネイチャー誌に掲載された論文です[2]。D.ワッツとS.ストロガッツによるこの論文は、映画俳優の共演関係、電力送電網、線虫の神経細胞という3つの全く異なる種類のネットワークを取り上げ、それらすべてに共通する特性を見事に定量的に表現し、この理論に多様な応用の可能性があることを世間に知らしめました。

ネットワーク、つながりが持つ力

昨年、日本語版が出版された「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力」(N.A.クリスタキス、J.H.ファウラーの共著[3])は、膨大なデータを用いた研究から、肥満、感染症、笑い等が、人のつながりを介して伝染することをわかりやすく紹介をし、話題となりました。このように、ネットワークは、商品や電気といったものに加え、人の感情、情報・知識、感染症などが早く、スムーズに流れる、特別な流路となります。例えば、「暗黙知」と呼ばれる情報は、文書化されていないために、通常は、広く伝わることはありません。特別に強いつながりを持つ者の間にだけ、口頭で伝わっていくのです。「ここだけの話」はその典型です。イノベーションの世界では、人より早く正確で質の高い情報を得ることが競争力につながります。従って、イノベーションに必要な「暗黙知」がすばやく流れるネットワークの中に、自分(自社)が入っていることは、大きな意味を持つのです。シリコンバレーや日本の大都市が持つ強みの一つは、こうした目に見えない多数の情報・知識の流路の存在にあります。優れた流路がどれだけ、どのような構造(トポロジー)を伴って存在するかが地域経済、産業コミュニティの創造性や競争力に影響を与えています[4,5]

「ネットワーク」を意識することで生まれる、重要な気付きの一つは、人、企業、発電所といったものが、直接的な「つながり」だけでなく、2次、3次の間接的な「つながり」を通して影響を受けているということです。例えば、友人から「だれかいい専門家いない」と相談された場合を考えてください。直接の友人ではないが、直接の友人から話を聞いたことがある者の名前を出すことはよくあると思います。名前が挙げられた者からすると、直接の友人ではない2次先の友人から何らかの影響を受けることになります。先ほど、挙げたクリスタキス・ファウラー等の研究者は、人のつながりに関して、3次先(友人の友人の友人)まで影響が及ぶことを実証的に示しています[6,7]。また、森・梶川・坂田は、企業の取引ネットワークの形成に関して、少なくとも2次先まで、すなわち、ある企業が持つ性質(属性)が直接の取引先の更にその先の取引先の選択にまで、影響が及ぶことを実証しています[8]。2次、3次以降まで影響が及ぶということは、どういうことでしょうか。それは、人や企業が自分がとった行動や示した感情などついて、周囲にどれほど影響を与えるのか、認識するのが難しいということを示しています。多くの場合、直接的な影響しか実感できず、影響を過小評価することになるのです。そう考えると、例えば、地域コミュニティについては、個々人が感じるよりも、社会的な重要性は高いと考えるべきだと思います。

以上のように、2次、3次の影響を想定すると、「ネットワーク」内のノードは、直接的なつながりを超えて、広く、複雑に、相互に影響を与えあう存在になっているということができます。ネットワーク化は、個が分散している場合と比べて新たなものを生み出すといえます。公共的な施策(例えば、住民の幸福度向上、感染症対策、犯罪防止)や企業の経営戦略(オープンイノベーション、経営リスクの軽減)を考える際にも、そうした影響を考慮することが重要だと考えられます。ただ、こうした複雑な影響の伝わりを把握するのは、一般的に大変困難です。必要な情報の収集を可能とするとともに、現在、発達が著しいネットワーク分析やリンクマイニング、リンク予測といった技法を取り入れることが必要となります[9,10]

東日本大震災でクローズアップされた2つの「つながり」

東日本大震災は、「つながっている」ことを意識させるものでした。特に、二つの異なる「つながり」又はそれの和である「ネットワーク」がクローズアップをされました。一つは、先ほど挙げた「地域コミュニティ」、ご近所の住民の間の「絆」です。このコミュニティの中には、自律的な形の支え合いが存在し、更に、感情の共有といったことがなされています。例えば、私が住む荒川区では、町会のつながりを基盤に「荒川区区民節電隊」が結成され、節電の運動が進められています。阪神淡路大震災の復旧・復興から得られた教訓の一つに、地域の住民コミュニティをなるべく壊さない形で移設するということがあります。阪神淡路大震災の時は、仮設住宅への入居に際し、公平性を重視して、抽選の形を採りました。この措置は、公平性を担保することには役立ちましたが、結果として、近隣コミュニティを壊す結果となってしまいました。今回は、なるべく、従来のつながりを残した形での避難所、仮設住宅への入居などが進められています。地域の住民コミュティをなるべく保つことで、様々な自律的な支え合いの機能を維持することが出来ます。また、コミュニティのなかで頼れる人がいる、自分が頼りにされていると感じすることは精神的な力にもなります。適切な支援策だと考えます。今後、考慮すべきことは、弱者だけを特定の施設に集めない、ということです。弱い方を先に助けるのは美徳ではありますが、この場合、それをしてしまうと、特定のつきあいは残っても、助け合いの機能の多くが失われてしいます。また、世代を超えた交流から得られるものも失われます。さらに、感染病にも弱点を晒すことになりかねません。

今一つは、「企業の取引ネットワーク」です。これまで信頼と柔軟性に裏打ちされた取引ネットワークの存在が日本産業の強みと考えられてきました。今回の震災では、これがあちこちで寸断される結果となりました。東北地方は、自動車や電気、電子製品の一大生産地になっています。さらに、東北地方を含む日本は、付加価値の高い電気・電子部品、材料の世界的な、特にアジア向けの供給拠点となっていました。アジア向けの中間財の輸出額は1985年の167億円から2003年には1,578億円にまで増加しています。このことは、政府の成長戦略等でもクローズアップされており[11]、世界の生産活動に影響が出ることは予測できたはずですが、実際には、直接又は2次先の取引先までは確実に把握できていても、その先、次数が増えると、情報が不確かであったために、初期段階では、影響を十分に把握することが出来ませんでした。先に例を挙げた「個々の住民がコミュニティが持つ重要性を実感できない」ということと同じです。海外から輸入している部品であるため、影響がないと思っていたところ、その部品の中核部分が東北製であったために、調達が出来なくなったという例もあります。いずれにしても、ネットワークの一部が傷ついたことによって、直接の影響の無い部分も含めた全体に影響が及びました。

今回、水産業、造船、食品加工のような地場産業のネットワークも、大打撃を受けました。これら産業のネットワーク及びそのノード(企業)は、自動車、電気、電子等の大規模産業と比較すると、狭い地理的範囲に集中して立地しています。このため、影響の及ぶ範囲は限られる一方、被災した地域に集中して大きな影響が出ることになりました。また、これら地場の企業ネットワークは、その内部では、人的な関係も密ですので、地域コミュニティのネットワークと似た性格も持っています。大震災は、水産業に従事する仲間の助け合いといった機能も損なう結果となりました。

図:浜松の自動車・光・楽器産業の取引ネットワーク
(作成:東京大学工学系研究科総合研究機構イノベーション政策研究センター)

中小企業の復旧・復興支援に期待すること

被災した大企業の復旧は、急ピッチで進められています。今後、政策的に重点支援すべきは、「ネットワークの綻びを直す」という視点に立った、中小企業の復旧・復興支援です。先に指摘したように、ネットワーク内の企業は、相互に依存しあう関係にあります。その中の綻び、例えば、ある企業の工場建屋や生産設備の損壊、はネットワーク全体に影響を及ぼします。その綻びを修復することは、当該企業だけでなく、ネットワーク全体に良い影響をもたらします。 こうした考え方に立った時、重要なことの第一は、復旧を急ぎ、影響を緩和するための支援の対象範囲としては、被災地域、直接被災企業だけでは不十分で、対象をネットワーク全体と設定することが必要だということです。支援対象を被災企業だけでなく、取引ネットワークを介してその影響が強く及ぶ範囲と捉え、仮に、被災地域の外であっても支援対象とすべきだと考えます。既に、政府系金融機関が行う金融支援については、そのような考え方で実施されているものと認識しています。

次に、綻びの復旧に関して、資金や資材・人員といった資源が限られるなかで、優先順位を付けるとすると、被災した地域にとって経済・社会的ウエイトが高いネットワークを対象(例えば、地域社会の核である漁業・水産加工業・関連商店、経済圏の工業出荷に占めるウエイトが高い電子部品)とし、さらに、その中で、重要な位置を占める企業や設備を対象とすることが考えられます。ここでいう「重要」とは、具体的には、多くの企業に製品を出荷している、多くの企業から出荷を受けている、出荷している量が多い、代替先を見つけるのが難しい、複数のネットワークをつないでいる、といった基準が考えられます。ネットワーク理論の言葉で表現をすれば、「ハブ」と「コネクター」が重点支援の対象ということになります。

最後に、ネットワーク全体の損傷がひどく回復に時間がかかる場合には、その中で何社か活動が可能な中小企業が残っていても、既存のネットワーク内では長期間、能力が活かす場がないというケースが考えられます。そのような場合、能力のある中小企業が別のネットワークに移動することを支援するという発想も必要かと考えます。新たな取引先の紹介、取引の仲介、別のネットワークに参加するための製品の改良、保有技術の新たな製品への応用のための技術開発等の支援がこれにあたります。

東京大学では、取引先が被災したような場合に、同様な技術・商品等を持ち代替の取引相手先となりうる企業候補を探す場合や、自社の技術を活用して新たな取引先を開拓しようとする場合に、効率的に探索が行えるシステム(SMEET)を公開しています[12]

もう少し長期的視点に立つと、今後、中小企業を含めたネットワークのショックに対する耐久性(ロバストネス)を高めることが政策課題となってきます。日本のものづくり産業の特徴であるつながりの強い、推移性の高いネットワークは、生産活動や研究開発に対して、良い影響を与えますが、それが損傷を受けた場合のリスクも大きくなります。

簡単な例を挙げたいと思います。下図のようなネットワークはロバストといえるでしょうか。円形になっているグル−プAとグループBを個別にみると、ロバストな構造だといえます。ノードやリンクを一つ取り去っても、グループ内のつながりは概ね維持されます。一方、この図を全体としてみると、弱点があります。グループAとBをつなぐつながりが1本しかないことです。これが立ち切られると、両グループは孤立することになります。

今回の震災の経験を踏まえ、こうした弱点を補う対策が必要と考えられます。上記のモデル的な例では、グループAとBをつなぐつながりを複線化することが有効です。今回に震災の被害に即して考えると、重要な部品について、複数の施設で生産をしたり、予め代替先を用意しておくといったことが大事になります。ネットワークの全体像を日頃、きちんと把握しておくだけでも、弱点を知るということで大きな意味があると考えます。ネットワークのロバストネスについては、テロや事故等の際の電力網やインターネットといったインフラに関する研究が多くなされています[13,14]

これに関して、「事業承継(BCP)プラン」という言葉がありますが、中小企業の領域では、それを策定して、実行できている企業は少数にとどまります。実際、ネットワークの一部にすぎない、一中小企業だけで、それを用意することは困難であす。構造を俯瞰した上で、どこにリダンダンシーを持たせるかなどを、ネットワーク全体として考える必要があります。また、リスクへの対応力を高めるにはコストも要します。ネットワークのリーダーがそれを負担する用意がなければ実行されません。BCPについては、今後、個別の企業単位ではなく、ネットワーク単位で考えていくことが欠かせないと考えます。

平時におけるロバストな取引ネットワークの設計、災害時におけるネットワークの早期、効果的な復旧のために、直接的な取引関係を超えたネットワークの構造の俯瞰的理解、指標化や可視化によるその情報共有、地域や業種を超えた比較を進めておくことが重要だと考えます。


(参考文献等)

  1. 坂田一郎 「ネットワーク理論でみた技術革新」 日本経済新聞 やさしい経済学
    (2010 7月7日より7月19日まで8回連載)
  2. D.Watts and S.H.Strogatz, "Collective dynamics of ‘small-world’ networks," Nature, vol. 393 (1998):440-442.
  3. ニコラス A.クリスタキス&ジェイムズ H.ファウラー「つながり 社会的ネットワークの驚くべき力(原題:Connected: The Surprising power of our social networks and how they shape our lives)」 講談社 (2010).
  4. Y. Kajikawa, Y. Takeda, I. Sakata and K. Matsushima, "Multiscale analysis of interfirm networks in regional clusters," Technovation, vol. 30 (2010): 168-180.
  5. 坂田一郎、梶川裕矢「ネットワークを通して見る地域の経済構造−スモールワールドの発見」 一橋ビジネスレヴュー, vol.56(5)(2009): 66-79.
  6. N.A.Christakis and J.H.Fowler, "The spread of obesity in a large social network over 32 years," New England Journal of Medicine, vol. 357(2007): 370-379.
  7. J.Singh, "Collaborative networks as determinants of knowledge diffusion patterns," Management Science, vol.51(2005):756-770.
  8. J.Mori, Y.Kajikawa, I.Sakata and H. Kashima, "Predicting customer-supplier relationships using network-based features," proc. of IEEE International Conference on Industrial Engineering and Engineering Management 2010 (IEEM2010) in Macau. (December 7-10, 2010)
  9. N. Shibata, Y. Kajikawa and I. Sakata,"Measuring relatedness between communities in citation network," Journal of the American Society for Information Science and Technology, in press
  10. N. Shibata, Y. Kajikawa, Y. Takeda, and K. Matsushima,"Comparative study on methods of detecting research fronts using different types of citation," Journal of the American Society for Information Science and Technology, vol.60(3) (2009) :571-580.
  11. 経済産業省「新経済成長戦略」経済産業調査会(2006).
  12. Y. Kajikawa, J. Mori and I. Sakata, "Identifying and bridging the network in a regional cluster," Technological Forecasting and Social Change, in press
  13. M.Rosas-Casals, S. Valverde and R.V. Sole, "Topological vulnerability of the European power grid under errors and attacks," International Journal of Bifurcation and Chaos, vol.17(7) (2007): 2465-2475.
  14. R. Albert, I. Albert and G. L. Nakarado, "Structural vulnerability of the North American power grid," Physical Review, E 69 (2004).