ネットワーク理論でみた技術革新 ⑦

この記事は日本経済新聞「やさしい経済学」2010年7月7日〜19日に掲載されたものです。

坂田一郎 教授

学術と産業技術

地球的な課題解決を目指す今日の技術革新において、前回取り上げた国際協力と並び重要になっているのは、学術と産業技術との間の距離を縮めることだ。再生可能エネルギーや医療などの革新では、基本的原理に立ち戻らないとブレークスルーにつながらないことも多く、産学連携への期待が高まっている。

従来、学術と産業技術とのつながりは、「サイエンスリンケージ」という指標で測られてきた。特許にも論文と同様に、引用文献が記載されているが、この指標は、特許1本当たりいくつの論文を引用しているかを計算したものだ。その計算方法は単純明快で、また、分野や国を超えた比較も容易であるとの利点を持つため、広く利用されている。

自然言語処理による類似度の測定

一方、弱点も存在する。特に問題なのは、この指標が持つ情報量が少ないという点だ。つながりの強弱について、時系列や分野・地域間を比較するにとどまり、どんな領域で関係が深いか、逆につながりの空白がどの領域にあるのかといったつながりの内容に踏み込む情報は得られない。意味的な情報がないと、現実の産学の橋渡し活動には生かせない。

こうした問題意識の下、東京大学の柴田尚樹特任助教らは、ネットワーク理論を用い、学術と産業技術とのつながりを情報量豊かに表現する手法を開拓した。この手法の考え方は、次のとおりである。最初に、世界中の論文と特許それぞれについて、引用ネットワークを構築し、学術と産業技術の2つのレイヤー(層)について知識の見取り図を得る。なおこの場合、特許の分析法は論文と基本的に同じだが、同じ内容の特許が各国で出願されているため、それらを一つとして扱う必要がある。次に専門家をまじえて、2つの異なる見取り図を比較するというものである。

太陽電池の分析結果

この手法を2次電池に適用したところ、双方のレイヤーに共通する知識群として、リチウム電池、メタルハイドロイド、電解質の3者が現れた。それらが産学をつなぐ知識の流路となっているわけだ。このうち特に学術レイヤーにおけるリチウム電池の研究は近年、非常に活発で、産業応用の可能性がある技術シーズ(種)が次々生まれている。電解質については、電解質の液漏れを防ぐとの目標は共有されているが、解決方法は両レイヤーで全く異なる。学術レイヤーで議論されているより根本的な解決方法を産業界に移転する余地があることがみえてきた。このようにネットワーク理論を用いれば、産学の橋渡しを体系的・効果的に立案できるようになってくる。


ネットワーク理論でみた技術革新 連載一覧(坂田一郎教授)

①幅広い分野に応用 ②知識の爆発・細分化 ③「学術俯瞰」とは ④研究の「見える化」 ⑤技術ロードマップ ⑥研究協力の実像 ⑦学術と産業技術 ⑧ミッシングリンク