紛争から見える世界 − 権力が競合する時代に

東京大学法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2014/9/29

AFP=時事

オバマ政権はシリア領内空爆を含むイスラム国への対決を打ち出した。これまで軍事介入に慎重だったこの政権が政策を転換したのである。

中東の外でも軍事的緊張が厳しい。ウクライナでは、東部の親ロシア武装組織が政府と停戦に合意したが、すでに合意を破る戦闘が発生した。東アジアにおける中国と近隣諸国の対立は指摘するまでもない。そして、イラク・シリア、ウクライナ、東アジアの三つの紛争には、いくつかの共通点を認めることができる。

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第一に、紛争が世界経済に及ぼす影響が大きい。イラクとシリアの内戦は、原油価格の高騰を刺激した。ウクライナ危機をめぐってロシアに加えられた経済制裁はロシア経済ばかりでなくロシアの資源輸出による収益を運用する世界金融市場を揺るがした。中国だけは地政学リスクの影響が限られているが、それでも中国の景気後退が世界経済に与えた影響は大きい。国際市場の相互依存性が高まったために、地域紛争が世界経済の安定を壊してしまうのである。

第二に、どの紛争についても、欧米諸国が軍事介入に消極的だ。アメリカとともにイスラム国に介入する意志を持つ国は少なく、先だって開催されたNATO(北大西洋条約機構)首脳会議でも明確な軍事関与は示されていなかった。ウクライナ危機についてはポーランドなどにNATO軍を展開する方針を打ち出したが各国の対立は大きく、経済制裁さえ足並みが揃わない。アジアへの軸足を掲げるオバマ政権は対中牽制を強めたが、日中の領土紛争では軍事的牽制よりも外交努力による沈静化を優先している。そこには中国を警戒しつつ、軍事的圧力を加えることで対立が拡大する危険も恐れるアメリカの姿を見ることができる。

そして何よりも、イスラム国も、ロシアも、中国も、欧米諸国などからこれまで圧力を加えられたにもかかわらず、その圧力を前に退いた形跡が見られない。紛争当事者がアメリカとの対抗を恐れていないのである。

まずイスラム国は、シリア政府やイラク政府ばかりでなく欧米諸国への対決をインターネットを通して訴えており、その主張に賛同して欧米から加わった人も多いという。攻撃で脅しても効果はないだけに、アメリカはイスラム国の軍事的破壊を目指すほかはない。

ロシアの姿勢も強硬だ。2014年6月以後ウクライナ東部の戦闘は親ロシア勢力が劣勢に傾いていたが、ロシアは地対空ミサイルの供与など親ロシア派のテコ入れを行い、その効果が上がらないのを見るとロシア軍の越境攻撃によってウクライナ軍の分断を図った。今回の停戦合意は、親ロシア勢力を介した介入から直接の軍事介入に転じたロシアを前にウクライナ政府を屈服させる、いわばロシアの「勝ち逃げ」だった。NATO首脳会議で新たな対ロ制裁が決まる直前に停戦合意を結んだところにプーチン政権の巧みな遊泳術を見ることができる。

また中国政府は、近隣諸国の領海と重なる地域への領有権を主張するだけでなく、海と空から人民解放軍が干渉を続けている。特にベトナムとの対立が厳しく、14年5月から7月まではベトナムの沖合で石油掘削による資源調査を強行した。胡錦濤よりも強い国内の指導力を手にした習近平政権は、アメリカが圧力を加えても譲らない姿勢を強化している。

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冷戦終結直後であればアメリカへの対抗など正気の沙汰ではなかった。冷戦が終結した1990年代初め、アメリカを頂点とする西側先進国は軍事でも経済でも圧倒的な優位を誇り、民主主義と市場経済を二つの柱とする自由世界の時代が訪れた。イスラム急進勢力は当時も戦闘的であったが、中国とロシアは自由世界の一員として認められるよう、欧米諸国との協調を保っていた。

だが、アフガニスタンとイラクへの介入を転機として、欧米諸国は軍事介入に消極的となり、ロシアや中国がアメリカに正面から立ち向かう。自由世界の時代は権力が競合する状況に転換した。

相手が強硬なとき、慎重な政策をとれば足下を見られてしまう。相手を動かすためにはこちらも強硬姿勢を強めざるを得ない。シリア空爆に踏み切ったオバマ政権の抱える困難がここにある。

ブッシュが要らない戦争を戦ったとすれば、オバマは避けてきた戦争に引き込まれた。地上軍の派遣を否定するなど介入の拡大にはまだ慎重だが、効果が上がらなければ軍事介入を拡大するほかはない。アメリカを恐れない勢力を前にしたオバマ政権は軍事力への依存をさらに深めてゆくだろう。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2014年9月16日に掲載されたものです。