エネルギー政策の潮流②

東京大学公共政策大学院 政策ビジョン研究センター併任 特任教授
芳川恒志

こちらは「自動車技術」Vol67 No11(2013年11月)に掲載された同名記事を加筆・修正したものです。
3ページに分けて掲載します。
エネルギー政策の潮流① (1. 概観  2. 「シェール革命」)
エネルギー政策の潮流② (3. ゲームチャンジャー  4. 3つのE  5. 省エネ)
エネルギー政策の潮流③ (6. グローバルなエネルギーガバナンス  7. エネルギー技術の役割  8. 将来への課題)

2014/2/7

芳川恒志 特任教授 (photo: Ryoma. K)

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3. ゲームチェンジャー

中東とアジアとの化石燃料需給を巡る結びつきが強まる中、中東ではイラクに、アジアでは中国に注目する必要があろう(資料8参照)。何故ならば、供給の観点からイラクは石油・天然ガスともに膨大な資源をもっているだけでなく生産コストも非常に安いからである。例えば、イラクにおける石油生産コストは米国における非在来型石油生産一バーレル当たりコストの僅か15分の1で済むとの分析もある。このイラクの石油生産のしかるべき割合は、直接間接に中国企業が所有している油田からのものであり、中国は相当の権益をすでにイラクに持っているといわれている。このイラクの生産増と中国の需要増を背景としたバグダットと北京の関係は、今後ますます深まっていくだろうと考えられている。もっとも、これは需要サイドにおいて中国の経済成長が今後も続くのか、エネルギー需要が想定されるほど継続的に拡大していくのかということに大きくかかわっている。こういった前提を変えると世界のエネルギー需給は大きく変化してしまうという意味でまさに中国はゲームチェンジャーだ。

一方で、発電について見ると、今後中国はますます多くの発電設備を必要とする(資料9参照)。この新規建設需要は、現在の米国と日本に存在する発電設備容量を合計したものと同等レベルの規模になる。中国が決断することはすべての国に影響を及ぼすという時代になりつつあるのであり、誇張ではなく、「エネルギー政策の歴史は中国によって書かれる」(IEAビロール首席エコノミスト)という時代になっているのである。さらに、エネルギー政策、関連する環境政策、安全政策、さらには産業政策の重心が、これまでのOECD諸国から中国等に移りつつあり、その傾向は今後ますます顕著となることが予想される。

4. 3つのE

①エネルギー価格と産業競争力:経済性

先に述べたエネルギー需給構造の大きな変化にともない、エネルギー価格と産業競争力の問題がクローズアップされてきている。エネルギー政策の座標軸としての3つのEのうち経済性がより注目されているのである(資料10参照)。特に、「シェール革命」により米国の産業競争力が向上し経済が活性化してきていることから、ますます注目と関心を集めている。

まず、天然ガスについては、世界各地域の格差が大きすぎるという別の異常事態(米国においては安く、欧州の価格は米国の数倍で、アジアではさらに高価格)が生じている。これはとりわけ産業の競争力という視点から欧州とアジアにとって大きな問題であり、天然ガスのような重要物資について、ある地域では価格が高止まりし、別の地域では非常に安いという状況が続くということは適切ではなかろう。もっとも、北米のシェールガスの増産により天然ガス取引がよりグローバル化し、その結果世界の天然ガス価格に引き下げ圧力を与えることとなる可能性がある。世界で一つの価格というわけではないが、米国では新しい投資が新たな生産に向けられるためにもこの現在の価格レベルはもう少し上がらなければならず、一方で米国やカナダから天然ガス輸出がアジア等になされることで、アジア地域の天然ガス価格は現在よりは下がらないといけない。

次に電力価格を見てみると、世界各国間で大きな乖離があることがわかる(資料11参照)。米国と中国で安く、EUと日本で高く、この格差はそれぞれの国・地域の産業の競争力に影響を与えている。EUの電力は高コストの天然ガスが使われているため高くなっているのだが、加えて原子力発電が後退しており、同時に再生可能エネルギーに対する補助金も続いている。日本においてもこのまま高電力コストが続くと産業の競争力が失われるということにもなりかねない。一方で、シェール革命は米国や世界にとってエネルギーのみならず経済面でも大きな影響をもたらす。米国の貿易収支赤字の6割は石油・天然ガス輸入であったが、この負担が軽減され米国内の雇用も拡大する。天然ガスは安くエネルギーのみならず原料としても石油化学産業の競争力を増す。例えば、先般欧州の石油化学メーカーが米国に移転することを発表した。他産業においても、メキシコのマキラドーラからGE等が白物家電工場を米国に戻している例もある。このように米国製造業は安価なエネルギーを活用して復活を遂げようとしつつあり、国際競争力は強くなる方向にある。これに対して、欧州と日本は、競争力を失っていく可能性があり、競争力を引き上げるためにも省エネ等さらにエネルギーの効率化が必要である。

②エネルギー安全保障

3つのEのうち、エネルギー安全保障も大きな関心を呼んでいる。世界的に化石燃料の輸入が増加する中、石油・天然ガスの輸入数量は自国経済のみならず外交安全保障政策上も重大事だからである。昨年末中国共産党大会があったが、そしてエネルギー安全保障が3つの戦略課題の一つであった。中国はもともと天然資源の大生産国で、1990年代まで石油の純輸出国であったが、現在では天然ガスの15%、石油の50%を輸入に依存しこれが政府の大きな懸念材料になっているのである。多くの国において石油・天然ガスの輸入が増加する中、唯一米国は天然ガスの輸入国から輸出国になるなどエネルギー安全保障上の懸念が大幅に小さくなる。
米国の成功については2つの側面があることに留意すべきだ。第一には「シェール革命」の結果国内の石油・天然ガスを増産できたということであり、もう一つは国内の石油の消費を減らすことができたということである。燃費の面ではまだまだ米国は大きく立ち遅れているが、自動車やトラックの燃費基準を導入することで石油消費削減の道筋をつけたのである。

③地球温暖化:環境

3つのEの最後が環境のEであり、実質的に地球温暖化問題への対応を指す。先述のように、ほぼ5年前までは、エネルギー政策の3つのEのうち最も重視されていのはこの地球温暖化問題であったが、現在ではエネルギー安全保障さらには経済性により関心が移っているように思われる。これは国連における国際的議論が必ずしも順調に進まない現状を反映している面もあろう。

昨年は世界のCO2排出量も史上最高となった。その結果CO2排出という観点から見れば、現在は世界全体で世紀末に気温が6度上昇する軌道上にいると思われる。2035年までに世界で23%増え、37Gトンになると予測されている。この内訳をみると、大きな伸びは中国、インド、ASEAN、中東等からの排出であり、非OECDからの排出が2035年までには50%を超える。この結果、「450PPM目標」(世紀末の気温上昇が2度に抑えられる)達成は非常に困難な状況となっている。

IEAによれば、この「450PPM目標」を達成するためには、電力部門(42%)を中心にすべての最終需要の部門(産業、運輸、ビル等)で一層のCO2削減を進める必要がある。これを技術側から見ると、省エネが31%で最大、以下再生可能エネルギー28%、二酸化炭素回収貯蔵(CCS)22%と続く。CCSが未だ実証段階にあることを勘案すると、省エネと再生可能エネルギーが現実的な選択肢であるが、2001年から2011年の間世界における再生可能エネルギーに対する投資は年々伸びてはいるものの、2012年はこれが減少するなど再生可能エネルギーも現実には非常に厳しい状況にある。

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