ネットワーク理論でみた技術革新 ⑥

この記事は日本経済新聞「やさしい経済学」2010年7月7日〜19日に掲載されたものです。

坂田一郎 教授

研究協力の実像

アジア太平洋経済協力会議(APEC)や経済協力開発機構(OECD)では、グリーンテクノロジーなどに関する国際協力の重要性がうたわれている。資源制約のような難題を解決するには、世界の英知を集める必要があると考えられているわけだ。今回は学術に関する国際協力をネットワークとしてとらえ、そこから得られる示唆について考えたい。

研究機関をノード、論文の共著関係をリンクと定義すると論文の共著ネットワークが得られる。2つの異なる研究機関に属する研究者たちが論文を共著していたとすると、それら2つの研究機関の間に協力関係が存在すると考えるわけだ。論文の著者名は、その作成に対し知的な貢献があった者のリストで、そこに複数の著者が挙げられている場合、彼らの間で知的な協力があったと考えるのが普通である。こうした論文の共著分析は、国境を越えた研究協力を積極的に進めている欧州連合(EU)を対象に多く行われている。

太陽電池論文 大陸別国際共著ネットワーク図

太陽電池と燃料電池という2つの再生可能エネルギーを対象に、東京大学の佐々木一特任研究員らが作成した世界研究ネットワークを紹介しよう。まず2つの技術、それぞれ約3万本の論文作成に参加した研究機関(ノード)を数えると、両分野とも6千を超えていた。知識が広く分散していることを示している。国別の総論文数では、米国、中国、日本、ドイツの順で、これに太陽電池ではインド、燃料電池では韓国が加わる。大陸別では、アジアの研究能力の急成長に伴い、北米、アジア、欧州の三極構造ができている。

次に、本題の国際的な共著、すなわち異なる国の機関に属する研究者の共著に着目すると、欧州域内での国際共著が圧倒的に多いことがわかる。太陽電池では4100件、燃料電池でも2300件に上り、次に欧州、北米、アジアの3大陸間での国際共著が多かった。アジアを起点とすると、太陽電池では欧州との協力が多く、燃料電池では北米との協力が多い。一方、アジア域内での国際共著は、それらよりも少なく、特に太陽電池に関する共著は、欧州域内に比べわずか5分の1にすぎない。

以上のことから、両分野における国際協力は、欧州内において最も盛んであり、さらに3大陸に散らばる知識間のつながりが拡大している一方、アジア域内に協力の谷間ができているという構図がみえてきた。5月の日中韓首脳会談 でも、3カ国間での科学イノベーション協力の強化が打ち出されたが、そうした政策の必要性を示唆しているといえる。


ネットワーク理論でみた技術革新 連載一覧(坂田一郎教授)

①幅広い分野に応用 ②知識の爆発・細分化 ③「学術俯瞰」とは ④研究の「見える化」 ⑤技術ロードマップ ⑥研究協力の実像 ⑦学術と産業技術 ⑧ミッシングリンク