開催報告
シビックテックからみたオープンな科学技術とデータのありかた

東京大学政策ビジョン研究センター准教授
佐々木一

2019/3/14

【日時】 2018年12月12日(水) 15:00-18:00
【会場】 東京大学本郷キャンパス 伊藤国際学術研究センター B1F ギャラリー1
【主催】 東京大学政策ビジョン研究センター
【共催】 東京大学地域未来社会連携研究機構、東京大学空間情報科学研究センター

開催概要

去る12月12日に「シビックテックからみたオープンな科学技術とデータのありかた」という研究セミナーが開催されました。冒頭では開催趣旨説明として、司会進行役である東京大学政策ビジョン研究センター佐々木一准教授より、当会議を開催するに至った課題意識の共有が行われました。講演資料

Society5.0で標榜されるような、"必要なものを必要なときに必要なだけ提供される"ような社会は、市民自らが作って初めて実現されます。市民が立場を超えて、自らの地域社会に(テクノロジーによって)貢献していく活動は世界中で急拡大しています。このような活動は、近年の科学技術のパラダイム・シフトや、社会における知識創造の価値といった背景を抜きに議論することは困難です。また、大学というドメインの立場でみれば、シビックテックのような分野を研究領域としてどのように考えて知識体系を整理していくべきか、今まさに考えるときにきています。東京大学がもつ11部局の知識を結集して地域課題に取り組む超学際的な研究機構として、東京大学地域未来社会連携研究機構が2018年に設立されました。大学が地域課題に対して積極的に取り組む姿勢をみせるなかで、このような超学際的な取り組みはどのような体系で人類知識に貢献するかといった点も同時に考えなければなりません。このような課題意識のもと、本日の登壇者の紹介を行い開催趣旨説明としました。

政策ビジョン研究センター准教授 佐々木一

オープンチームサイエンス〜シビックテックを取り入れた社会課題解決研究の方法論〜

最初の登壇は、総合地球環境学研究所研究基盤国際センター准教授近藤康久氏による「オープンチームサイエンス〜シビックテックを取り入れた社会課題解決研究の方法論〜」と題した講演です。講演資料

総合地球環境学研究所研究基盤国際センター准教授 近藤康久氏

現代の社会が抱える課題は、特定の分野の知識だけで解決できるものではなく、多様な専門知識を持って包括的に取り組む必要があります。近藤氏が取り組んでいるのは超学際的 (Transdiciplinary) なチームによるチームサイエンスに基づく課題解決プロジェクトです。超学際プロジェクトでは人文社会や自然科学の複数の専門家が集まって一つの課題に取り組みますが、専門家であっても、あるいは専門家だからこそ異なる分野の主体の間では対象に対する認識にずれが生じます。このずれはなぜ起きるのか、それを乗り越えるにはどうすればよいのかということを考えるにあたって、講演では情報や知識、権威や地位といった非対称性こそが起因であるという議論がなされました。このような非対称性自身を完全に無くすことは難しいですが、非対称性によるずれの影響を軽減することは努力次第で可能です。

異なる分野の専門家や異なる業界同士の間にあるのは、壁ではなくそれぞれの主体がもつLiving Spaceの重なりです。このLiving Spaceは相互排他ではなく、互いに重なりうるものです。オープンチームサイエンスがめざすのは、オープンサイエンスと超学際性の融合によって、可視化や対話を通じ、Living Spaceをマネジメントすること。近藤氏はこれを「へだたりをこえてつながる」と表現します。シビックテックは、この「へだたりをこえてつながる」ための総合的なアプローチです。問題の設定、解決のための方法論、実際の解決活動、成果の公表といった一連の研究プロセスにおいてシビックテックは全てカバーすることが可能です。

近藤氏から実際に、琵琶湖の水草異常繁茂への対処としてこの方法論を活用した事例を紹介いただきました。琵琶湖の水草問題も主体によってその捉え方は異なります。研究者にとっては環境問題、湖岸住民にとっては近隣の迷惑問題、漁業者にとっては生活の糧における問題などと、同じ課題に対しても認識や興味・理解が全く異なります。近藤氏はこの水草問題に対して、実際にオープンチームサイエンスに当てはめます。FAIRデータによって研究者やエンジニア、地域の人達が一緒になって認識を合わせことはまさにオープンサイエンスによる知識生産システムの開放です。これらの認識をもとにアイディアソンなどに基づいて自分たちで実現可能な仕組みを作ることは、「へだたりをこえる」ことにほかなりません。

近藤氏からは最後に欠如モデルに関する説明がなされました。欠如モデルとは、「課題解決に役立つはずの知識・技術を生産してもそれが社会に受け入れられず活用されないのは、社会に知識が不足しているからだ」という考え方です。このような考え方は、複数の異なる主体が集まって一つの課題を解決する際には注意しなければなりません。知識を生産するという活動は確かにそれだけで大きな意義を有します。しかし知識だけで課題を解決することはできません。欠如モデルのような考え方はむしろ、主体間により大きな隔たりを生みかねません。近藤氏は、シビックテックをはじめとした活動を行う際に自らが欠如モデルに陥っていないかどうか、一旦立ち止まって考えることを提案します。

「参加型データ社会」の到来とシビックテックによる地域課題解決に向けて

次に、東京大学空間情報科学研究センター特任講師の瀬戸寿一氏より 「参加型データ社会」の到来とシビックテックによる地域課題解決に向けてと題する講演が行われました。講演資料

東京大学空間情報科学研究センター特任講師 瀬戸寿一氏

シビックテックは依然として研究分野として黎明期にあり、論文数もまだ数少ない分野です。情報学や政策科学を中心に英語圏では近年急増しつつありますが、日本での事例をより一層世界に発信することが求められます。瀬戸氏はとくに参加型の地理空間情報を対象として、研究活動のみならず実際の社会課題解決の取り組みやアウトリーチに積極的な研究者です。地理空間情報といった分野は、情報学のなかでも特にボトムアップ的な情報の集積活動との親和性が高い分野と言えます。ここ10年のWebやオープンソースの台頭を背景に、ボランタリー地理情報といった分野がが隆盛してきております。代表的には、世界規模のWiki型のジオデータベースであるオープンストリートマップといった試みもあり、ボランタリー地理情報が社会的政治的な影響を及ぼしはじめています。瀬戸氏はこのような現象を「参加型データ社会」と位置づけられないかと提唱します。「オープンデータ」という言葉が市民権を得られて久しいですが、依然としてデータをオープン(開放)するだけで十分であると捉えられがちです。機械可読なフォーマットで提供すべきといった個別議論も重要ですが、活用されることを目的とし、制約なくデータが利活用されるような環境を整える活動の手段であることを忘れてはならないでしょう。オープンデータの中には商用利用としての利用を制限する、などといった実際にはオープンでない「閉じたオープンデータ」があります。これは「オープンウォッシング」と呼ばれ他国事例でも問題視されています。オープンデータも本質的には課題解決を行うための手段であるということを忘れてはなりません。データがあるから何かに使えるか考えるといったことに拘泥しすぎず、課題解決をするためにどういったデータが必要かそれらを収集蓄積するにはどうすべきかを考えることが重要です。

瀬戸氏はこれまで、ジオデータをまちの力に活かすための活動としてUrban Data Challengeを行ってきました。2013年からの活動を通じて各地に地域拠点を認定し、2018年には全国47都道府県を網羅しました。地域の課題解決にはアイディアソン、ハッカソン、エディタソン、マッピングパーティーといった多様な手法が用いられます。しかし重要な点は、課題が持つ本質性を形にするという手続きこそが大きな意味を持つという点です。2016年アクティビティ部門金賞を受賞した「のとノットアローン」は、奥能登地域における子育てにおける情報共有アプリです。子育て支援のための情報共有だけならどこの地域にでもある当たり前のアプリでは、と思うのはやや短絡的でしょう。確かにこのアプリを表面的にみれば「子育て支援」を出発として生まれたように映ります。奥能登に限りませんが、面積が広範な反面、人口の減少により過疎現象がすすむ地域では、住宅密集地域同士の距離も離れます。自分と同じ生活意識をもっているママ同士が交流すること自体が簡単ではなくなります。この地域が持っていた課題はいわゆる子育て支援ではなく「孤独の解消」でした。そのような地域で「ママの孤立をなくしたい」「子育て関連イベントに参加してもらおう」ということが出発点にあります。子育て関連情報を共有(オープン)しておこうという視点とは出発点の時点で課題への捉え方が異なります。結果としてアプリとして実装される機能や情報、デザインが大きく異なるものになるでしょう。このアプリを別の地域にもコピーしようと考えるのは簡単ですが、「子育て支援」としてとらえるのではなく「孤独の解消」という視点で自らの地域に照らし合わせるとまた異なる応用事例(Applications)が生まれるのではないでしょうか。そうだとすれば、短絡的な横展開に陥らず課題の本質を吐き出す手続きが重要であることがよくわかってきます。先の近藤氏の講演のなかでも、社会課題への捉え方は社会主体によって異なるという趣旨の議論がありました。1つの立体図形も視点によって形が異なって見えるように、社会課題・地域課題は一意ではありません。シビックテックのような実際に必要と感じた市民が自分の手で解決策を形にしていく活動を続けることによって、社会が抱える課題は紋切り型の言葉だけでは表せない多面性を有した複合的な現象であることがわかってきます。ボストン・シカゴ・NYCなど米国の数十自治体では膨大な行政情報と市民投稿データの両方をオープンデータ化し、まちの課題の透明化を推進する活動が積極的に行われています。

シビックテックの実践とオープンサイエンスの公共政策

最後に、文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術予測センター白川展之主任研究官より、「シビックテックの実践とオープンサイエンスの公共政策」というタイトルで登壇いただきました。講演資料

白川氏はCodefor Japanの設立理事でもあり、今回のご発表は、そちらのお立場としての発表であることを予めお断りいただいたうえでご発表がなされました。今回のご登壇に先立ちまして、主催者側から提示させていただきました「シビックテックとオープンサイエンスのつながりをどう考えるか」というお題に対して、白川氏は、「データ中心科学と公共性政策の双方におけるガバナンス調整、すなわちオープンサイエンスのデータ基盤により評価と課題解決が一体化するようなトレンドである」と説明します。

文部科学省科学技術・学術政策研究所科学技術予測センター主任研究官 Code for Japan 設立理事 白川展之氏

Code for Japanを含めた「Code for XX」の活動は、地域課題解決志向のコミュニティであり上下関係などのないいわばコミュニティ活動です。ICTを通じた地域課題解決であることからIT消防団などと例えることがありますが、非常に実体を表しているように思います。我々の仕事は、「稼ぎ」と「しごと」という2つの概念に分けて考えることができます。稼ぎはあくまで自らが生きていく手段であり、しごとというのはその自らが住まう社会でコミュニティが住みやすくするための活動です。Code for Japanの発端は、2011年の東日本大震災に端を発したTech for Japanという団体でした。"東日本大震災に対し、自分たちの開発スキルを役立てたい”という思いから、被災地でアイデアソン/ハッカソンをやって課題を発見し、ITで解決しようという趣旨のもと立ち上がった任意団体です。福島県浪江町では、町民の1/3が県外避難を余儀なくされました。情報が断絶されるなかで各世帯にタブレットを配布する事業によりオープン化を徹底、結果として億単位の予算削減にも繋がりました。シビックテックの活動は、公務員でなくても自分たちの地域をより良くすることができる、むしろ自分たちだからこそ自治体と一緒になって地域をより良くできるといった活動です。「ともに考え、ともにつくる」というCode for Japanの理念は、行政・自治体、市民、クリエイター、エンジニア、など立場を超えて一つの地域課題に対し取り組むモデルを端的に表しています。テクノロジーで公共を良くするという観点ではGov.Tech(ガブテック)というより広い概念があります。双方は明確に切り分けられるものではなく、白川氏いわく、シビックテックは広義には「セクターを超えた市民参加と情報技術の相乗効果により公益増進につなげようとする主体的な活動、または、こうした考えのもと公共サービスへのアクセス改善と社会課題解決に向けて政府や市民の間を連結させるための情報技術利用」でありGov.Techとは重なり会う関係であると主張します。また、シビックテックとオープンサイエンスとの具体的な事例としてアートとオープンデータで地域の魅力を発信する石川県能美市の取り組みについて紹介がありました。九谷焼資料館に所蔵している写真をCC BYによってオープンデータにすることで、紙皿に九谷の図柄をプリントアウトすることで、地域がもつ文化資源をより身近に捉えまた広めることに成功している事例です。

白川氏は最後に、社会変化の3つのトレンドとして行政需要、科学技術、市民自治の大きな変化を背景に挙げシビックテックの意義を説明します。少子高齢化をはじめとした課題先進国としての我が国において、行政需要や社会課題はロングテール化しています。このような多様化した課題に対応するには、旧来の自販機モデルでは限界があります。このようななかで、イノベーションの確率を極大化するための新たな仮説の探索手段として「シビックハック」の概念を提唱し、講演のまとめとされました。

3名の登壇者からシビックテックならびにオープンサイエンス・オープンデータといった科学の動向を関連付けた示唆に富む発表が行われました。その後のパネルディスカッションでも非常に多岐にわたるテーマで議論がおこなわれました。議論は、科学においてシビックテックは一分野として成り立つのか、どのような学際分野として取り扱っていくかといった視点にまでおよび、科学と市民の関係における新たな課題を投げかけるなど、意義深い議論が行われました。今回のイベントではSli.doを用いたリアルタイム質問受け付けおよび、UDトークを用いたリアルタイム字幕+日英翻訳といった試みを取り入れ、大学におけるイベントにおいても「誰一人取り残さない-No one will be left behind」を意識したイベントとしました。科学技術が専門家だけのものではなく市民にとってより身近になり、自ら課題解決を行う際の道具となる中で、大学はそのプラットフォームとなるにはどのような活動が有り得べきかを考えるよいきっかけとなりました。

Sli.do による質疑応答