知的財産戦略研究会 2010年度 報告書(抜粋編)②
11/03/06
※1 正式名称:新興国におけるイノベーション・技術標準と知的財産戦略研究会
2. 最近の中国のイノベーション政策と実態
- 新興国におけるイノベーション政策・技術標準政策・知的財産戦略の展開はめまぐるしいものがあるが、中でも中国の動向は際立っており、わが国への影響が少なくない。
- 中国のイノベーション政策やその実態のうち、日本の産業界・行政が注視すべき主な動向は以下のとおりである。世界は現在熾烈なイノベーション競争のさなかにある。企業や非営利組織をも含むあらゆる組織がイノベーションを競っているともいえる中で、リーマンショック以降は、国家が主導するイノベーション競争という側面も強まっている。このような国家レベルのイノベーション競争の主体としては、欧米各国はもとより新興国がその主役の一角を占め始めたといえるだろう。
(1) 中国におけるイノベーション政策
- 中国ではイノベーションを「自主創新」と呼び、これを促す政策を次々と打ち出している。
- 第11次5カ年計画、国家中長期科学技術発展計画綱要では自主創新が大目標とされている。2008年には、創新型国家を目指す為の国家値財戦略綱要の公表、企業結合の事前申告義務を定めた独占禁止法の制定、税制優遇を認めるハイテク企業認定管理弁法制定(これにより、個人の知的財産取得が進んだ、等の影響が見られた)が行われている。また、同年(2009年)自主創新製品認定制度が始まった。2010年現在、自主創新認定商品を政府調達において優先的な調達対象とする制度案(政府調達法実施条例)が意見募集の対象となっている(なお、中国はWTO政府調達協定に未加盟である)。(下図参照)
(出典)遠藤誠「中国におけるイノベーション・技術標準と知的財産」(第1回研究会配布資料)4頁-5頁(2010年)
図 1 中国の自主創新制作に関連する最近の動向
- 「自主創新」は、新しいものを作るだけでなく、既存のものを組み合わせたものや、既存のもののコンセプトを変えることも含んだ概念として捉えられていることが特徴である。コピーに近いという批判もあるが、組み合わせや多少の改変がイノベーションにつながるという理解もできる。さらに、海外から技術を導入し、消化・吸収することが重視されている。かつては国から指導を受けた技術を改変してはいけないとのマインドがあったところ、これを変えることが目指されている。これは技術の改変をイノベーションと捉えて促進する流れの要因となった。
- イノベーション政策にも関連する中国の施策としては、国防政策の一環として、2009年には強制製品認証制度で13種のITセキュリティ製品に関して一定の情報開示が求められるようになっていることが懸念されている(実際にはソースコード開示が求められているのはスマートカードのCOS製品のみのようである)。このようなソースコードの開示も、反面中国にとってはイノベーション促進に貢献する可能性もある。
- また中国の国内市場保護のための基準認証制度(CCCマーク)についても、中国への技術流出の温床となっていると指摘されており、注視すべきである。現在中国の輸出は、この制度で厳しく管理されており、その品目も増加の一途である。このことと、中国への投資規制があることが背景に重なって、中国国内の合弁企業が増しているが、このことが技術流出の原因ともなっているとも考えられる。
- このような中国のルール作りの特徴としては、当初は過激な提案を行って国際社会の反応をみつつ、実際の運用を決めていくという特徴がみられ、標準のパテントポリシー、国防特許制度、独禁法などもこのようなプロセスを経ている。
- このことから中国の政策展開はリスクをはらみ、常に十分監視しておく必要があるといえるが、一面このような動きの中には、我が国として有効に活用できる施策と考えられる場合もありえる。ただし、中国の政策検討の状況については、その情報の入手が容易でないとの指摘もあるところである。
(2) 中国における知的財産政策、技術標準政策
- 中国政府はイノベーション促進施策の一環として、中国企業が自らが保有するかライセンスを有する知的財産権を活用することを促進する目的とみられる施策を強力に展開しており、このことが技術標準政策にも見て取れる。さらに国防的な観点での規制が存在していることは要注意である。例えば2009年に行われた第3次専利法改正では、技術を外国に輸出する場合に厳密な審査(機密審査)を受けることが求められたことには注意が必要である。
(出典)遠藤誠「中国におけるイノベーション・技術標準と知的財産」(第1回研究会配布資料)29頁(2010年)
図 2 中国における知的財産権問題
- 2009年に発表された「特許に係る国家標準管理規定暫定稿」は「標準中の特許を公開しない場合無料と看做す」(8条)、ライセンス条件は通常の実施許諾料を明らかに下回る額(9条)、ライセンス協議が合意しなかった場合、標準化しないか、強制実施許諾を与える(13条)などとなっており、衝撃を集めた。しかし、3月に現地で担当者(朱女史)に話を聞いたところ、パブコメに寄せられた多くの反対意見を受けてすべて改正される見込みである。ただし、暫定稿8条にあった「標準中の特許を公開しない」行為については、独占禁止法55条但し書きにいう知的財産権の濫用と評価される可能性があり、仮に管理規定から除かれたとしても、外国企業にとって留意すべき点として残る。
- 中国ではパテントプールの構築・管理を製品ごとの産業連盟で行っている。このため、業種の隙間に落ちるようなこともなく、パテントプールの形成が円滑に行われていることが推測される。
(3) 中国における知的財産と技術標準活動の実態
- 中国の特許出願件数は、出願段階で見ても審査請求段階で見ても、2009年にかけて急増している。実用新案も、2004年から2009年まで、2.8倍に増え、年間31万件程度に至っている。
- しかし、中国から日本、米国、欧州、韓国への外国特許出願数は現在はまだ極めて少ない。2007年では米国に6,879件であるが、欧州には1,632件、日本、韓国には1,000件にも満たない。中国から日本に出願された特許出願の明細書を読むと、一部には先端的な技術もあるが、多くはレベルが低く、華為技術、大唐集団等の一部の企業を除くと、中国企業が海外で技術によって戦うことができる段階にない。
- しかし一方、中国政府は中国国内での知財戦略の整備にのみ関心があるのではなく、将来国際的に戦える知財を保有し、競争力を高めることを意図している。その表れとして中国中央政府や地方政府は国際出願の費用を支援する制度を近年採用しており、今後海外への特許出願が増加する可能性が高い。
- 国内での知的財産権の行使は活発である。国内の特許侵害訴訟の新規受理件数を見ると、日本に比べると圧倒的に多く、しかも増加傾向にある。また、一般に訴訟大国として認識されている米国よりも訴訟件数は多い。
図 3 主要国特許庁への特許出願件数(WIPO統計より)
図 4 中国における特許出願における居住者/非居住者の割合
2000年〜2004年までの特許出願件数 |
2005年〜2009年までの特許出願件数 |
図 5 中国における主要な自動車企業の特許出願件数
(出典)中国国家知識産権局『中国知的財産権保護状況』各年に基づき東京大学政策ビジョン研究センター作成
図 6 中国における特許侵害訴訟新喜寿件数の推移
(出典)日本国最高裁判所、米国連邦最高裁判所Webサイト掲載の統計に基づき東京大学政策ビジョン研究センター作成
図 7 日本・米国の知的財産関係民事訴訟件数推移
- 加えて、国内での知的財産流通も活発であり、「科学技術統計年鑑」に表れている技術流通契約額は2008年に2,000億人民元を超えている。
(出典)渡部俊也・李聖浩「中国の技術流通市場 -専利ライセンス登録データの分析-」(第2回研究会資料)(2010年)
図 8 中国の技術流通市場の推移
- また特許ライセンスに限ってみても、2008年前後から爆発的な増加が観測されており、そのほとんどは中国企業同士の取引である。2009年からは中国の大学からのライセンスも急激に増加しており、中では米国のベンチャー企業が中国の大学から特許ライセンスを受けたケースも見受けられた。
図 9中国の登録特許(専利)ライセンス契約における専利件数の推移
- また、技術標準に関連する動向として、ITU-Tでは中国、韓国からの特許宣誓が急増していることが指摘されている。
(出典)吉松勇「世界の主要標準化団体におけるIPR関連課題の取り組み状況について (GSC-15参加報告)」(第2回研究会資料)6頁(2010年)
図 10 ITU-Tにおける特許宣誓書の宣誓人国籍別推移
- 技術標準の必須特許に関しても中国企業のシェアは増加してきており、図 はLTEについて必須特許保有宣言している主要特許権者のシェアであるが、31社中、日本企業が4社あわせて10%内外なのに対して、中国企業であるHuawei は1社で約10%を占めるなどそのプレセンスは急速に増大している。
図 11 LTEにおいて必須保有特許宣言を行っている企業の内訳
(2010年8月時点、シズベル社提供データをもとに作成)
(4) 力をつけつつある中国の研究開発力
- 日本企業を含む外国企業にとっての中国は、長らく安価な人件費を利用した製造拠点としての位置付けであったが、中国の経済力の成長に伴う国内富裕層の増加によって、現在では市場としての中国の位置づけが重要になっている。さらに最近では研究開発拠点として中国に期待するという変化も認められるようになってきている。
- 中国企業の研究開発力は一部の企業を除き欧米企業には劣っており、海外の設計能力や基幹部品を輸入するなどの技術導入を通じて、自らの研究開発能力の不足を補っている段階であるため、研究開発力の源泉は中国科学院と大学にあると考えられる。
- 中国政府はまた海外の優秀な技術人材の誘致を強化している。2009年から開始された千人計画では、研究者に手厚い支援を行うことで、外国の中華系人材にとどまらず日米欧の人材まで誘致している。
(出典)NEDO北京事務所「中国の海外優秀人材誘致政策に関する研究報告」(第1回研究会配布資料)2頁(2010年)
図 12 2009年の中国における主な海外人材誘致策
- 日本企業の中で多額の研究開発投資を行う企業においては、欧米での研究開発拠点を減らしている半面、中国での研究開発拠点設置は増加傾向にある。
(注1)調査対象は総務省「科学技術研究調査」において、社内で研究開発活動を実施していると回答した資本金10億円以上の民間企業。
(注2)2003年の欧州はEU15以外の欧州を含んでいる。
(出典)文部科学省『民間企業の研究活動に関する調査報告』に基づき東京大学政策ビジョン研究センター作成
図 13 日本企業の海外研究開発拠点進出先
- 日本企業の現地法人における研究開発投資額も2007年まで増加傾向。2008年になり1社あたりで見るとやや横ばい。
(注1)2006年の中国本土の製造業の研究開発費については中国本土の値が公表されていないため、香港を含む中国の額から推計した。
(注2)毎年3月末時点で海外に現地法人を有する我が国企業を対象に行ったアンケート結果の積み上げであり、実施対象企業数、回収率に違いがあることに留意が必要である。
(出典)経済産業省『海外事業活動基本調査』に基づき東京大学政策ビジョン研究センター作成
図 14 日本企業の現地法人による研究開発額の推移
- しかしこのような中国における研究開発拠点の整備は、従来より欧米企業のほうが盛んで中国における外資企業の研究開発センターの国別比率では日本の占める割合は10%以下にとどまっている(2004年、NEDO調べ)。
- 日本企業と比べると、欧米諸国は官民一体となって中国市場に入り込む取組みを行っている事例が目立つ点で特徴的である。ロシアの研究センターが中国企業と共同でサイエンスパークを設立した事例や、国際共同研究の枠組みを活用して機器の販売先開拓スキームを立ち上げた事例、ドイツが中国の国家標準案を起草した事例(以下に例示)、政府間共同実証プロジェクトの成果を中国の政策・基準に反映しドイツの市場拡大の基盤を構築した例が見られる。
(出典)NEDO北京事務所「中国と諸外国のイノベーション連携事例」(第1回研究会配布資料)5頁(2010年)
図 15 ドイツが中国国家標準案を起草した事例
index : 新興国におけるイノベーション・技術標準と知的財産戦略研究会
2010年度 報告書(抜粋編)
①まえがき
②最近の中国のイノベーション政策と実態
③中国のイノベーション・技術標準・知的財産戦略に対する日本の視点
④中国のイノベーション・知的財産・技術標準戦略に関する論点と課題