ネットワーク理論でみた技術革新 ④
この記事は日本経済新聞「やさしい経済学」2010年7月7日〜19日に掲載されたものです。
坂田一郎 教授
研究の「見える化」
「学術俯瞰(ふかん)」は、情報技術を利用した各種の技法と専門家が持つ俯瞰能力や経験知とを組み合わせることで、技術革新のマネジメントに必要な知識ベースを提供するものである。 今回は、東京大学の梶川裕矢特任講師らが行ったサステナビリティー学に関する学術俯瞰の一部を紹介しよう。
地球のサステナビリティー(持続可能性)は、世界的な課題として認識されている。サステナビリティー学はこの課題を解決しようとするもので、膨大な知識量が蓄積されている。代表的な論文データベースを用いてサステナビリティーという用語を要旨などに含む論文を検索すると、4万本以上の論文が既に出版され、毎年6千本のペースで急増している。また、それらの掲載論文誌の種類も多い。こうしたことから、従来、その全体像や知識間の関係性について知ることは困難で、課題解決への応用も制限を受けてきた。
そこで、前回示した学術俯瞰の手法が力を発揮する。第1段階として、ネットワークを構築すると引用関係でつながった最大で約1万本の論文群が得られる。次にそれを対象にクラスタリング、つまり引用関係で密につながった部分集合の切り出しを行うと、15の主要な知識の集合体を特定できる。第3段階として、各集合体に多く含まれる特徴的な言葉、論文誌の名称、重要な論文の要旨などを参考に、専門家が個々の集合体がどんな特性を持った集まりであるか判定する。最後にこれら情報全体をマップとして「見える化」する。
その結果15の知識集合体は、含まれる論文数の順に、農業、漁業、環境経済、森林、熱帯雨林、ビジネス、ツーリズム、水、生物多様性、都市計画、農村、エネルギー、健康、土壌、野生生物の領域であることがわかった。サステナビリティー学の今の知識体系は、持続可能とすることを 目指す対象別に構成されているといえる。現行体系を基に教科書を書けば、対象別に章立てをすることになろう。
以上のことは、サステナビリティーの研究に多様な学問領域に属する研究者が参加していることを示す一方、対象間にトレードオフがあるような課題への対応には弱点があることを意味する。例えばトウモロコシなどからバイオ燃料を製造する場合、食糧生産への影響、森林破壊や大量の水の使用という環境負荷を考慮する必要があるが、知識体系においては、エネルギー、農村、森林、水という知識集合の間につながりの谷が存在している。この谷に橋を架けるのが今後の課題である。
ネットワーク理論でみた技術革新 連載一覧(坂田一郎教授)
①幅広い分野に応用 ②知識の爆発・細分化 ③「学術俯瞰」とは ④研究の「見える化」 ⑤技術ロードマップ ⑥研究協力の実像 ⑦学術と産業技術 ⑧ミッシングリンク