ネットワーク理論でみた技術革新 ⑤

この記事は日本経済新聞「やさしい経済学」2010年7月7日〜19日に掲載されたものです。

坂田一郎 教授

技術ロードマップ

 今回は、学術俯瞰(ふかん)の技術ロードマップへの応用について考えよう。L・ブランスコム米ハーバード大名誉教授は技術ロードマップを「科学的知見に基づいた技術の将来に対する合意」と定義している。技術革新は多数の企業や大学が分業し、政府の政策介入も影響を与える。変化の方向性やスピードといった技術の将来像に関し、技術革新への参加者に何らかの合意が形成できれば、参加者による集合投資が行われるようになり、革新のスピードが加速する。例えば世界の半導体メーカーの業界団体が策定した「国際半導体技術ロードマップ」は、目標と要求される技術的課題などの共有を通じ、「半導体の集積度は約2年ごとに倍増する」というムーアの法則の維持に貢献しているといわれる。

ロードマップづくりの場でよく利用されているのは、英ケンブリッジ大のR・ファール が提案したTプラン法だ。これは専門家によるワークショップを繰り返し合意を形成するものだ。だが知識が爆発・細分化し、専門家でも技術の全体像が見えにくくなると、限られた数の専門家を集めただけでは適切な判断が難しくなる。また急激に進歩するようになった技術に対応して、合意の更新を頻繁に行うのも物理的に困難だ。人的な知識の集約だけに依存した手法では限界に直面している。

学術俯瞰の手法は、ロードマップの策定に関し、3つの角度から貢献ができる。第一は、技術領域の現状について、体系的で客観的な見取り図を示すことである。第二は、急成長している技術分野や反対に成長が鈍っている技術分野を漏れなく特定することである。第三は、重要な研究を探しだすことである。また、こうした情報については、少ないコストで頻繁に更新することが可能である。

太陽電池学術俯瞰マップ (1959-2009)

具体例を挙げよう。太陽電池に関する約3万本の論文情報を基に東京大学の梶川裕矢特任講師らが行った学術俯瞰では、太陽電池の知の世界は、シリコン系、化合物系、色素増感型、有機系と、材料の種類で4つに分かれる。そのうち急成長しているのは有機系と色素増感型で、それらに含まれる論文の平均出版年数は、それぞれ4.0年、3.4年と非常に短い。さらに例えば有機系の集団の内部を精査するとプラスチック基板や共役系高分子などの新材料が注目されていることまでわかる。学術俯瞰が提供するこれら知識ベースは、あくまで従来手法を補完するものだ。専門家の能力と組み合わせればより高度で実用的なロードマップの策定が可能になろう。


ネットワーク理論でみた技術革新 連載一覧(坂田一郎教授)

①幅広い分野に応用 ②知識の爆発・細分化 ③「学術俯瞰」とは ④研究の「見える化」 ⑤技術ロードマップ ⑥研究協力の実像 ⑦学術と産業技術 ⑧ミッシングリンク