軍事介入の再開−「新しい戦争」への懸念
2014/9/2
イスラム国の伸長するイラクに対し、オバマ政権は空爆に踏み切った。シリア領内への作戦拡大も準備していると伝えられている。アフガニスタンとイラクから撤退を続けてきたアメリカが、国外への軍事介入を再開しようとしているのである。
アフガニスタンとイラクからの撤兵を掲げて当選したオバマ大統領は、国外への介入に慎重であった。この点でオバマに似た大統領がカーターである。ベトナム戦争終結後に政権を担ったカーターは、ソ連がキューバ政府を介してアンゴラやモザンビークに介入を深めるなかでも、人権外交を旗印に掲げつつ地域への軍事介入は自制し続けた。
ソ連がアフガニスタン侵攻に踏み切ると、カーター政権はソ連に対抗する方針に一転する。だが、新たな政策が成果を生むことはなく、イラン大使館人質奪回の失敗などを受けて支持率は低迷し、共和党のレーガン候補が大統領選挙で圧勝した。そのレーガン大統領がより厳しい対ソ強硬策に向かったことはいうまでもない。
軍事介入に慎重な大統領の下で米国の対外的影響力が後退し、国際関係全体も不安定を深めた点において、オバマ政権の下の世界はカーター時代に似たところがある。クリントン・ブッシュ政権の16年間と比べ、中国とロシアがアメリカの対外政策に正面から挑戦する場面が増えたからだ。
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中国は東アジアの海洋で軍事行動を拡大した。すでにグルジアとの紛争の結果、アブハジアと南オセチアに勢力を拡大したロシアは、ウクライナ危機のなかでクリミアを併合した。もちろん中国もロシアも米国との全面戦争を準備する状況ではなく、かつての米ソ冷戦と現状を重ねて考えることは適切ではない。だが、アメリカがこれまでにない中国・ロシアとの権力競合にさらされていることは否定できないだろう。
また、カーター政権がイラン革命の波及に揺さぶられたとすれば、オバマ政権も中東情勢の混乱に左右されている。ごく短期間の介入後に撤兵したリビアでは統治の空洞化が進み、撤兵したイラクではシーア派を主とする政権とスンニ派との対立が進んでゆく。そのなかでシリア内戦と連動するかのように急進勢力がイスラム国の建国を宣言し、それに対抗して米国が空爆を開始したのである。
再開した軍事介入はどこまで広がるのだろうか。イスラム国に対する米国による空爆は、現在のところイラク北部のクルド勢力を支援し、難民をクルド地区などへ安全に誘導することを主眼としている。全面的介入とはまだ程遠いといっていい。
だが、情勢の根本にイラク政府の政治的混乱とシリアの内戦がある以上、限定的な空爆だけで情勢を打開することは難しい。さらに、米国はイスラム国ばかりでなく、それと対立するシリアのアサド政権との緊張も抱えており、現地の勢力を利用して介入の規模を縮小することも難しい。これからごく短期間のうちに、オバマ政権は、乏しい成果にもかかわらず空爆を停止するか、それともイラクとシリアへの介入を拡大するか、そのどちらかの選択を迫られるだろう。
次の課題が、ウクライナである。現在のところ米国の対ロシア経済制裁は限られており、新たにウクライナ政府に兵器を与えた形跡も乏しい。だが、6月中旬以後、ウクライナ新政権が親ロシア武装勢力の掃討に成果を上げ、親ロシア勢力の敗色が濃くなるとともに、ロシア政府はウクライナ情勢への直接関与を深めており、国境を越えてウクライナ領を攻撃したとも伝えられている。ロシアが親ロ勢力を利用した介入から直接の軍事介入に向かったなら、今度はロシアにウクライナが席巻される可能性が高まる。その場合、欧米諸国はウクライナへの軍事支援、さらに状況によってはNATO諸国の兵力動員へと向かうことになるだろう。
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私は、オバマ政権がイラクやウクライナで大規模な国際介入を行おうとしているとも、またロシアとの軍事対決を求めているとも考えない。だが、今回のイラク空爆が現在の規模に留まる限り、中東地域の混乱が打開される可能性は低い。また、ロシアがウクライナ東部への影響力を求める限り、欧米諸国との緊張は増すばかりだろう。中東でもウクライナでも、オバマ政権はその意に反して軍事介入の拡大を強いられる危険性が高い。
いまドイツのメルケル首相はウクライナ・ロシア双方への働きかけを精力的に進めている。その努力の背後には、ウクライナ東部の紛争が米ロ直接の戦争に発展することへの懸念がある。紛争拡大を阻止しなければ、私たちは新しい戦争の時代を迎えることになるだろう。
この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2014年8月26日に掲載されたものです。