「2020年IoT、BD、AI時代にむけた知財戦略」提言とそのフォローアップについて
2017/10/31
1.経緯
知的財産権とイノベーション研究ユニットは、企業の経営革新を支援する戦略タスクフォースリーダー養成プログラムにおけるタスクフォース支援の主要テーマとして、企業の保有する特許や技術ノウハウなどの知的財産や、最近のデータ駆動型イノベーション時代における新たな知的財産としてのデータの保護と利活用に関する研究を行ってきました(参考文献参照)。これらの成果をもとに、2016年4月に「2020年IoT、BD、AI時代にむけた知財戦略」と題する提言を行っていますi。この政策提言では
- 日本企業が保有するデータの質的・量的な評価を行い、さらに産業分野ごとにデータをどういう企業がどのように保有しているのかという全体像を明らかにすること
- これらのデータの利用に関する国際標準戦略を展開する体制整備を行うこと
- これらデータと標準に関する知財戦略に、IoT、BD、AIの特許等他の知財の戦略との整合をとって、IoT、BD、AIの総合知財戦略の構築を行うこと
- AI、IoT、BD時代の知財を活用したビジネスモデルの構築を行うこと
- 人工知能の判断などに関する知財紛争に備えた制度整備を行うこと などを提案しています。 その後この提言や関係する研究活動なども政府の政策に反映されたものが発表されております。以下でこれに該当する政府側の提言や、関連する施策の取り組み状況について述べたいと思います。
2.知的財産戦略計画
内閣知的財産戦略本部が毎年まとめている知的財産戦略計画は、2017年5月に2017年度版を発表していますii。この計画策定においては新たな情報財検討委員会において2017年3月に発表された新たな情報財検討委員会の「データ・人工知能(AI)の利活用促進による産業競争力強化の基盤となる知財システムの構築に向けて」が大きく貢献しています。この委員会の活動はまさに、先の提言の「3.これらデータと標準に関する知財戦略に、IoT、BD、AIの特許等他の知財の戦略との整合をとってIoT、BD、AIの総合知財戦略の構築を行うこと」に相当するものと評価できる内容であったと思われます。知的財産戦略計画には結果的に、1.グローバル市場をリードする知財・標準化戦略の一体的推進、・総合的な知財マネジメントの推進(知財に加えデータ・標準等)、2.紛争に関してはADR制度(標準必須特許裁定)の創設、3.データ、人工知能の利活用促進による産業競争力強化に向けた知財制度を構築するためのデータ利用の契約ガイドラインの策定や不正競争防止法改正(データの不正取得等の禁止等)、さらに4.著作権法改正(柔軟性のある権利制限規定の整備)やAI学習済モデルの特許化の具体的要件や保護範囲の検討などが計画に盛り込まれています。
これらの提言によって、2016年の提言の中の2と3で掲げた方向性は十分に反映されたと思われます。
3.経産省等における調査
当ユニットの提言の1に掲げた「日本企業が保有するデータの質的・量的な評価を行い、さらに産業分野ごとにデータをどういう企業がどのように保有しているのかという全体像を明らかにすること」の課題については、経済産業省および経済産業研究所と本研究ユニットが協力して実施してきました。前者の経産省の調査では企業に対してデータ取引の現状や組織的対応状況を明らかにするための基礎的調査を行っておりますiii。
さらに経済産業研究所では、筆者がプロジェクトリーダーをつとめる「企業において発生するデータの管理と活用に関する実証研究」ivにおいて、定量的にデータ利活用の実態を評価する質問票調査を実施しており、現在回収した結果の集計を介しているところです。同時に欧米企業等に関してもヒアリング調査や、データ利活用契約のフレームワーク検討などを重ねてきており、これら結果を総合してデータ利活用の戦略や指針が明らかになるものと期待しています。
4.戦略タスクフォースリーダー養成プログラムにおけるビジネスモデルと戦略研究
2016年の提言においては「また企業においてこられの新たな知財戦略を実行できる人材育成は急務である」 と記載しましたが、当ユニットが実施している戦略タスクフォースリーダー養成プログラムvにおいて、データ利活用のマネジメントと戦略を学習する実践的なマネジャー向けプログラムの開発を行いました。特に試行的におこなった構造化データの機械学習の操作の習得とこれを用いたビジネスモデルの開発演習については、その有用性が極めて高く評価されました。この結果をもとに来年度は、データと人工知能利活用に関する経営戦略改革を専ら取り扱うコースの新設を計画しています。この過程で実施しているデータと人工知能を活用するビジネスモデルの研究によって、Society5.0の実現に寄与するための企業活動の具体的なあり方が明らかになることが期待されます。
5.国際的発信
データ利活用は国境を越えグローバルに行われて大きな価値が生まれます。その点当ユニットとして国際的発信は重要と考えており、欧米や中国の多くの識者との意見交換に加え、欧州における重要会議(第19回日本・スペイン・シンポジウムでは第四次産業革命をテーマとして取り上げ、データ利活用についてのパネル討論に筆者がモデレーターで参加)viや、中国におけるもっとも大きな知財の会議(2017 IPR Nanhu Forum: International Conference on “New Developing Idea and the Rule of Law Modernization of Intellectual Property Rights”においてデータ利活用に関する知財制度について招待講演を行う)viiなどの活動を通じて国際的な発信活動を行ってきました。
今後も国際的な成果普及を進めていく予定です。なお知的財産権とイノベーション研究ユニットは来年設置10年を迎えることから、11月6日に元米国特許庁長官を務め現在でも知財の世界のオピニオンリーダーであるデビッド・カッポス氏を迎えてシンポジウムviiiを開催しますが、これも国際的な連携強化の一環として位置づけられるものと考えています。
注
- 政策提言2020年IoT、BD、AI時代にむけた知財戦略
- 知的財産推進計画2017(首相官邸ウェブサイト)
- 「データ利活用促進に向けた企業における管理・契約等の実態調査」を実施しました!(経済産業省のウェブサイト)
- 企業において発生するデータの管理と活用に関する実証研究(独立行政法人経済産業研究所ウェブサイト)
- 戦略タスクフォースリーダー養成プログラムウェブサイト
- 第19回日本・スペイン・シンポジウムの開催(外務省ウェブサイト)
- http://www.iprcn.com/IL_Zxjs_Show.aspx?News_PI=5930(http://www.iprcn.com/IL_Zxjs_Show.aspx?News_PI=5930
- ユニット設置10年を迎える「知的財産権とイノベーション研究」:成果報告と今後の展開-特許と標準の知財戦略から人工知能とデータ利活用によるスマート化まで-
- 「新技術の管理。人間らしさのための第四次産業革命の課題」では、新技術に関連するリスク。データ所有権。プライバシー権。アルゴリズムの法的責任。改革と規制:法的安定性、技術発展、新技術の道徳的使用の擁護。傾向の比較:米国、EU、日本。産業界・立法府間協力。コンセンサスの存在。技術発展の中心かつ限界としての人間などが討論された(右から2番目が著者)
参考文献
- Hu, W.,Yoshioka-Kobayashi T., and Watanabe T.,2017 Impact of patent infringement litigation on the subsequent patenting behavior of plaintiffs from small and medium enterprises,International Review of Law and Economics,51,23-28.
- Fujiwara, A. and Watanabe T., 2017. Knowledge management using external knowledge. International Journal of Innovation MaInternational Journal of Innovation Management Vol. 21, No. 4 ,1750031-1 16.
- Shin Ito & Toshiya Watanabe ”Survey Analysis for Workplace Management of Universities' Research Managers and Administrators”, PICMET '17 Conference “Technology Management for Interconnected World” Portland Marriott Downtown Waterfront Portland, Oregon, USA, July 12(2017)
- Hu, W. and Watanabe, T., Nov.18 2016. Patent infringement awards in Japan: an effective legal remedy for patent holders? Asia Pacific Innovation Conference, Kyushu University.
- Yoshioka-Kobayashi, T and Watanabe, T., Nov.17 2016. Technology Absorption through Research Consortia and the Myth of Horizontal Cooperation in National Research Project, Asia Pacific Innovation Conference, Kyushu University.
- Yuri Hirai & Toshiya Watanabe “Empirical Study Regarding the Leakage of Technological Know-How in Japanese Firms”PICMET '16 Conference,”Technology Management for Social Innovation”September 4 – 8( 2016)
- Tohru Yoshioka-Kobayashi & Toshiya Watanabe ”Linking Product Design and Technology: an Empirical Study on Performance and Experience in Novel Product Development Teams” PICMET '15 Conference,”Management of the Technology Age” Portland, OR,USA, August 04(2015)
- Shigemi Yoneyama,Toshiya Watanabe,Maho Furuya, et.al. ”Reforming The Intellectual Property System to Promote Foreign Direct Investment in ASEAN”,ERIA,Research Project Report 2013-16,November (2015)
- Hiroshi Oyamada & Toshiya Watanabe” Inventive Productivity in Japanese Materials Sector” PICMET '14 Conference,Kanazawa, Japan,July 27 – 31(2014)