開催報告 第5回 PARI-ERI ジョイント・ワークショップ
ミャンマー・エネルギーセミナー

チュラロンコン大学エネルギー研究所 客員研究員
山口 健介

2015/11/27

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基調講演を行うThoung Win大佐(Myanmar Engineering Society;National Energy Development Committee)

速報版開催報告・プレゼンデータ(英語)はこちら

【日時】 2015年9月24日(木)9:30-14:00
【場所】 チュラロンコン大学エネルギー研究所(ERI)、チュラロンコン大学 (タイ、バンコク)
【共催】 東京大学政策ビジョン研究センター(PARI)、チュラロンコン大学エネルギー研究所(ERI)
【後援】 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)

2015年末、いよいよASEAN経済共同体(ASEAN Economic Community, AEC)が設立される。ASEAN域内における、ヒト・モノ・カネのより自由なフローを通じて、域内経済の更なる発展が期待される。「タイ+1」はメコン地域における1つのドライバとして注目される。高騰を続ける労賃や厳しさを増す環境規制等、タイ国内の近年の事業環境変化を受け、隣国への事業展開は加速している。この際、ラオスやカンボジアに比べ、ミャンマー展開には少なくない障害が存し、期待されたほどは進んでいない。このボトルネックの1つが、エネルギー——とりわけ電力——の安定供給である。安定供給にむけ求められる「官民連携(Public Private Partnership, PPP)」や「(ミャンマー政府とタイや日本等との)国際連携」の在り方等について、現状でパズルは解けていない。

そこで、2015年9月24日、タイ・チュラロンコン大学エネルギー研究所(ERI)と政策ビジョン研究センター(PARI)は、「ミャンマー・エネルギーセミナー」を共催し(東アジア・アセアン経済研究センター、ERIA後援)、講師としてThoung Win大佐(Myanmar Engineering Society;National Energy Development Committee)を招聘した。ダワン所長(ERI)の挨拶の後、芳川特任教授(PARI)が開催の背景及び趣旨を説明した。続いて、Win大佐が電力開発に関し基調講演を行い、シンガポール国立大学(NUS)のSiaw Kiang Chou教授、ASEAN Center for Energy(ACE)のSanjayan Velauthamセンター長、ERIAのAnbumozhi Venkatachalam上席エコノミストら域内エネルギー専門家がコメントした。最後にタイ事業者を交え、産官学30名程度が活発に自由討論を行った。

基調講演:ミャンマー電力開発における機会と障害

基調講演では、1)エネルギー利用の現状、2)ガバナンス改革、3)電力開発計画、4)電力取引の方向性、5)独立系発電事業者(Independent Power Producer, IPP)について、包括的な説明がなされた。第1のエネルギー利用の現状であるが、一次エネルギーは70%以上をバイオマスに依存し、ガスと石油が10%程で続く(図1)。バイオマスへの依存は、全人口約5400万人のうち約3600万人が農村に住む同国の現状を反映していると考えられる1 。次に、二次エネルギーに関しては、水力が70%、天然ガスが20%程度となっている(図2)。尚、水力開発の大半は包蔵水力の大きいイラワジ(Irrawaddy)川及びサルウィン(Salween)川で行われている。

図1 一次エネルギー・ミックス 図2 二次エネルギー・ミックス

(出所:基調講演資料より作成)

第2のガバナンス改革は、2011年の民政移管以降、積極的に取り組まれてきた。ミャンマーでは、エネルギー省や電力省等、8から9もの関連省庁にエネルギー関連行政が分散している。縦割り行政の弊害で、プライオリティの高い課題——再生可能エネルギーも含むエネルギー資源の開発、低電化率に代表されるエネルギー・アクセスの改善、産業分野における省エネの推進等——でさえも、その解決が滞ってきた。そこで、関連省庁の大臣を委員としたNEMCが2013年1月に設立され、その活動を支えるための関連委員会も付設された。これらの委員会は、関連省庁に散らばる諸計画・政策を有機的に統合することを通じて、課題解決の実効性を高めることを目的としている。

第3の電力開発計画(Power Development Plan, PDP)について、これまでのPDPでは、2030年の電化率80%を前提として、2016年までは年率15%の需要の伸び、それ以後は年率13%の伸びが想定されている。こうした需要増に対応して、2016年まではガス発電を中心に、2017年以後は水力発電を中心とした開発が計画されている。ガス発電に関しては中国を中心としたIPPが期待される一方、水力発電に関しては2017年以降に電力省(Ministry of Electric Power, MoEP)主導からIPP主導に切り替える予定となっている。また、2020年までに石炭(約2,000MW)、風力(約1,200MW)の一定程度の増設計画があることも注目される。

第4の電力取引について、規模の経済が期待できる水力発電への期待が大きい。包蔵水力が豊かであるミャンマーにおいては、十分な開発を通じて将来的に余剰電力の中国・タイ・インドへの売却を通じた外貨獲得が期待されている(図3)。中国に輸出される電力は、イラワジ川およびサルウィン川のダム開発から得られる。2015年現在、イラワジ川支流のシュウェリ(Shweli)川におけるダム開発を通じ、既に中国への電力輸出は始まっている。また、タイへの電力輸出は、サルウィン川の開発を通じて行われる予定である。さらに、中国・タイと比較すると小規模ではあるが、インドへの電力輸出も印緬国境付近のカラダン(Kaladan)川の開発を通じて計画されていると言われる。

図3 輸出における電源開発地の概略
(出所:EU Myanmar Center を元に筆者作成。)

第5のIPPについては、中長期的にその投資機会は増加するものと考えられる2 。とはいえ、これまでのIPP慣行として、次の諸点に留意する必要があるだろう。1)外資とミャンマー資本の合弁の際、外資の最低比率は30%とする。2)10%ないし15%のFree Share(無償割当て)およびFree Power(無償電力)をMoEPに認める。3)MoEPとIPP側で結ばれる電力販売契約(Power Purchase Agreement, PPA)は1年ごとに更新される。他方、こうしたIPP投資を進めるに当たり、次のような障害がある。1)外資導入の法規制が不十分であり、長期的かつ省庁横断的な外資導入計画も不在。2)電力公社等の民営化問題と財務状況の改善。3)補助金の削減と電気料金の段階的引き上げ。

統合的エネルギー戦略:求められる国際連携

パネリストである域内のエネルギー専門家を中心として、以下のような議論が展開された。ミャンマーにおいて今後必要なのは長期的な視野に立った統合的なエネルギー戦略である。その中でも特に、エネルギー貧困(Energy Poverty)解決が優先事項の1つである事は言を俟たない3 。解決のため、小規模発電に関しては、マイクロファイナンスなども含めて、資金調達方法を確立する事が重要となる。また、基幹送電網延伸及び大規模発電においては、外資誘致戦略も必須となる。そのためには、各プロジェクトのバンカビリティ(融資適格性)を向上させる必要があり、このコンテクストでミャンマー政府がこれまで以上にコミットすることが要請される。

とはいえ、統合的なエネルギー戦略においては、経済成長だけでなくエネルギー・セキュリティ及び環境保全も含めた「3E(Energy, Economy, Environment)」の難しいバランスが求められることに注意したい。例えば、発電コストのみでなくエネルギー・セキュリティの観点からも、再生可能エネルギーなどを含めたエネルギー・ミックスの在り方が、一層模索される必要があろう。また、環境影響評価等を通じて各プロジェクトの社会・環境面の影響を厳しく管理することも重要となる。さらに、産業分野等の省エネを通じて、エネルギー生産性を向上させることもバランス向上に寄与する。よく知られる様に、3Eはトレードオフの関係性になりがちなため、バランスを取ることに多くの国が苦慮してきた。こうした経験から学べるミャンマーに、後発性の利益が存することを今一度確認したい。

タイとしても日本としても、自国の経験を伝えることを通じて、ミャンマーの統合的エネルギー戦略に貢献可能であろう。戦略の将来的な実効性を高めるため、当座、1)人材育成を通じた政策実施能力の向上、2)信用性のある関連統計情報の整備、3)関連法整備の支援を通じた参入資本のリスク低減、等が重要と思われる。ミャンマー側受入体制が整うにつれ、IPPも含め本格的な電源開発の現実味は増すだろう。このための中長期的なロードマップを、総選挙後に新政権はどのように描くだろうか。次回3月に予定されるワークショップでは、「新政権におけるエネルギー・電源開発の方向性」、「今後の外資参入機会の動向」、「人材育成、統計・法整備支援の在り方」等に着目して議論を深めてみたい。

関連リンク 開催報告 第1回 PARI-ERI ジョイント・ワークショップ 開催報告 第2回 PARI-ERI ジョイント・ワークショップ 開催報告 第3回 PARI-ERI ジョイント・ワークショップ 開催報告 第4回 PARI-ERI ジョイント・ワークショップ 国際エネルギー分析と政策研究ユニット Energy Research Institute (Chulalongkorn University)

脚注

  1. 7割のバイオマス利用といっても、バイオマス発電やバイオ燃料が大規模に普及しているわけではない。あくまで、全人口の約7割を占める農村部の人々の前近代的なエネルギー利用(主にカマドにおける糞・農業残渣・薪の利用)を反映した数字である。
  2. 短期的にはIPP投資は困難かもしれない。「オフテイカーの信用問題」、「ダム立地における民族融和」、「市民社会による環境・社会配慮の要請」等、解決困難な課題が多い。ERI-PARI共同WSでは、これらの課題を議論してきた。前回(第4回)WSの報告については、次のURLを参照。https://pari.ifi.u-tokyo.ac.jp/event/smp150224_rep.html
  3. ERIAからの委託を受け、PARIもEnergy Povertyに重点をおいて研究を続けている。例えば、次のURLを参照。https://pari.ifi.u-tokyo.ac.jp/unit/gepea_rep2013.html

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