第6回 科学技術ガバナンス研究会 連続ヒアリング企画

日時:5月21日(金)16:00〜17:30

場所:東京大学公共政策大学院 会議室

講師:下山 勲 東京大学大学院情報理工学系研究科知能機械情報学専攻 教授

参加者:11名

講師による主要な問題提起

◆ 日本で少子高齢化が進むと、高齢者をはじめとした社会的弱者が一人で生きていくための自立した生き方の支援が重要課題となり、その具体的解決策としてIRT(Information and Robot Technology)が注目されている。

◆ IRT技術を駆使した将来ビジョンとして、サステナブルタウンの構想がある。4キロ四方の中に、生活インフラを集中させ、この街のなかで2種類のロボットが稼働する。ひとつは移動手段としてのパーソナルモビリティロボット(PMR)。もうひとつは暮らしの支援をおこなうアシスタントロボット(AR)である。

◆ ロボットの支援技術領域は、分野と産業別に分類でき、各分野により異なる働きが期待される。分野は大きく、労働支援(生産性向上、効率化)、健康生きがい支援(寝たきり老人の世話、元気な高齢者支援)、家事介護支援(家事の効率化)の3つに分かれる。さらに、労働支援は、産業は第1次産業(農林水産業)、第2次産業(製造業)、第3次産業(その他サービス業)の3つに分類される。

◆ 国際社会で日本が競争力を維持するには、GDPの向上が鍵となる。家庭内で家事をしてもGDPには反映されないので、家事はできるだけロボットに任せ、人は家族サービスや育児、生産活動に従事するという方向性が考えられる。

◆ 社会的受容性に関する調査によると、一般市民は、料理や育児は人が行い、食後の片づけ、洗濯、ゴミ出しなどはロボットにまかせてよいと考える傾向が高いことが分かった。特に被介護者のいる家庭では家事の負担は大きく、IRTによる家事支援へのニーズは高い。

◆ 1日に1度も外出しない人の割合は65−74歳で28%、75歳以上で47%にのぼる。PMRは老人の外出に対するバリアを取り除けるのではないか。

◆ IRTの課題は安全性、プライバシー、人と人との関係を大切にすることのほかに、求めやすい価格であることも重要。

◆ ロボットの分野では、研究開始から実用化移転の開始まで平均20年かかる。ロボットを実用化するための鍵はITである。

◆ IRT研究機構では、具体的には、パナソニックやトヨタと共同開発した、器用なマニピュレーションのできるロボットや、リアルワールドサーチのできるロボットを研究開発している。リアルワールドサーチは、今後のビジネスとして米国グーグルなども注目している。

◆ GDPと人口とは必ずしも相関がなく、技術革新や規制緩和によって生産性を向上し、高齢社会でも持続的に繁栄する道筋を示すことは可能ではないか。

◆ アンケート調査だけでは見えてこないイノベーションの価値がある。ログの解析等を用いた社会実験に基づく論理的・数理的推定によりイノベーションの定量的インパクト測定ができるのではないか。このためには社会科学との協働も必要である。

◆ IRTが実現するまでには、社会的課題も多数存在する。PMRを例に取ると、法的制度的な側面からは、道路交通法への対応(スピード制限)、搭乗型ロボットの安全認証、不正アクセスの防止、プライバシーの保護、事故責任、ロボット対応保険の検討などがあげられる。経済的な側面からは、購入しやすい商品価格設定、購入についての公的補助制度の整備などがあげられる。社会的・心理的な側面では、人どうしの関係が疎遠になる可能性、ロボットが人の心に与える影響なども課題としてあげられる。

◆ 今後日本が科学技術分野で成長を続けるためには、科学技術の正確な理解は必須である。特に、正確な未来社会予測、科学技術導入の影響に関する定量的な議論については、TAの役割が大きい。

討議における主要な論点

◆ 家事の負担軽減などをGDP換算するという従来の指標ではなく、作業を効率化することにより、人に余剰エネルギーを生みだし、生産活動につなげることで効果を測定してはどうか。同様にリスクも定量化できるのではないか。これまでの日本は、感情や感性により意見を左右されすぎているが、多くの課題は定量的に評価されてしかるべきではないか。

◆ 電気自動車は走行時のコストは安く環境負荷も低いが、製造時のコストや環境負荷などをライフサイクルで全体的に見て評価されてしかるべきである。このように、技術のリスクとベネフィットも定量的かつ多面的に評価していくことが重要である。他方、定量化を強調しすぎると、定量化できる側面にリスクやベネフィットの認識が限定されてしまう恐れもある。

◆ 科学技術のリスクが誇張されすぎると、社会にも影響が出る。例えば、5年ほど前からナノテクのリスク研究が急増し、研究結果がメディアにより報じられた結果、フランスではナノテク系の国際会議が開けなくなってしまったといわれている。

◆ PMRの速度制限といった課題についても、社会(制度)サイドと技術サイドの会話が重要である。PMR用のスペースの余裕のある一定の地域について、速度制限を緩める特区を設けることも手法もある。道路交通法などの現行の規制は、これまでの技術とそのためのインフラを念頭においてつくられているため、新しい技術には100%対応できない。また、日本は安全性を最重要視する。しかし新技術の導入に慎重になりすぎて、開発の歩みが滞ってしまう懸念がある。この原因としては、新技術の導入に伴うベネフィットよりリスクのほうが想像しやすいことがあげられる。

◆ TAは当初は宇宙開発や原子力といった巨大技術を対象としてきたが、現在ではIT、ロボットなど人の分散型の日常生活に近い技術にまで対象を広げている。対象とする技術の性格の変化にあわせて、TAのありかたも変化する必要がある。また、こうした変化に対して、関連する法整備など政府の対応は追いついていない。

◆ これからは、国も支援して海外でシステムを売り、稼ぐことがビジネスの主流となっていくのではないか。国際的に需要が高いのは、製品(ハード)とそれをオペレーションする人員(ソフト)のパッケージとしてのシステムである。個々の技術は民間メーカーでもあるが、オペレーターは限られているため、オペレーターに国内の人材が出せないようであれば、現地のオペレーターと組み、彼らを養成する方策もありうる。

◆ ロボットサービス提供モデルの核になるオペレーターとしては、世界各地に支店があり均一のサービスを提供できる体制を持つクルマのディーラー、あるいは、地域密着のサービスを提供できる体制を持つ街の電気屋が考えられる。