「アジア知財学術会議」の成果について
東京大学(政策ビジョン研究センター)では、2009年11月12日午前、日本知財学会及び京都大学と連携して、「アジア知財学術会議」を主催致しました。
アジアワイドで学会や大学が組織的に協力し、知的財産システムに関する政策提言を行おうとするこのような試みは、初めてのものです。日中韓の学会等6つの学術団体、10の大学の知財専門家が参加しました。また、アメリカからアメリカ特許商標庁のデュダス前長官ほかの有識者の方々にも参加いただきました。
この会議において、イノベーション活動や特許行政において、大学が保有する知的財産の重要性が高まっており、また、学術研究活動においても、知的財産権制度や運用が広く影響を与えるようになってきているとの共通認識の下、インテンシィブな議論を行い、7つの提言(「日米欧三極知財シンポジウムへのアカデミアからの提言」)を取り纏めました。
また、この提言は、同日午後開催された「日米欧三極知財シンポジウム(日米欧の特許庁長官が参加)」において、会議代表の渡部俊也教授(東京大学政策ビジョン研究センターイノベーションと知財研究ユニット責任者、先端科学技術研究センター教授)他から、早速、メッセージとして発信されました。会議の参加者より、学術と産業技術の接近等を踏まえ、知財制度のユーザーとしての大学から提言は、大変有用であり、また、研究機関としての大学には、グレースピリオドがイノベーション活動に与える影響等についての制度検討の前提となる学術的研究を期待したい等との発言がありました。
今回のような学術団体が国際的に集まり、制度当局との対話を行うという枠組み自体、新しいものでありますが、このような枠組み創設は、東京大学・京都大学による「未来を創造する特許制度のための15の提言(2009年6月)」を受けたものです。今後、「世界知財学術会議(仮称)」を設け、継続的に意見の交換と提言の発信を行っていく予定であり、政策ビジョン研究センターは、その中心として活動していきます。
日米欧三極知財シンポジウムへのアカデミアからの提言(暫定)
平成21年11月12日
アジア知財学術会議
今日のイノベーションにおいては、グローバル化、オープン化が急速に進展しており、その波は止めることが出来ない。また、製品毎に関与する権利数の増大と知財の集合的利用、権利主体と知財流通の多様化等といった大きな質的変化も生じている。
さらに、グリーンイノベーションや医療等の領域で、学術と産業技術の接近が顕著となり、知財制度のユーザーとしての大学・研究機関の存在感が高まっている。大学側から制度をみると、知財制度が大学の研究活動に影響を与えていると広く認識されている。
このような変化を踏まえ、プロイノベーション、グローバル化対応、オープンイノベーション推進の3つの視点から、7つの知財システム改革を提言する。
1.IP5主導による特許制度等のハーモナイゼーション
国境の存在しない大学の学術研究にとっては、国ごとの知財制度の差異が活動の障害となっており、知財に関する制度、運用、インフラストラクチャのハーモナイゼーションが最大の課題である。
「世界特許」の実現が究極的なゴールであるが、現実を踏まえ、協働が可能なIP5(日米欧中韓の5カ国、世界の特許出願の80%を占める)が先導する形で、その方向に向けたステップバイステップの着実な対応が重要である。それは、外国出願コストの低減、審査の効率化、特許の質や安定性の向上、国際的な産学連携の円滑化に大きく貢献することになる。
第1ステップとしては、共通出願様式(CAF)、その利便性を高めるツールの開発等の特許の出願ルールの統一、第2ステップとして共通サーチレポートの導入、サーチ結果の共有や審査基準の統一、第3ステップとして、日米欧の特許制度の統一を目指すことが考えられる。そして第4ステップとして、この仕組みを世界に拡げていくことが望まれる。
また、特許審査ハイウエイ(PPH)1の急速な拡がりを高く評価する。今後、その多国籍化も積極的に推進すべきである。PPHを実験と捉え、そこで得られた知見を制度、運用等の改善に活かしていくことが重要である。
2.日米欧でのグレースピリオドの調和
大学・アカデミアからの出願の際には、論文発表が先立つことも多く、グレースピリオド2の存在は重要である。現在、日米欧で、グレースピリオドの有無、期間等が相違しているため、研究者の競争環境や産学連携のあり方に歪みを生じさせており、それが大学発の知的財産権の産業化において国際間格差を生じさせている。また、仮出願制度3の有無もこれに関連して影響を及ぼしている。
世界中の研究者が同じ環境で研究成果を競い合い、また産学官連携が行えるようにするためには、まず「出願」ルールを統一することが重要である。具体的には、日米欧でのグレースピリオドの調和が非常に重要である。グレースピリオドを共通に設ける際にはその公表後の期間も統一される必要があるが、これについては監視負担の問題も考慮するべきで、どの程度の期間が望ましいのかについての実証研究を進め、これを踏まえながら統一していくべきである。さらに、仮出願制度の導入についても、実態を踏まえ検討を深めていく必要がある。
これらの制度改革については、各国の利害関係ではなく、社会の高齢化や地球環境問題など世界的な課題解決に役立つ先端研究を如何に効果的に推進するかという俯瞰的な視点からの判断を求めたい。
3.非特許文献の共通データベース及びサーチシステムの早期構築
各国の特許の質を決めている重要な要因として外国特許文献に加え、論文などの非特許文献のサーチがある。アカデミアの研究発表は国境を越えてグローバルに展開されるため、その文献ソースは極めて多岐にわたる。今後は中国語の文献なども重要になることが予想される。5カ国の特許庁で共通のデータベース、サーチシステム、機械翻訳を構築し、それら共通インフラを利用して審査する仕組みを構築する必要がある。また、そのようなデータベース等は、先行研究の調査、イノベーションの潮流把握等、大学研究者にとっても有用な研究基盤でもあることから、それらの構築に、アカデミアとしても協力するべきである。
4.非実施機関としての大学の特性を踏まえた制度的検討の推進
大学や公的研究機関は、研究方法に関する特許権などを除いて、自らの発明を実施することはない。また研究成果は特許権付与等の有無にかかわらず学術公開されるのが通常であり、いわゆる公開代償としての特許権付与という前提にはなじまない。このような相違がありながら、特許制度は実施機関である企業と同じに作用することで、共有特許が防衛特許化し、価値ある知識の普及が妨げられている等の問題が生じている。
また、大学や個人発明家を含む特許を自ら実施しない権利主体をおしなべてパテントトロール4として見る極端な見方も一部に存在するが、このような考え方は科学技術の発展という観点から看過できない。パテントトロールについて、世界共通の定義を行うことがまず必要である。さらに、権利濫用と考えられる非実施の権利主体の行為を今一度明らかにしたうえで、知識社会の実現、社会の課題解決に貢献するイノベーションを阻害しないという観点から、パテントトロールへの対応を早急に検討すべきである。
これらの問題に関して、5極特許庁においては、日米欧アジアの大学および公的研究機関の意見も反映させつつ、世界の非実施機関の特許権についてどのような制度的対応が必要なのかを広く議論を深める必要がある。
5.国際的な産学共同研究のあり方に関する国際的な議論の「場」の設置
国際的な産学連携が進展しており、その際、職務発明、外国為替管理法上の規制、先端技術の移転等のルールの明確化や運用上の工夫が求められている。また、複数の国の大学および企業が参加する国際的な産学共同研究が増している中で、各国の知的財産制度が異なるために、成果の知的財産に関する取り決め等を行うことが困難な場合も多く、円滑な国際協力の妨げになっている。先に述べたグレースピリオドの整合化の推進に加え、制度運用を含めた各論についても、ルールの検討や国際的なガイドラインを設けるなどの対応を検討するため、産学国際共同研究のあり方に関する国際的な議論の「場」の設置を行う。
6.知財人材育成に関する国際協力・交流の展開
知的財産制度に関する国際協力の基盤として、知財人材の育成に関する国際協力・交流を展開すべきである。具体的には、アジア等における知財教育実践の国際交流、知財教育学に関する国際的な研究交流を行う。
7.アカデミア・大学の意見を知財制度に反映させる仕組みの継続的整備 −「世界知的財産学術会議」の創設
大学などの期間を通じた知財創出を担うアカデミア、かつ知財制度についての研究を様々な角度から行っているアカデミアの知的財産制度に関する意見は、グローバルな知財制度の発展に寄与できると考えられる。
従来、企業側の制度ユーザーは三極特許庁長官会合に際してユーザー会議を通じて意見表明を行ってきたが、今後は毎回の各国特許庁長官会議にあわせて、「世界知的財産学術会議」を開催して意見表明を行う仕組みを各国、各機関が協力して構築するべきである。このような仕組みの先駆けとして、今回アジア知財学術コンフェレンスが将来位置づけられることを期待する。
また、例えばUNITT(大学技術移転協議会)は、日本の産学官連携事例の紹介等によるアジアワイドでの協力関係の構築を行ってきているが、各組織におけるこのような取り組みを俯瞰的把握できるようにするとともに、それらについて、引き続き積極的な支援を行うべきである。
(備考)本資料は、会議における座長総括を書き起こしたものである。
(用語解説の注)
1.「特許審査ハイウエイ(PPH)」は、第1庁(最初に審査を行う国の特許庁)で特許可能とされた判断を有する出願について、出願人の申し出により、第2庁(他の国の特許庁)において簡易な手続きで早期審査が受けられるようにする枠組み。複数の国における早期の権利化を容易にするとともに、各国特許庁の審査の負担を軽減する効果も持つ。
2.「グレースリオド」とは、発明の公表(例えば論文発表)から特許出願までに認められる猶予期間。期間及び条件が日米欧で異なっている。
3.米国が導入した「仮出願制度」とは、特許請求の範囲と要約等を必要とせず、明細書と図面のみで仮の出願をした後、1年以内に本出願に移行できる制度である。この制度のメリットは、比較的簡便な手続きで行える仮出願の日付(仮出願日)で早い出願日を確保できること等と言われている。日本には存在しない。
4.「パテントトロール」については、定まった定義は存在しないが、自らは保有する特許権を用いた財・サービスの生産は行わず、自らが保有している特許権を侵害している疑いのある者を見つけだし、それらに対し、巨額の賠償金やライセンス料を請求し、得ようとする企業・ファンド等を言うことが多い。パテントテロリスト等の用語も用いられる。
(参考)アジア知財学術会議への参加者・組織
日中韓の知財関係学術機関等:6機関
○ 日本知財学会
○ Intellectual Property Association of Korea(韓国産業財産権法学会)
○ China Intellectual Property Society(中国知識産権研究会)
○ 日本学術会議(科学者委員会知的財産検討分科会)
○ 大学技術移転協議会(UNITT)
○ 全国イノベーション推進機関ネットワーク
大学:10機関
○ 東京大学
○ 京都大学
○ 東京工業大学
○ 東京理科大学
○ 早稲田大学
○ 政策研究大学院大学
○ 三重大学
○ 立命館大学
○ 大阪大学
○ 九州大学