中国・ロシアの「台頭」 − 米国は凋落したのか

東京大学法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2014/6/9

AFP=時事
US President Barack Obama speaks to US troops during a surprise visit to Bagram Air Field, north of Kabul, in Afghanistan, May 25, 2014, prior to the Memorial Day holiday.

アメリカは凋落したのだろうか。

2011年にアメリカ政府が提起した「アジアへの軸足」政策の中心は、中国への牽制である。今年4月、訪問した日本、韓国、フィリピンにおいて、オバマ大統領は中国の軍事行動に懸念を表明し、同盟国との協力強化を打ち出した。それに先だちアジア諸国を訪問したケリー国務長官も、領土問題の平和的解決に努力しなければアジアの安定が損なわれると指摘し、中国の協力を求めた。オバマ政権がブッシュ政権よりも中国の軍事行動を懸念していることは疑いがない。

だが、アメリカの圧力が効果を上げたとはいえない。ミャンマーを議長国とするASEAN(東南アジア諸国連合)首脳会議が、名前こそ出さないものの中国による領海侵犯を明らかに対象とした警告を打ち出したすぐ後、中国は領有権の争われている西沙諸島において石油の掘削に着手し、それに反発したベトナムではデモ、さらに一部では死者を伴う暴動が発生した。中国は、アメリカやASEANが何をしようと方針を変えるつもりがないことを行動によって示したのである。

中国ばかりではない。プーチン大統領がウクライナ大統領選挙の結果を尊重する姿勢を打ち出し、国境から軍の一部を撤収したとも伝えられるため、ウクライナ危機がロシアとNATO(北大西洋条約機構)諸国の武力衝突に発展する可能性はやや遠のいた。それでもロシアがクリミア併合に踏み切り、NATO諸国による警告にもかかわらずウクライナ東部との国境に軍を残しているという事実は変わらない。

そのプーチン大統領は、アジア信頼醸成措置会議(CICA)出席のために上海を訪れ、習近平国家主席と、さらに江沢民元主席と会談し、その後には中ロ両国が共同の軍事演習を行った。アメリカの凋落に乗じて中国とロシアが台頭するという構図を絵にしたような展開である。

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だが、現在のアメリカは軍事的にも経済的にも衰えているとはいえない。どれほど中国が急速に軍備増強を続けているとはいえ、国防予算を見ても兵器の数や性能を見ても、軍事力におけるアメリカの圧倒的な優位を疑うことはできない。アフガニスタンとイラクから撤兵を進めた結果、新たな紛争に米軍を投入する余力はブッシュ政権当時と比べて高まっていると見るべきだろう。経済については昨年第4四半期以後、成長率が下がっており、いまなお7%の成長を続ける中国経済との距離が縮まっているが、平均すれば2%前後の成長は確保しており、長期の衰退や経済危機を懸念すべき状況ではない。

では、何が問題なのか。簡単に言えば、アメリカは戦争を避けているのである。

その理由はアフガニスタン介入とイラク介入が与えた打撃にある。米軍に大きな犠牲を強いた二つの介入の結果として、冷戦終結からおよそ10年続いた軍事介入への過剰な期待は後退した。リビア危機やシリア危機への対処からわかるのは、オバマ政権が直接の軍事介入を極力回避し、介入する場合でも可能な限り多くの諸国の参加を求めていることだ。

アジアへの軸足は、同盟国を合わせた軍事的優位を背景として中国の行動を抑止する戦略であったが、現実の戦争を想定したものではない。実際、2012年の尖閣諸島国有化の後、アメリカは中国への圧力を高めるのではなく日中間の武力衝突を回避するための仲介のような役割に終始した。抑止はしても戦争は避けたいというジレンマをここに見ることができる。

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小規模な国際紛争が大規模な戦争に発展する事態は回避すべきであり、そこに重点を置いたオバマ政権の方針は適切なものだ。だが、アメリカが軍事介入をためらうなら抑止力を弱め、米軍が介入しないという想定の下で中国ないしロシアの活動強化を招くことにもなるだろう。戦争をする気がないと思われてしまえば、どれほど日本、韓国、ASEAN諸国との協力を強めて中国を牽制しても効果は少ない。

では、アメリカの「凋落」が長期化し、中国とロシアの影響力が高まるのか。私はそう考えない。むしろ、ソ連のアフガニスタン介入によってカーター政権が不介入政策を一転したように、戦争しないことでアメリカを弱くしたという批判が国内で高まったとき、アメリカが再び軍事介入に転じる可能性のほうが高いといえるだろう。ウクライナ・ロシア、中国・ベトナムなど、展開によっては軍事介入への反転を促しかねない紛争は既に発生している。アメリカの凋落を嘆く前にこれらの紛争を打開しなければ、アメリカが軍事介入を再開し、新たな戦争の時代を待つほかはなくなるだろう。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2014年5月27日に掲載されたものです。