NASA主催アプリケーション開発イベント International Space Apps Challenges 2013 受賞チームインタビュー
2013/6/10
若手研究者やエンジニアらが集い、わずか2日で制作したアプリ。膨大な衛星データを解析して得られた日本上空の雲の割合から、ソーラーパネルの設置に優位な場所がわかるという。その制作意図と経緯には、オープンデータ政策やエネルギー政策にもつながる内容が込められている。
4月20日、21日にNASAやJAXAの公開データを使ってアプリケーションを開発する、ハッカソン(Hack + Marathonの造語)イベント 「International Space Apps Challenge 2013」 が世界各地で開催されました。83都市、9000人以上の参加者で行われた今回のハッカソンは世界最大規模。日本では東京大学・駒場リサーチキャンパスが会場となり、130人以上が参加し、18チームに分かれて開発が進められました。当センターの佐々木一特任研究員の所属する 「ソーラーパネル、どこへ置く?」 チームが東京予選で2位となり、世界大会にノミネートされ、その後の世界大会ではHornarable Mention(佳作)を獲得しました。チーム代表の大平亘さんと共にお話を伺いました。(インタビュアー: 山野泰子)
— チームリーダーの大平さんの研究内容について教えてください。
大平 国際河川の研究をしています。バングラデシュって大きなデルタ地帯の国なんです。毎年スケールの大きい洪水がきて、被害も大きい。上流部を人工衛星で観測すると降雨の状態がわかりますが、そうするといつ下流で洪水が起きるか大体推測できます。そうした情報を携帯電話を使って事前に住民の方々に知らせるためのワーニングシステムを開発する仕事をしています。その中で地形情報を作るための検証もしています。地形情報はレーダーで取るときれいに取れますが、すごくお金がかかるので、全土はやっていられない。今のところ衛星で作るのが一番リーズナブルなんですが、誤差があるので、それを地表面データから評価して改良する仕事をお手伝いしています。
— 次に、佐々木さんの研究内容について教えてください。
佐々木 途上国におけるエネルギー技術の導入について研究しています。特にアジアは人口の増加と豊富な資源により今後爆発的な経済発展が予想されるので、同時にエネルギーの需要も爆発的になります。ただ、途上国が今後、経済発展に伴って導入していくべきエネルギー技術の習熟過程が、先進国がこれまで実施してきた過程と同じである必要はないんです。高効率、低炭素な技術が増えていますから。先進国が歩んできた技術習熟の過程の段階を飛び越えて一足とびに進展する変化の形態を、「飛び蛙型の発展」なんて呼びますが、途上国ではまさにこれが起きています。こういった技術に対するロードマップの策定や、それに資するデータ解析を実施し、各国政府や国際機関の協力を得ながら政策提言や政策実装の橋渡しをしています。
「アジア最後のフロンティア」等と呼ばれているミャンマーが、現在の対象国の一つですね。同国は人口も多く資源も豊富です。適切なエネルギー技術の選択は、途上国が抱える農村電化の問題や、疫病削減・貧困削減につながる問題です。
— 受賞されたアプリの概要について教えてください。
大平 我々のチームは、日本全土の雲のデータをもとに太陽光発電パネルの設置判断を支援するアプリケーションを開発しました。このためNASAが公開している地球観測衛星データ(MODIS)から日本の過去12年分の雲の情報を抽出し、緯度経度0.01度(日本だと大体1km毎くらい)毎の晴天率の分布をマッピングして表示するようになっています。機能としては2つで、ひとつは過去12年の快晴率をヒートマップで可視化する機能を有してます。またユーザの現在地に任意の性能を持つ太陽光発電システムを導入した場合に、初期費用回収期間がどの程度になるかといったシミュレーション機能を有しています。現在はwebアプリケーションとして公開されているので誰でも利用が可能な状況です。(下記画像からリンクしています)
— 今回のプロジェクトのアイディアはどこからきたのですか。
大平 昔は衛星で撮影されたものを自分で選んでいましたが、雲がない衛星データじゃないと解析できなかったんです。人工衛星データの受信局が世界中に何箇所かあるのですが、そこに行ってマイクロチップに撮影されたネガを見て、いつも調べていました。アジア地域全部を見ていたんですが、タイとカンボジアとミャンマーはそこそこ雲のないデータがあるんです。ところが、よその国になると雲のない衛星データが撮影されている頻度が少ないんですね。インドネシアの方はすごく悪かった。それで地域差があるなと思っていました。ある論文でタイは光に対する条件がいい、モンスーン地帯だが北から南まで安定して日射量が得られるとレポートしている人がいて、確かに当たっているなと思いましたが、それを証明するデータがなかった。日射量は日本の気象庁でも取っていますが、定点的に取っていて、間を計算して埋めています。実際に雲があるかないかを表すだけでも判断に役立つだろうなと思いました。僕自身はソーラーパネルじゃなくて、衛星データ利用するために、雲の影響が少ない場所を知りたかった。それで、雲の頻度がどうなっているのかを知りたかったんです。
AQUAとTELLAという人工衛星が地球の周りを飛んでいて、それにMODISというセンサーがあります。250m〜1kmという解像度のカメラが乗っていて、それが毎日全地球を観測していて、いろいろなデータをNASAが提供しています。その中の一つに雲に関係するデータがあって、具体的には世界各地の雲のあるなしが4段階に分かれて載っています。毎日のデータがあるので、それをダウンロードして場所ごとに集計して、雲の多いところ少ないところを表そうというアイディアです。それだけだとつまらないから、どうしたら社会の役に立つかを考えて、ソーラーパネルと組み合わせることにしました。実際にどんなデータになるか想像もつかなかったんですが、やってみると大体30−60%くらいの雲の差があったんです。
— 国と国くらいの規模なら違うような気もしますが、日本国内の地域間でも有意な差があるということがよくわかりましたね。
佐々木 地方の山岳部や平地に比べると、東京をはじめとした都心部の方が長期的にわたって雲が多かったという結果を得ることができました。通常、雲の生成には水滴が付着しやすい核となるものが必要なんですよね。凝結核とか呼びますが、これらのほとんどが大気中を浮遊するエアロゾル(塵や埃)です。都心部は必然的にエアロゾル粒子が多いですから。このような結果が得られたことで、システムとデータの信頼性の判断材料にもなりましたね。
大平 海の上でも違いがありました。暖かい海流と冷たい海流の上とできれいに違いが表れた。中国の大陸棚でもカーテンで仕切ったみたいにみたいに違いが出ました。これは浅瀬だから検出の間違いがあった可能性もありますが。
— データ量がすごかったと聞きましたよ。
大平 そうそう。1テラバイトありましたからね。ただ、もともと12年分くらいないと説得力がないだろうと思っていました。
佐々木 太陽光発電パネルの初期投資回収期間は、最近のものでも大体10年前後かかるのが一般的なんですよね。もちろん、スペック次第ですけど。ただ、そういった意味でも、12年のデータを取得できるMODISは結果的に適切だったのかもしれないです。
大平 そもそも衛星観測が始まったのは1970年代からなんですね。つまりまだ30年くらいしかデータの蓄積がない。MODISに関して言うと12−3年。ただ、1年ごとに分布図を見ていくと違うかもしれない。シーズン毎、月毎に見ても違うでしょうね。
— メンバーについてどういう印象を持たれましたか?
大平 真面目だこの人たちと思いましたね。やっぱりプロは違うなと。我々研究者以外では、ゲーム業界の方が2人、金融関係のデータベースを扱っている人、あとはネット企業で大きなデータベースを作っている人たちだったんですけど。参加動機も、「自分のスキルアップにもなるから」と言っていました。すごい向上心あるじゃん、やるな、と思いましたね。
はじめから意思疎通がスムーズだったわけではないですけど。ただ、私はこういうこと考えていますと構想を話したら、じゃあそれを使うためのサーバ準備しますって言ってくれたメンバーがいて、データテストもして「サーバこのくらい必要だね、じゃあ2つ準備してくるわ」と言ってその場でやってくれました。普通だったら1年〜1年半くらいかかるものをたった一晩でやったようなものです。みんな30代くらいですが、すごく才能のある人たちで、実作業時間は24時間くらいでしたね。
大平 我々のチームはデータ処理の仕方を、私の専門であるリモートセンシングとかGISとは全く違うアプローチで始めました。自分たちで仕事の棲み分けをしてプログラムを作ってましたね。ビッグデータ分析の観点ではその処理の方が楽だということが後でわかったのですが、データとしてはかなり大きくなってしまいました。我々は画素数ごとにカルテみたいなものを作ってるんです。何月何日何分何秒のどこのデータで、緯度・経度が何度でという情報が、1つ1つの画素に対して出てくるんです。それが全部データベースというかたちで串刺しになっているんで、すごくデータも多くなるし、パフォーマンスも必要なんです。
佐々木 東京大会のプレゼンの段階では、イメージ図を作ったんです。日本全土12年間分のデータ量をみると、やはりそうすぐに処理が完了できるものでもないということがわかったので、まずはこういうイメージでできますよという画像を作ってプレゼンに使いました。その場は、大平さんのプレゼン力で乗り切った部分もありますけど。
大平 言っちゃって賞まで取っちゃったから、やらないと詐欺師になっちゃうなって。
photo by Akiko Yanagawa, ISAC Tokyo Bureau. CC BY
— ソーラーパネルとの組み合わせはどう思いついたんですか。
大平 もともと新しいエネルギーにはすごい興味があって、どちらかというと、僕のアイディアの段階ですけど、森林がこれだけあると森林の中に電極みたいの這わせて、森林の中からエネルギーが出てくれば、みんな森林切らなくなるじゃないですか。
— 森林からエネルギーが出てくる??
大平 もしそんなことになれば理想ですが、森林から電気が取れるわけないんで、実際に取れるとしたらメタノールですね。世の中に一杯ある雑草とか有機物をうまくメタノール化して、それを使った燃料電池のようなものが普及してくれば、電気の貯蔵ができる。みんなが密造酒造るみたいにあちこちでアルコールを作るようになればいいんですよ。アルコールにしておけば好きな時にそれを電気にすればいいし、売ればいいし、そんなにたくさん電気が必要ない山の中とかで、送電線がなくても電気を貯めておくことができるようになる。でもメタノールを作るのには、植物を集めて粉砕してバクテリアかなんかに分解させて抽出する工程で、どうしても電気が必要になってくるんです。だからその分の電気だけソーラーで補えればいいのかなと思って。今ソーラーパネルの性能がこんなものだけど、将来もっとよくなるんじゃないかなと期待しています。
— どうですか、佐々木さん、よくなるでしょうか。
佐々木 これから太陽光の発電効率自体が上がっていくことは間違いないでしょうが、メインの電源になるというよりは、大平さんが仰ったように補助電源として使うのが依然として合理的ですよね。自律分散で必要な分を手に入れる、太陽光パネルと蓄電池をセットにして利用されています。例えば、途上国の無電化村1は典型ですね。
本来、メインの電力グリッド2を進展させるというのは、原則的には需要地での経済合理性が確保できると判断できて初めて行われる意思決定です。ただ、メイングリッドを進展させることによる経済合理性がなくても、電力は必要な地域はたくさんあります。鶏と卵の話ではないですが、電化には経済合理性が必要ですけど、電化されることではじめて経済が発展するのも事実ですから。
— 太陽光パネルと言ってもいろんな種類がありますね。
佐々木 ちょっと専門的な話になっちゃいますけど、現在産業で利用されている太陽光発電は、比較的低コストで生産できるという点でも多結晶シリコン型太陽光発電3が主流です。近年では、化合物系太陽光発電4によって、エネルギー変換効率は向上しつつありますね。まだ少し高いですけどね。あと、学術研究の分野では、プラスティックフィルム型太陽光発電5や共役系高分子による太陽光発電6の研究開発などが進んでいますが、実用化は少し先の将来と思われます。このことは、東京大学イノベーション政策研究センターで開発している"学術俯瞰システム7"によっても明らかになっています。
— シミュレーションは太陽光パネルのタイプ別に行ったのですよね。
佐々木 そうですね。当初は実在のスペックデータを入れていたんですが、結局は架空の太陽光パネルのプロファイルを4つ作ることで落ち着きました。効率がいいけれど値段が高いものとか、効率と値段とバランスがいいものと、効率が良くないけど安いものなどです。それぞれを現在地にインストールした場合、初期費用回収にかかる期間に晴天率によってどのくらいの違いがあるかを算出するモデルに入力しています。都合上、パネルプロファイル自体は架空のデータを作りましたけれど、実際にメーカーが出しているリアルなデータを当てはめればそのまま計算できるようになっています。
メーカーが公称している初期投資回収期間のデータはベストエフォートの数字なんですね。日射量は考慮されてますけど地域によって異なる晴天率は十分に考慮されていません。気象庁が公開しているデータは、メッシュが大きいのでせいぜい都道府県レベルです。本アプリケーションで今回明らかになったように、客観的かつ網羅的にどこが長期にわたって晴天かどうかを検証しているわけではないのが現実です。
今回のデータを見る限り、同じ性能のソーラーパネルだったら、太平洋側の地域の人が日本海側より有利だということがわかりました。これだけみると、日射量の傾向とほぼ同じ傾向なんです。
大平 表日本と裏日本は予想した通りの結果なんですけど、北海道の十勝平野はスポット的にいいんですよ。釧路湿原とかもね。これは面白い知見だなと思いました。札幌は日本海側の晴天率でしたが。
佐々木 一番いいのは晴天率がいいところで近くに需要地があるところですね。そういう場所を見つけることができるといいです。今回は日本だけでやりましたが、世界全体で見ることができたら面白いと思います。ただ現在のサービスで実装しようとすると、エンジニアさん曰く、サーバー代だけでも月100万円ぐらいかかってしまうようです。
— 今後はどのような展開を計画されているのでしょうか。
大平 例えば今は雲しか考慮していないですけど、実際にソーラーパネルに応用するとなると気象のデータと緯度と周りに住んでいる人口を考慮しないといけません。世界で一番いいところを見つけても周りに人が住んでいないと意味がないので。
— それこそエビデンスに基づいた政策決定をして、より条件のいい土地に入るよう誘導をかけることもできるでしょうか。
佐々木 その観点では、このアプリは個人ユーザというよりは、国だったり自治体・行政の方々が主な利用者になると思います。そういった意味で政策意思決定の支援ツールになるかもしれません。
大平 普及に拍車をかける1つの要因にもなるでしょうね。
佐々木 太陽光発電については、固定価格買い取り制度が今年からkwhあたり38円になりました。去年より1割ほど安くはなりました。例えばメガソーラー事業者にとっては高く買い取ってくれたほうが嬉しいと思いますが、負担をするのは一般電力ユーザーですから、38円でもまだ高いという声もあります。
一方で、やはり普及しないと研究開発にお金が回っていかないですよね。研究開発、プロダクトの効率向上があって、市場への普及を通じて研究開発コストを回収といったサイクルを回せるといいのですが。
もしかしたら、全体として条件のいいところと悪いところで補助金率を変えるということもあるかもしれませんね。少なくとも補助金は過去12年の雲のデータを見て、バランスを検討することになれば。逆に、うちの地域は雲が多いのでもっと補助金をください、と言う根拠にも使うというのもあるかもしれませんけど。
— 今回使ったデータはオープンデータでしたね。
佐々木 今回のハッカソンイベントではNASAのデータを利用しましたが、最近はこういったオープンデータの動きが国内外問わず盛り上がっています。イギリスではオープンナレッジファンデーションといったNPOがありますが、国内版のオープンナレッジファンデーションジャパンなどが非常に盛り上がって活躍しています。国内ですと、総務省のオープンデータ流通推進コンソーシアムが産学官の垣根を超えて活動と啓蒙をしています。
こういったデータをもとにした、ハッカソンのイベントも地方毎に実施されていたりするんですよね。アプリケーション開発イベントなので、エンジニアさん以外には比較的参加の敷居が高いように思われるようです。ただ、そんなことはなくて、社会がかかえる課題に知見のある研究者や政策担当者がこういったイベントに参加してアイディアをどんどん出していくと、行政の意思決定に使えるような仕組みが自律分散的に各地域で出来ていくのではないかと思います。例えば、自分の行政がオープンにしているデータだけを使ってプロダクトをつくることもありうるし、そこから出てきたものを実際に行政サービスにつなげていくことになれば、ボトムアップの地域振興になると思います。こういう動きはますます広がっていくと思います。
(インタビュアー: 山野泰子)
脚注
- 無電化村: 電力が供給されていない村落地域のこと。
- 電力グリッド: ここでは、基幹送配電網のことを意味する。
- 多結晶シリコン型太陽光発電: 太陽光発電協会によれば2012年度第3四半期(2012年10〜11月)の国内出荷量のうち、40.4%が多結晶シリコン型を用いた太陽電池モジュールである。
- 化合物系太陽光発電: シリコンの代わりに、銅、インジウム、セレンの化合物を用いる「(カルコパイライト系)CIS」。経年劣化が少なく、発色がいわゆる黒一色なので、景観を損ねないという利点もある。
- プラスティックフィルム型太陽光発電: 色素分子を使って光の各色の光感度を高める色素増感型太陽電池の一種。現時点では、寿命や効率などの面で課題はあるが、コストが大幅に抑えられることもあり、将来的に期待されている太陽光発電の形式の一つである。
- 共役系高分子による太陽光発電: 電気伝導性を有する高分子化合物を用いた有機薄膜太陽電池の一種。こちらも効率面で課題があるが低コストなうえ軽量、フレキシブルなこともあり、広い実用化が期待される。
- 学術俯瞰システム リンク先: http://ipr-ctr.t.u-tokyo.ac.jp/sklab/analytical_examples.html