日本のリスク・ランドスケープ 第2回調査結果
エクゼクティブサマリー
2015/1/16
2014年10月29日、本報告書の未定稿版が公表されるとともに、同日、本報告書の内容を踏まえた公開シンポジウム「これからの日本のリスクを俯瞰する」が開催されました。公開シンポジウムにおけるラウンドテーブルの議論の概要は、開催報告に掲載しています。 本報告書は、同日の議論も踏まえ、「おわりに」の部分の一部書き直しなどをした上で、政策ビジョン研究センター・ワーキングペーパー第20号とするものです。
参考リンク
東京大学政策ビジョン研究センター ワーキングペーパーシリーズ
日本のリスク・ランドスケープ 第1回調査結果(要旨)
日本のリスク・ランドスケープ 第1回調査結果(全文) Pari WP 14 No.12
要旨
東京大学政策ビジョン研究センター 複合リスク・ガバナンスと公共政策研究ユニットは、2014年3月、日本のナショナルリスク・ランドスケープの第一回アンケート調査を行い、2014年7月、その結果を「日本のリスク・ランドスケープ第一回調査結果」(以下、「第一回報告書」という。)として公表した。本第二回アンケート調査は、第一回調査の経験と結果を踏まえ、リスク項目の統合や絞り込み、質問内容の修正などを行ったうえで、2014年8月8日から9月8日にかけて行ったものである。
リスクを俯瞰することは、森羅万象の自然や人間の営みを、先々の不確実性を含めて俯瞰することでもある。難題であり、平明な道はない。世界経済フォーラムのグローバルリスク報告書(以下、“GRR"という。)を含め、世界及び各国において、様々な視点から、様々な構成の下、グローバルリスクやナショナルリスクを選定し、俯瞰しようとする取組みが行われている。当ユニットが本調査に取り組んでいる背景の一つには、わが国において、GRRに相当するものが未だ見当たらないということがある。
本ナショナルリスク・ランドスケープ調査は、GRRの手法を参考にしながら、有識者に対するアンケートによるパーセプション調査に基づき、GRRのリスク項目を日本版のものに置き換えていくこととしている。ただ、グローバルリスクとナショナルリスクの評価手法は同一に論じられない。GRRの評価手法は今後10年間の発生可能性と影響度の二つの元の5段階評価(ミッドポイントを含む。)によっており、本調査も基本的にはこの手法を踏襲している。ただ、これを日本に置き換える場合、リスク項目の評価には、事象のA:発生可能性、B:影響可能性、C:影響度の三つの元があることに留意する必要がある。GRRの場合、A、B、Cとも対象地域がグローバルと同一であり、AとBは近接又は合一する。このため、発生可能性と影響度の二元で評価することは自然であり合理的となる。しかし、ナショナルリスクの場合、海外での事業の発生可能性とナショナルな影響可能性は必ずしも合一または近接しない。このため、日本版リスク・ランドスケープの調査にあたっては、「発生可能性」を、Bの今後10年間の「影響可能性」に置き換えることとしている。
本取組みは、経済、環境、地政学、社会、テクノロジーという広範な分野のグローバルな事象群から、ナショナルな視点に立って一定数のリスク項目を選定していこうとするものである。事象の根源や共通性に着眼していけば、一般化・抽象化に向かう傾向を有しがちなものとなる。一方、一般化にはなじまないより具体的な内容と外延を持つリスク項目も存在する。このため、リスク項目間のカバレッジの態様の差異が生じがちとなる。各リスク項目は、複雑に絡み合う事象群を立体的に切り取っていくものであることから、水平的に重なり合ったり、階層的に重なりあったりする。時間軸についても、足下を見るか遠くを見るかという論点がある。個別項目ごとに事情が異なる難題である。全体空間の俯瞰及びバランスという要請と個別空間にとっての最適解の要請との間の調和点を模索し続けていく必要がある。アンケート回答者からは、全体空間や個別空間それぞれについて、多数の有益なコメントが寄せられた。本報告書は、これらのコメントも意識し、できるだけその論点を織り込みながら作成している。振り返れば、グローバルリスク報告書も、常に全体空間と個別空間の調和点を探し続けてきたように思われる。
これらの尽きない課題を抱えつつも、今般、ナショナルリスク・ランドスケープの第二回アンケート調査の結果がまとまった。各リスク項目間の相互連関性を示すリスク相互連関マップについても、各分野を包括する言わば初版が作成された。今回対象とした67リスク項目の影響可能性、その影響度、日本要因と世界要因についての見方、第一回調査からの推移なども含め、その結果と内容分析について、ここに報告することとしたい。今後とも、アンケート調査結果や、寄せられる指摘や意見などの分析整理にも努め、時代を取り巻く環境や状況の変化を踏まえながら、調査の深化と進化を図っていくことが重要と思われる。
なお、第一回調査と第二回調査は一連のものであり、本第二回報告書と第一回報告書も一体のものである。できれば、第一回報告書もお読みいただきたい。本報告書においては、随所に第一回報告書が引用されている。
1 リスク項目の分布表
67項目の影響可能性と影響度を二元とする全体分布表は次のとおりである。
リスク分野ごとの分布表の例として、経済リスク分野と環境リスク分野を示せば次のとおりである。
2 リスク項目の評価
影響可能性と影響度の評点上位20は次のとおりである。太字のイタリック体項目は、影響可能性と影響度の双方で上位20に入ったものである。
影響可能性と影響度の積数は、観念的に今後10年間のリスク総量とみなしうる。上位20は次のとおりである。太字のイタリック体は、前回に引き続き上位20に入ったものである。
自然災害関連、サイバー関連、少子高齢化関連、地政学関連、原子力発電関連、財政関連、金融関連などの項目が上位を占める。
3 要因要素
日本要因が強いか世界要因が強いかを示す要因要素については、「日本の原因者可能性」の評点から3を引くことで得られる数値(これを「X値」という。)を求めることとした。X値がプラス(青)であれば日本要因が強く、マイナス(赤)であれば世界要因が強くなる。絶対値はその程度を表す。社会リスク分野と地政学リスク分野の例を示せば次のとおりである。
【社会リスク分野】
【地政学リスク分野】
社会リスク分野では、少子高齢化関連を中心として、日本要因が強い項目が多い。
これに対し、地政学リスク分野では、世界要因が強い項目が多い。その中で、日本が一方の当事者となるリスク項目は相対的に日本要因が強くなっている。「日米関係の不安定化」と「アジア諸国との関係の不安定化」はわずかながら日本要因が勝っている。一方、「近隣諸国との対立」は海外要因わずかながら勝っている。
4 相互連関マップ
各分野を統合した 相互連関マップは次のとおりである。
全体表の中から、中心となる項目を設定し、中心項目と相互連関する項目を識別していく個別相互連関マップも作成した。例えば「慢性的財政危機」を中心とした個別相互連関マップは次のとおりである。
グローバル化、高度情報通信社会化、少子高齢化などの情勢の下、各リスクが複合的に相互連関し合っている様子がみてとれる。また、どのようなクラスターが形成されているかを分析していけば、各リスク項目の分野分類のあり方の見直しなどにも活用しうる。
5 中枢リスク
中枢リスクには、「慢性的財政危機」(経済リスク分野)、「大地震の発生」(環境リスク分野)、「グローバルガバナンスの機能不全」(地政学リスク分野)、「少子高齢化問題への取組みの失敗」(社会リスク)、「重要なシステム障害」と「技術開発力の低下」(テクノロジーリスク分野)が選定された。
特徴的なことは、中枢リスクと、影響可能性や影響度の評点と必ずしも連動していないことである。各リスク項目は、水平的に重なり合ったり、階層的に重なり合ったり、因果関係にあったりする。中枢リスクに選定された項目は、階層構造の上位の包括的な項目や因果律の起点となる項目である。
もう一点特徴的なことは、一般的に、影響可能性や影響度ではGRR項目の評点が低くなる傾向があるのに対し、中枢リスクに選定された項目は、GRR項目(またはGRR項目と日本版追加項目の合体項目)が多いことである(「慢性的財政危機」、「グローバルガバナンスの機能不全」、「重要なシステム障害」、「少子高齢化問題への取組みの失敗」など)。ナショナルリスクには日本の実情に応じた固有の項目が選定される傾向が強い一方で、リスクの根源を辿っていけば、中枢リスクにおいて、グローバルリスクとナショナルリスクは共通するものに収斂していくという傾向がみてとれる。
6 レジリエンス
レジリエンス調査の評点結果は、次の分布状況となった。
7 影響可能性と影響度の積数による67項目整理
調査対象とした67項目から、日本版ナショナルリスク項目を選定する指標は、今後10年間のリスク総量を表すとみなしうる影響可能性と影響度の積数によることとした。積数により、全体の調査の状況を整理すれば次のようになる。(なお、図表中、群は、X値の大小に応じて日本要因が強い順にⅠ群からⅥ群に分類したものである。)
8 日本版ナショナルリスク50項目
影響可能性と影響度の積数による整理にしたがって、第二回調査における日本版ナショナルリスクについて50項目を選定すれば次のとおりである。
分布表は次のとおりである。
9 今後の方向性
(1) 各種の論点
本調査はまだ緒についたばかりであり、今後さらに内容の改善を図っていく必要がある。その際、次の諸点に留意していく必要がある。
- ① リスク項目の基準にどこまで統一性を求めるかという論点がある。リスクの定義とリスク項目の評価の手法とも関連する。基準や評価を厳格に定めれば定めるほど、逆に定められた基準や評価になじまないものが調査のスコープから消えていく。例えば、GRRのリスクの定義の中に「将来の発生が不確実なもの」がある。これを厳格に適用すれば、本調査で取り上げたリスク項目の相当部分がスコープから消える。リスク項目には既に生じている事象や脆弱性を取り上げているものが多く、GRR自身もリスク項目にリスクとトレンドが混在していることに自ら言及している。リスク項目を日本を取り巻く脅威と位置付けるならば、トレンドも含めて、森羅万象にわたる事象を幅広く俯瞰していく必要がある。統一性と総覧性の調和点を探っていくことが必要になる。
- ② リスクの粒度についてもどこまで統一するかという論点がある。今後10年間というタームと例えば50程度の数のリスク項目による全体の俯瞰という要素からは、リスク項目が次第に一般化・抽象化する傾向を有しがちなものとなる。一方、一般化には馴染まないリスク項目も存在する。俯瞰という要請から始まる作業であっても、各分野のリスク項目や相互連関の掘り下げが必要であることに変わりはなく、その上で粒度を考えるべきだということにもなる。ただ、森羅万象のリスク項目をそのレベルまで探求することは至難の業でもある。有識者のパーセプション調査という調査手法の中で、どこまで文字どおり掘り下げることができるかという課題がある。
- ③ リスクの重なり合いの論点もある。重なり合いの多くは、立体的に時間軸も伴って複雑に集合を構成する事象群から、様々な視点に立ったリスク項目をそれぞれ切り取っていくことに由来する。重なりには、水平的な重なり合いと階層的重なり合いのほか、因果関係に立つものなどがある。切り分けのための切り分けは、逆に出発点にあった視点を歪めることにもなりかねない。ここでも調和点を求めていく必要がある。
- ④ リスク項目をとらえる視点として、事象の発現に着眼するか、事象により生じる結果に着眼するか、それとも事象の発現と結果に対する対応能力の堅牢性または脆弱性に着眼するかという論点もある。ナショナルリスク・ランドスケープを作成し俯瞰することは何を目的とするかにも大きく依存する。得られた結果を、リスク発現の防止、被害の緩和、被害後の機能の回復のためとすれば、ある程度の視点は統一される。その場合、国や社会の対応能力は、対象リスク項目そのものではなくなることになるが、現実はそこまで徹底していない(例:「グローバルガバナンスの機能不全」、「紛争の多発と外交による解決の失敗」)。社会の対応能力をリスク項目の重要部分に据えるべきだという考え方もありうる。個々の事例や事柄の重要性、他リスク項目でのカバー領域などを総合勘案していかなければならない課題である。
- ⑤ このような多くの論点があることを踏まえたうえで、今後とも具体的な調査対象リスク項目の設定を行っていく必要がある。第二回調査において、回答者から、多くのコメントと新規項目の提案があった。今後の調査の重要な参考となるものである。
(2) これまで述べてきた様々な論点を抱えつつも、今般、日本版ナショナルリスク50項目の選定と、相互連関マップの作成を行った。日本要因と世界要因の分析や、中枢リスクの選定からも、様々な興味深い結果が得られた。これらの結果と経験を踏まえれば、今後の考え方や方向性として次のようなものがあげられる。
- ① 50項目は、あくまでも第二回調査の結果として区切りのいい項目数を選定したものであり、数の面でも内容の面でも固定されるものではない。また、50項目に含まれるか否かにかかわらず、調査対象となった67項目全てが重要なリスク項目であることに変わりはない。今後は、選定されたリスク項目を調査対象の中核とする一方で、必要に応じてリスク項目の内容調整や項目統合などを行うとともに、新規の調査対象項目も加えた例えば50プラスαでアンケートを行っていくことが考えられる。その中からまた新たなナショナルリスクを選定していくといったプロセスを積み重ね、社会の変化に対応したものとしていく必要がある。
- ② リスク分野の分類についても固定する必要はない。第二回調査で作成された相互連関マップは、今後の分類のありかたを検討するうえで有用な参考資料となりうる。
- ③ 相互連関マップは第二回調査でようやく実質初版が作成された。手法やアンケート回答者への趣旨の説明など、今後改善を重ねていく必要がある。
- ④ これらの課題への取組みを積み重ねることにより、その先に、ランドスケープを超えるものが見出されてくるものと思われる。