プレスリリース
日本の分野横断型エネルギー・環境研究の改革の必要性に関する政策提言~東日本大震災から5年~

2016/2/29

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福島第一原子力発電所での燃料集合体の取り出しプロセス
IAEA Imagebank, on Flickr

1.発表者

杉山 昌広 (東京大学政策ビジョン研究センター 講師)
坂田 一郎 (東京大学大学院工学系研究科技術経営戦略学専攻 教授
 東京大学政策ビジョン研究センター センター長)
城山 英明 (東京大学大学院法学政治学研究科教授
 東京大学公共政策大学院 院長)
芳川 恒志 (東京大学公共政策大学院・政策ビジョン研究センター 特任教授)
谷口 武俊 (東京大学政策ビジョン研究センター 教授)

2.発表のポイント

◆東日本大震災から5年経つが、多くの分野で論争が絶えない。問題は科学的助言の在り方にとどまらない。政策の基礎となる学際的なエネルギー・環境研究自体に改革が必要である。

◆改革の鍵はグローバル化による多様な知見や評価の取り込みである。研究資金の審査や、政策に関連する分野横断型研究の論文発表を国際的に英文で行うことが必要である。

◆東日本大震災の真の教訓として、「課題先進国」である日本は世界と経験を共有しつつ、世界と学際的研究で連携しながら、政策を向上させていくことが期待される。

3.発表概要

日本の科学研究は伝統的な分野では強いが、分野横断型/学際研究(注1)には強みを持たない。日本がカバーする研究領域は、欧米と比較して狭く、また国際的なネットワークも弱い。原子力リスク評価や再生可能エネルギーのイノベーション政策など、現在の日本の政策立案において重要な分野には学際的領域が多いが、日本には十分で、かつ多様性のある知見の蓄積がなく、これは東日本大震災以降も状況は改善されていない。

東日本大震災以降、エネルギー・環境分野でさまざまな政策が打ち出されたが、その質を高める上での学術的な貢献は不十分である。この状況を改善するためには、政策に情報を提供する科学研究自体に変革が必要である。改革の鍵はグローバル化である。研究資金の審査や研究の論文発表を国際的に英文で行うことで、東日本大震災の教訓を世界に発信するとともに、世界から多様な知見を取り入れ、批判を受け入れていくことが日本のエネルギー・環境研究に必要なことであろう。

今回の論考自体も、国際学術誌のNature上で論じたが、社会科学領域でもNatureといった国際学術誌で国際的に議論を問うていくことは十分に可能であることを示している。東日本大震災から5年経つ今、「課題先進国」である日本で研究者に求められるのは、世界に自らの知見を共有し、世界中から先進的知見を取り込んで活用する開放性と積極性である。

4.発表内容

 2011年3月11日の東日本大震災および東京電力福島第一原子力発電所事故から5年が経過する。この5年間、エネルギー・環境分野ではさまざまな政策がとられたが、どの分野でも論争が絶えることがない。論点は、緊急避難、除染、再生可能エネルギー政策、原子力発電所の新規制基準と再稼働など、枚挙にいとまがない。論争が続く中、多くの識者が、科学と政策・政治や社会との関係性、科学的助言の在り方の問題を指摘してきた。

 エネルギー・環境政策は、他の政策分野と同様、民主的な政治過程で決定されるべきことは言うまでもなく、科学と社会の連携が本質的に重要であることに疑いの余地はない。しかしながら、日本には根源的な問題がある。それは日本のエネルギー・環境研究における「学際性」の弱さであると、東京大学政策ビジョン研究センターの杉山講師らは指摘する。

エネルギー・環境分野は本質的に学際的であり、エネルギー技術、気候科学、生態学、経済学などを総動員する必要性がある。政策にとって有効な研究を行うためには、幅広い分野の第一線の知見を活用しなければならない。そうした知見は、日本のみで得られるとは限らない。

文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の書誌計量学的分析によれば、日本をドイツやイギリスなどの先進各国と比較すると、最近のノーベル賞連続受賞からも明らかなように、伝統的な分野で優れた研究が多い。一方で学際的な分野は弱く、新規分野における日本の専門性は十分とは言えない。最近の世界のトップ1%の論文から研究領域を抽出すると、全部で823分野があるが、イギリスが貢献している(トップ1%の論文に著者がいる)分野は504分野、ドイツは455分野に対し、日本は274分野に限られる。また、同時に国際的な共著論文も少なく、研究ネットワークも弱い。英国で2011-2013年に書かれた学術論文のうち57%が他の国の研究者との共著で、その数字はドイツでは54%であるが、日本は29%に過ぎない。

言い換えれば、日本に強みが無い専門的知見が多く、さらに海外に知見があっても日本の研究ネットワークがそれを有効に活用ができていない状況にある。エネルギー・環境分野の研究は根本的に学際分野であるため、日本の研究は不十分と言わざるをえない。

具体的な事例もある。原子力の確率的リスク評価には分野横断型研究が必要とされるが、日本では工学に閉じた研究が主であり、地震や津波などの理学的な側面や経済学も含めた研究はほとんど見られなかった。固定価格買取制度などの再生可能エネルギーの政策評価についても、環境経済学またはエネルギー・システム工学とイノベーション研究が有機的に合わさった研究は少ない。このため、市民やステークホルダー、政策担当者、政治家に提示される政策の選択肢自体が、十分に磨かれていないのが現状である。

この状況を打破するには、政策に関連する分野横断型エネルギー・環境研究のグローバル化を加速することが重要である。政策に関連する研究は日本語で論文が書かれることが多いが、世界の知見を日本に取り込み、日本の経験を海外に発信するためには、国際誌での発表が必要である。大学教員等へ研究資金を拠出する学術振興会科学研究費補助金、科学技術振興機構の政策関連研究、環境省研究総合推進費などは、こうした分野の研究の英文での発表を義務付けるべきである(ただし和文・英文両方での研究成果は研究者の負担増につながるので、適切な予算措置も重要である)。

また研究資金審査におけるピア・レビュー(注2)の国際化も重要である。研究資金の分配は専門家によって決定されるが、日本語の申請書で日本人による審査で決定されることが多い。学際研究の知見が十分でない現実を踏まえれば、エネルギー・環境分野の学際的研究については、研究資金の審査も英文で行い、国際化すべきである。

国が方向性を決めて行う戦略研究プロジェクトでも一層のグローバル化が必要である。例えば昨年より動き出した廃炉国際共同研究センターでは、すでに欧米との共同研究が打ち出されているが、今後原子力発電所が多く新設されると見込まれるアジア地域の研究機関との研究協力は不十分である。また、国際的な地球環境研究プログラムFuture Earth(注3)では分野横断型研究を前面に押し出している。日本のFuture Earthへの貢献においては、東日本大震災を受けてエネルギーを重要課題として掲げ、エネルギー需要が急増するアジアとの共同研究を進めた上で、英文の査読付き論文に出し、評価を受けつつ、研究成果を世界に還元していくべきである。

社会科学領域でもNatureといった国際学術誌で国際的に議論を問うていくことは十分に可能であり、むしろ東日本大震災の教訓を世界に共有するためにはこのような動きがたくさん増えることが望ましい。東日本大震災から5年経つ今、「課題先進国」である日本で研究者に求められるのは、世界に自らの知見を共有し、世界中から先進的知見を活用する開放性と、批判を受けて改善していく積極性である。

5.発表雑誌

雑誌名:Nature(2016年3月3日号、Vol. 531, Issue 7592)
論文タイトル:Five years on from Fukushima
著者:Masahiro Sugiyama*, Ichiro Sakata, Hideaki Shiroyama, Taketoshi Taniguchi, Hisashi Yoshikawa
DOI番号:10.1038/531029a
本文URL:http://www.nature.com/doifinder/10.1038/531029a

6.用語解説: 

(注1)分野横断型/学際研究:一つの学問分野の知見では不十分で、複数の分野の知見を組み合わせて問題を解決する研究。例えば経済学、エネルギー工学、気候科学の知見を統合して、地球温暖化対策を評価する研究などがある。エネルギー・環境研究は自然科学、社会科学、人文学の全ての知見を要することが多く、分野横断型研究の様相を呈することが一般的である。

(注2)研究資金審査におけるピア・レビュー:ピアは「同僚」の意味で、ここでは同分野の専門家を意味する。研究資金計画は非常に専門的であり、専門家同士がお互いに審査しあうのが一般的である。欧州連合などではピア・レビューが国際化しつつあるが、日本の多くの研究資金申請書は日本語で書かれており、国際化の進展は不十分である。

(注3)Future Earth:国際的な総合的地球環境研究プログラム。国際科学会議(International Council for Science, ICSU)と国際社会科学協議会(International Social Science Council)が中心となった国際枠組み。環境問題の解決のために、ステークホルダーと対話をし、協働しながら分野横断的研究を推進することを目指している。


追記

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