知的財産戦略研究会 2010年度 報告書(抜粋編)③
11/03/06
※1 正式名称:新興国におけるイノベーション・技術標準と知的財産戦略研究会
3. 中国のイノベーション・技術標準・知的財産戦略に対する日本の視点
以上述べてきた最新の中国のイノベーションに関する現状を踏まえ、日本にとって重要と思われるポイントが浮かび上がる。
(1) 中国の技術標準・知的財産戦略の本質的特徴
- 特許出願の増大、ライセンスの増大、知的財産権訴訟の増加など知的財産活動の顕著な活発化が見られる一方、国際的な特許出願は限定的である。このことを踏まえると、中国の国際的な研究開発力の向上と知的財産マネジメントの向上が、現段階では一体となって進展している状況とはいいがたい。知的財産活動の活性化は、現段階ではイノベーション力強化について中国企業の中国市場における競争力強化を主な視点として取り組んでいるイノベーション政策の誘導の寄与が大きいものと思われる(ポイント①)
- 技術標準政策については、極めて多数の国家標準策定が行われ、しかも中国市場の巨大さを背景に事実上の国際標準として成り立ちうる可能性を秘めている。その中で、中国は自国内部でのイノベーション促進のための技術標準政策を取っているのではないかと思われる。さらに「特許に係る国家標準管理規定暫定稿」に示されたように先進国企業の特許権を骨抜きにすることが出来かねない政策(強制標準の場合には特許権の実施料は無料にするとの方針案)が(そのような意図の有無に関わらず)検討されている。これも外国の技術を取り込み、自国のイノベーション力強化に結び付けようとする政策の一環と捉えると整合的である(ポイント②)
- 上記のように、知的財産政策と技術標準政策においてはイノベーション政策が主導的な立場にあると推測される一方で、中国の知的財産政策所管官庁と技術標準政策所管官庁の連携は出来ているといえず、また、民間の側ではそもそも知的財産政策に関わる業界団体が存在しないこともあり、中国における標準政策と知財政策は高度には統合されていないものと思われる(ポイント③)。その表れが、「特許に係る国家標準管理規定暫定稿」であったのではないか。
- イノベーション政策が国内産業保護の手段として用いられていることが指摘されているが、これに加えて、政府の後押しで日本企業を含む外国企業を買収する動き(「走出去」)につながるなど、外国企業は公平に中国市場に参入することが難しくなっている側面がある(ポイント④)。
- そのような状況にもかかわらず、欧米諸国や韓国は、政府と企業の連携による施策により上手に中国に参入をする取組みを進めているのではないか(ポイント⑤)
(2) 中国・各国企業の知的財産活動による新たな「チャイナ・リスク」が生じているとする認識
- 知的財産活動が活発化する中、日本企業等を相手に知的財産権侵害訴訟を行うことがステータスとして認識されているとの指摘もある。中国においては知財紛争が増加し、日本企業が訴えられるケースが増加するのではないか。とりわけ、実用新案、意匠制度がリスクとなることが懸念される(ポイント⑥)。
- 「自主創新」が外国技術の取り込みを意味していることから示唆されるように、必ずしも独自のアイデアであることを推進するイノベーション政策を取っておらず、中国企業の研究開発力が現状それほど高くないという状況において、競争力のない産業をも保護する傾向が強い地方においては模倣品に対するエンフォースメントはそれほど強力ではない面もある。なにより中国政府の方針が、広大な中国の各地域に浸透しにくい状況も認められる。以上の状況を考えると、このような模倣品の跋扈が今後も相当の長期間継続する可能性が高いと思われる(ポイント⑦)
(3) 中国の技術標準・知的財産戦略に対する戦略構築を行う際に前提として考えるべき「日本企業にとっての中国」に関する視点の変化(ポイント⑧)
- 以上述べてきた中国における特徴ある技術標準戦略、知的財産戦略を、日本がどのようにとらえ、どのような対処と働きかけを行っていったらよいのだろうか。大きな流れとしては現在中国の知的財産権制度が整備され、保護体制の強化が図られていることは、日本企業が大きな損失を被る模倣品や海賊版の問題が解消する方向であり歓迎すべき方向である。しかし前述したように中国の場合は、そのような整合的で均一な変化が起きにくいため、知的財産権保護強化の進展が、模倣品と海賊版の抑止に直接つながらない可能性もある。一方中国では既に日本や米国を上回る知的財産侵害訴訟件数をみても、紛争が起きやすい状態にあり、日本企業が紛争に巻き込まれる恐れも増しつつある。この2つの懸念に対して日本政府は、そして日本の企業はどのように対処し、働きかけを行っていったらよいのだろうか。さらにこの知的財産戦略は、中国の成長性のある市場を背景にした独特な技術標準政策とも整合しているとは言い難いことから、日本政府と日本企業が対処を考える上で不透明さにつながる。
- このような中国のイノベーション政策における不透明さや矛盾する傾向を前提として、我が国がどういう対処を行う必要があるのかを考える上で、まず近い将来日本の産業が中国をどのような関係をもつようになるのかという点を整理しておく必要がある。
- 従来日本の産業と中国とのかかわりは、安価な人件費に支えられた製造拠点としての中国という視点で評価されてきた。しかしこの視点は現在大きく変化しつつある。現在および今後の中国を評価する視点の変遷を踏まえて、今後の中国に対する対処と働きかけを考える必要がある。
①製造拠点としての中国
安価な人件費を活用する視点であるが、最近では賃金の上昇や通貨切り上げ、さらには労働者の権利意識の高まりなどから、その魅力は他の新興国に比べて減退しつつあると言われている。 アパレル産業やコンテンツ製作分野では既に中国で製造するメリットは殆どなくなりつつあるとする意見もある。一方中国企業自身も、より安価な人件費を求めてベトナムなどのアジア近隣諸国に進出する傾向も現れ始めている。
②市場としての中国
GDP世界2位となり、既に購買力のある中間層以上の人口が3億人程度存在すると言われる中国は世界市場の中で際立った注目を受けている。特にリーマンショック以降日本や欧米先進国の景気が低迷する中、08年11月に、2年間で 4兆元の景気刺激策を発表し、実際に積極的な財政出動を継続してきたことによって減速することなく経済成長を実現させたことで、その注目度は圧倒的に高まっている。
③研究開発拠点としての中国
中国の組織的研究開発水準の評価は議論があるところであるが、世界水準でもトップレベルの中国の研究開発・技術人材は、海外からの優秀な研究開発人材を招聘すると同時に、海外に渡航した自国人材の呼び戻しを進める所謂海亀政策などの貢献もあり、着実に増加している。このような背景もあり、先述したように研究開発拠点として中国を位置づける事業者も出現している。このように研究開発拠点としての中国に注目する傾向は今後も加速する可能性がある。
④グローバル市場(新興国ボリューム市場)における競争相手としての中国
中国のイノベーション政策は過去、中国企業の中国市場内での競争力向上に力点が置かれていたが、国際競争を意図した知的財産、技術標準戦略を実施しているHuawei Technologies のように、今後はグローバルに活躍する中国企業が増加することが予想される。日本企業は今後、これらグローバル市場に進出する中国企業と、中国国内ではなくグローバル市場において競争する局面が想定される。
- このようなそれぞれの視点に立った時、対中国の知的財産および技術標準に関する施策は異なってくる。
- 技術標準の面では、すなわち製造拠点としての中国を重視する姿勢からは、日本の製造標準の普及と漏えいへの対処や、国際規格への不完全な対応の蔓延に対する対処が重視されるだろうが、市場としての中国を重視する場合は、国家強制標準の動きと独自規格への対応と、むしろこの閉じた市場を日本企業の技術標準戦略上どのように活用できるのかという考え方が重要になる。また知財面ではいずれの視点でも模倣品対策は重視されるが、製造拠点としての視点からは、技術流出対策やOEM先からの不良品流出対策が、そして市場視点では、中国企業の知的財産権の侵害と訴訟のリスク軽減が重視される。このようにどのように中国をとらえるかによって、我が国の中国に対する知財・技術標準に関する対処と働きかけの内容が異なってくるだろう。
- このような内容を、製造拠点としての中国、市場としての中国、研究開発拠点としての中国、グローバル市場における競争相手としての中国のそれぞれについてまとめたのが表1である。
表 1 中国の技術標準・知的財産戦略に対する視点(仮説)と日本の対応
製造拠点としての中国 | 市場としての中国 | 研究開発拠点としての中国 | グローバル市場における競争相手としての中国 | |
---|---|---|---|---|
技術 標準 政策 | ○日本の製造標準の普及と漏えいへの対処 ○国際規格への不完全な対応の蔓延に対する対処 | ○国家強制標準の動きと独自規格への対応および閉じた市場の活用 ○標準戦略を通じたインフラ関連ビジネスへのアクセス | ○独自規格への中国特許の組み込み ○欧米の内容の不透明な規格の導入と改良利用に対する対処 | ○中国独自規格の普及への対処 ○信頼性の低い中国の認証制度による認証を受けた製品への対抗 |
知的 財産 戦略 | ○技術流出対策 ○模倣品対策 ○OEM先からの不良品流出対策 | ○模倣品対策 ○知財戦略を通じたインフラ関連ビジネスへのアクセス ○知的財産権の侵害者としての訴訟のリスク軽減 | ○活発な技術移転市場の活用、対応 ○中国研究開発拠点における中国イノベーション施策の活用 ○技術流出対策 ○現地発明のグローバルな活用 ○職務発明対価の取り扱い | ○模倣品対策 ○新興国での権利獲得 ○中国企業のロイヤリティ不払い等による価格競争における不利への対処 |
- 今後これらの4つの観点の重要性がどのように変化していくかによって、日本の中国に対する戦略が異なってくるだろう。この比率を定量的に見積もるのは困難であるが、図は予想される傾向を模式図として表したものである。製造拠点としての位置付けが相対的に縮小する一方、市場としての位置付けは今後10年間漸増傾向で、ここに研究開発拠点として、およびグローバル競争相手としての視点が入り込んでくるといった形になるのではないだろうか。
- このような予測をもとに、表1に示された今後の中国への対処の処方箋を考えていく必要がある。
図 16 今後予想される日本が中国をみる視点の変化の例(イメージ)
index : 新興国におけるイノベーション・技術標準と知的財産戦略研究会
2010年度 報告書(抜粋編)
①まえがき
②最近の中国のイノベーション政策と実態
③中国のイノベーション・技術標準・知的財産戦略に対する日本の視点
④中国のイノベーション・知的財産・技術標準戦略に関する論点と課題