エネルギー政策の潮流①
こちらは「自動車技術」Vol67 No11(2013年11月)に掲載された同名記事を加筆・修正したものです。
3ページに分けて掲載します。
エネルギー政策の潮流① (1. 概観 2. 「シェール革命」)
エネルギー政策の潮流② (3. ゲームチャンジャー 4. 3つのE 5. 省エネ)
エネルギー政策の潮流③ (6. グローバルなエネルギーガバナンス 7. エネルギー技術の役割 8. 将来への課題)
2014/2/7
AFP=時事
photo : Ryoma.K
2013年の夏は例年にない「異常な」猛暑が続いた。熱中症のリスクが連日叫ばれ、新聞報道によれば、実際多くの方々が病院に搬送されたようだ。これが5年前であれば、おそらく地球温暖化など地球の気候環境の変化が及ぼす危険性やCO2をはじめとする地球温暖化ガス排出抑制とこれに向けた国際交渉に対する日本の貢献の必要性が新聞紙上をにぎわせていたのではないだろうか。
以前に比べ、エネルギーやエネルギー政策に対する関心が沈静化してきたように思われるのは私だけだろうか。2013年6月はじめに来日したフランスのオランド大統領に同行した同国企業関係者と話す機会があったが、彼らの最大の関心事の一つが今後の日本のエネルギー政策であった。分野は原子力、再生可能エネルギーなど立場や関心等に応じて異なるものの、日本のエネルギー動向や政策に対して依然として高い関心が寄せられていることを知ったことは新鮮な驚きでもあった。換言すれば、もともと世界のエネルギーにおいて日本はそれほど大きな存在であり、加えて2011年3月の福島第一原子力発電所事故は日本のみならず世界の政策立案等にも大きな影響を与えた出来事であったことを改めて思い起こした次第である。
あらためて言うまでもないが、エネルギーは本来国際的なものである。とりわけ日本のようにエネルギー自給率の低い国にとっては、このことはしっかりと認識されるべきことだ。また、3.11後の日本において、エネルギー問題があれほど大きな関心を呼んだように、エネルギーは経済・産業のみならず、生活、健康、外交等幅広い分野と密接に関連するものであり、その政策は幅広い観点から評価されなければならない。以下では、日本のエネルギーを巡る広範な課題全体に触れるというよりも、むしろ、国際エネルギー機関(IEA)の分析に依拠しつつ、最近の国際的議論を紹介しこれを出発点として3つのE(エネルギー安全保障、環境と経済性)の観点から最近の進展などいくつかの重要なポイントに触れつつベースとして話を進めることとしたい。
1. 概観
IEAの分析によれば、世界のエネルギー需給を見ると、再生可能エネルギーは増加するものの当面は化石燃料に依存せざるを得ない状況が継続する(資料1参照)。しかしこの化石燃料を中心とするグローバルなエネルギー需給は、大きな転換期を迎えている。
供給面では、北米を中心とした「シェール革命」が世界の石油・天然ガスのみならずエネルギー需給全体に大きな影響を与えている(資料2参照)。北米の天然ガスと石油の市場は、政府による規制等とも相まって欧州やアジア市場に比べ大きく軟化しており、このことが経済全体の活性化を支えている。この広範にわたる影響は後述するが一例をあげると、北米においては発電分野で石炭から天然ガスへの転換が進むなどエネルギー構造も急速に変化している。一方で、「アラブの春」以降アルジェリアにおける天然ガスプラントでのテロや最近のエジプトにおける混乱に象徴される中東北アフリカ地域(MENA)全体の不安定化やイラン経済制裁等石油・天然ガスの主要産出国・地域が不安定化することで、グローバルなエネルギー供給は不透明性を高めている。また、福島第一原子力発電所の事故は、日本のみならず世界の原子力を中心とするエネルギー政策と化石燃料や再生可能エネルギーの市場に大きな影響を与えている。発電の75%を原子力に依存するフランスにおいてもオランド大統領は原子力への依存度を下げることを公約としている。このように、世界のエネルギー供給構造は大きく変化しつつある。
需要面に目を転ずれば、世界経済の先行きに対する不透明感が依然払拭されない中、中国やインドをはじめとするアジアの新興国、ASEANや中東地域においてエネルギー需要が増加しており、今後も当分の間はこの傾向が継続するものと見込まれている(資料3参照)。このことが需要面における構造の大きな変化をもたらしている。これに伴って、二酸化炭素(CO2)等地球温暖化ガスの排出もこれらの国・地域からのものが急速に増加しており、今や中国は米国を超えて世界最大のCO2排出国でもある(資料4参照)。エネルギーの大輸入国となった中国は、エネルギー安全保障の観点から、政府主導で中東やアフリカ等においてエネルギー資源獲得のため活発な活動を行っている。
このようにグローバルなエネルギーの構図がめまぐるしくかつ抜本的に移り変わっている。その変化は深遠で、エネルギー、経済、外交政策のみならず個人の生活にも影響を及ぼしうるものである。世界のエネルギー地図が大きく変わろうとしているのである。
エネルギー需給の構造が大きく変化する中で、主要国政府のエネルギー政策における関心の重点も変化しつつある。最近の5年間程度を見ても、地球温暖化対策からエネルギー安全保障に、さらに最近は経済性・経済成長に政策の重点も移動しつつあるように見受けられる。以下に述べる天然ガスや電力価格の違いを引き合いに、世界のエネルギー価格の格差がそれぞれの国の産業競争力に与える影響といった観点から議論がなされる場合が多い。特に日本においては、2011年以降石油・天然ガスの輸入拡大に伴い貿易収支の赤字が継続するなど、エネルギーが経済成長に与える影響等が大きな関心となっているのである。
2. 「シェール革命」
このようなエネルギーの構図の変化をもたらした最大のものが「シェール革命」だ。米国では在来型の石油生産は年々減少する一方で、新しい技術を駆使した非在来型の石油生産が増えてきている(資料2参照)。2017年ごろには米国はサウジアラビアを抜いて世界最大の産油国となるといわれている。天然ガスも同様で、在来型の天然ガスの生産はずっと一貫して減少していた。しかし、非在来型の天然ガス生産が拡大し、2015年ごろには米国はロシアを抜いて世界最大の天然ガス生産国となる見込みである。すなわち非常に近い将来米国は石油と天然ガスの双方で世界最大の生産国になると予想されているのである。最近まで米国は相当量の石油を中東から輸入し、この石油輸入コスト負担が同国の国際収支を圧迫してきた。しかしながら、今後米国の石油輸入はゼロとは言わないまでも最低限の水準に引き下がると思われ、このことはエネルギー部門を超えた経済全体、さらには外交安全保障面等に、また、地域的にも米国を超えて幅広く影響を与えるであろう(資料5参照)。例えば、IEAは、従来中東の石油は西行き(欧米)と東行き(アジア)がそれぞれ半々であったが、米国への輸出減少等により、近い将来中東の石油の9割はアジアに向かうと予測している。すなわち、中東湾岸諸国から中国、インド、ASEAN等への輸出が急増する(資料6参照)。アジアはますます多くの石油を中東に依存し、その輸入コスト負担が増加することとなり、多くの資金がアジアから中東に流れ込むということになる。また、天然ガス市場について見ると、現在まで天然ガス貿易は限定的であったといえるが、「シェール革命」の結果新しい貿易ルートが開拓されていくことで(資料7参照)、米国、欧州とアジアの各市場の垣根を低くし、価格にも影響を与えるものと思われる。
エネルギー政策の潮流 記事一覧(芳川恒志 特任教授)
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