着想のヒントは北斎の浮世絵から―セシウム吸着スポンジ―
この記事は、(一財)日本原子力文化財団 「原子力文化 2017年1月号」の「追跡原子力」コーナーに掲載された原稿に一部編集を加え転載したものです。
2017/1/27
葛飾北斎の時代、異国ベルリンから伝わり、奇跡の色「花紺青」と呼ばれた顔料プルシアンブルー。今回、東京大学が北斎が浮世絵に用いたこの顔料を使って、セシウムイオンだけを選択して吸着するスポンジを開発しました。福島第一原子力発電所周辺地域の除染への効果が期待されていますが、どのようなスポンジで、どのような効果があるのでしょうか。開発に携われた東京大学政策ビジョン研究センター長の坂田一郎さんにお話を伺いました。(原子力文化編集部)
――除染に有効なセシウムイオンだけを吸着するスポンジを開発されたと伺いました。どのようなスポンジなのですか。
今回開発したのは、「プルシアンブルー」という顔料に、紙と同じ性質を持つ「セルロースナノファイバー」という物質を複合させてつくったスポンジです。
プルシアンブルーは、1700年代初めにドイツのベルリンでつくられた人工の顔料です。日本に入ってきたのは1800年代で、葛飾北斎の「富嶽三十六景」に使われたことでも有名です。
このプルシアンブルーは、セシウムイオンだけを選択して吸着する性質を持っていることは世界的に有名です。ただ、水に溶け出す性質を持っているため、除染に応用できないという課題がありました。
例えば、セシウムイオンを吸着してもその後水に溶け出してしまえば、回収することが不可能で、除染効果がなくなってしまいます。そこで、プルシアンブルーが水に溶け出すことのない素材を開発したのです。
――どのようにして、水に溶け出さないようにしたのですか。
葛飾北斎の浮世絵に着想のヒントをもらいました。
北斎の浮世絵は日本の紙にプルシアンブルーを使用して描かれていますが、現代まで綺麗に青の色が残っていて、雨に濡れても落ちていません。そのことから、もしかすると紙とプルシアンブルーの組み合わせが良いのではないか、と考えたのです。
プルシアンブルーと組み合わせた、セルロースナノファイバーは、材料は紙と一緒です。
プルシアンブルーの活用については、従来からいろいろなことが試されていましたが、水に溶け出す性質を、完全に克服することはできませんでした。
セルロースナノファイバーとの組み合わせで、その性質を克服できたことが、今回の開発の最大の成果でした。
――なぜ、スポンジの形状にされたのですか。
除染を行なうにあたって重要なことは、広く薄く散らばってしまったセシウムをいかに狭い範囲に集め直すかです。
スポンジにすれば、大きさや形などを加工しやすく、さまざまな除染現場で使え、回収しやすいという特長があります。
――スポンジの性能はどれぐらいですか。
スポンジの性能は水と土壌で実験済みです。純水と海水で実験を行ないましたが、1日~2日スポンジを入れておくと、99%以上のセシウムを吸着し、放射線量を検出限界値以下ぐらいまで下げることが可能です。
土壌については、福島県浪江町の畑の土にスポンジを混ぜ、4週間置くという実験を行ないました。事故から5年が経過し、セシウムが土壌に固着しているため、水を時々かけて、土からセシウムを溶出させ、スポンジに吸着されるようにしました。
さらにスポンジに植物を植えて、根の吸水作用を使ってスポンジにセシウムが含まれた水を引き上げるという工夫もしたところ、4週間で放射線量は最大半分まで下がりました。この実験により、土壌も時間をかければ、除染が可能なことがわかりました。
また、一度土壌の中から吸着したセシウムを水に溶出させて、スポンジで吸着して効率的にセシウムを除染することも考えています。
――セシウムを吸着した後のスポンジはどう処理されるのでしょうか。
スポンジは家庭用スポンジと同じ素材です。スポンジのほとんどは空気なので圧縮すれば、100分の1ぐらいの体積に減容化することができます。
減容化して埋めるか、フィルター付きの焼却炉で焼くこともできるでしょう。灰になればさらに体積は小さくなるので、より場所をとらずに廃棄物をコンパクトに管理することができます。
――研究から実用化に向けた課題はありますか。
課題として大量生産やコスト、現場への適用があると思います。今回開発したスポンジは、大量生産することも、現場に合わせて大きさを調整することも可能です。また、プルシアンブルー、セルロースナノファイバー、スポンジすべての原材料が安価で入手しやすくコストがかかりません。
今後大量生産すれば、家庭用台所スポンジと変わらないぐらいの値段で提供できるようになります。
――一般家庭でも購入して除染に使用できるようになるのでしょうか。
ご家庭でも使えるかどうかは、スポンジの中にどれぐらいプルシアンブルーを配合するかにもよります。私たちは、プルシアンブルーの割合が重量で3~10%ぐらいまでのスポンジをつくっています。使用後のスポンジはセシウムを吸着して放射線量が高くなるので、三%ぐらいのスポンジであれば、幅広い地域で(又は、用途で)使えるかもしれません。
専門家の方や放射線量の高いところで使うスポンジは、プルシアンブルーの配合割合を高める、また、スポンジの交換時期をどう設定するかなど、性能をいかに調整するかが今後の課題ですね。
――今後の計画を教えてください。
今後1年ぐらいで次に計画しているのは、被災地で線量の高い地域の「ため池」の除染です。ため池が除染されなければ、農業の再開は難しいでしょう。また、土壌がそのまま使えるということも、農家の方にとって大事なことです。従来の除染では土のはぎ取りを行なってきましたが、スポンジは土に混ぜるだけで、土からセシウムだけを取り除くことができます。
報道を受けて、福島県内を含め全国からお問い合わせをいただいています。このスポンジを使用して、効率的な除染に貢献できればと思っています。
関連論文
- Scientific Reports(11月15日オンラインで発表)
"Cellulose nanofiber backboned Prussian blue nanoparticles as powerful adsorbents for the selective elimination of radioactive cesium"
著者:Adavan Kiliyankil Vipin, Bunshi Fugetsu, Ichiro Sakata, Akira Isogai, Morinobu Endo, Mingda Li, Mildred S. Dresselhaus
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