イランをめぐる国際関係 − 路線転換に日本も

東京大学法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2015/3/31

AFP=時事
Iranian schoolgirls wave their national flag during the 36th anniversary of the Islamic revolution in Tehran's Azadi Square (Freedom Square) on February 11, 2015. President Hassan Rouhani delivered a speech saying the world needs Iran to help stabilise the troubled Middle East, in remarks pointing to wider ramifications of a deal over its disputed nuclear programme.

イランをめぐる国際関係が変わろうとしている。だが、その道筋は厳しい。

アメリカの中東政策はイスラエルを友好国、イランを脅威として捉えてきた。かつては米国大使館員を人質に取り、いまでもレバノン南部のヒズボラに支援を与えてイスラエルの安全を脅かすイランは、ナセル政権時代のエジプトに代わって中東の安全を揺るがす最大の脅威となっていた。

核武装の懸念がイランへの脅威感を加速した。その懸念を早くから表明したのは地域唯一の核保有国であるイスラエルだが、国連安全保障理事会も2006年以後数回にわたるイラン制裁決議を行い、11年にアフマディネジャド大統領が国連総会で演説を行った際には米英独仏などの代表が退場している。イラン核武装への懸念はアメリカやイスラエルばかりでなく世界各国に共有されていた。

だがイランが本当に中東地域における最大の脅威なのか、疑問の余地があった。核開発を進めていることは確かでも、その進みぐあいについては議論が分かれ、数年のうちに核武装するという予測は繰り返し破られてきた。軍事的脅威としては、イラクやシリアに広がるスンニ系過激派組織、ことに「イスラム国」のほうがはるかに深刻であり、シリアのアサド政権を牽制しつつ「イスラム国」の弱体化を実現するためにはイラン政府の協力が欠かせない。イラン敵視を中核とする中東政策には限界があった。

13年にロハニが大統領に就任し、挑発的な言動を繰り返した前任者アフマディネジャドと異なって欧米諸国との関係改善を求めるかのような発言を行ってから、イランとの関係改善への期待が高まった。国連常任理事国5カ国にドイツを加えた諸国はイラン政府と交渉を続け、13年11月には核開発抑制と引き換えに経済制裁を解除する仮合意にこぎ着けた。まだ合意には距離があると見られるが、現在でも交渉が続いている。

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核開発抑制が実現すればイランと欧米諸国との関係は大きく変わるだろう。トルコやサウジアラビアなどが「イスラム国」への介入に消極的ななかで、欧米以上にスンニ系過激派を恐れるイランを味方につければ「イスラム国」への軍事的圧力を強めることができる。また、経済制裁解除とともにイランが市場を開放すれば、ミャンマーやキューバよりも大きな市場が海外投資に開かれる。イランと西側諸国の関係改善は軍事的にも経済的にも波及効果を期待できるのである。

だが、イランとの関係改善には四つの壁がある。第一はイラン国内の保守派であり、核開発を手放そうとしないこの勢力のために昨年を通じてイランとの核交渉が空転を続けた。第二はサウジアラビアなどの湾岸諸国である。欧米諸国がイランと関係を改善しても湾岸諸国の抱くイランへの警戒を解くことはできないだろう。

第三はイランを国防上第一の脅威とするイスラエルである。米議会の招聘によってアメリカを訪れたネタニヤフ首相が両院の議員を前にイランの脅威を訴え、イランとの関係改善に向けたオバマ政権の交渉を強く牽制したのはその例である。

第四は米議会である。イスラエルとの距離が開いたオバマ政権と逆に米議会はイスラエルと一体の政策を求めてきた。ネタニヤフ訪米後も、47名の共和党上院議員が、いまの政権とイランが合意してもその合意は次の政権によって覆されるだろうという驚くべき内容のイランへの公開書簡を発表した。

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私は、イランとの関係改善は米国の中東政策の望ましい転換であると考える。経済制裁解除と引き換えに核開発の抑制を実現することは、北朝鮮を相手には難しくてもイランとの間では実現する可能性がある。中東の主要な脅威はスンニ系過激派であり、イランの孤立を打破することは中東の安定にもつながるだろう。

また米国がイスラエルに対してパレスチナ国家の明確な承認とヨルダン川西岸への入植の中止を求めるなら、中東諸国から信頼を得る機会となるだろう。イラン核政策の反転と関係正常化は、ミャンマー、キューバに続くオバマ外交の数少ない成果となることが期待できる。

日本は欧米諸国と協調しつつ中東諸国とも友好を保持してきたが、今回のイラン政策では出番がない。中東政策が歴史的な転換を迎えるなかで、英仏中ロと緊密に協力するドイツと異なり、日本は役割を果たす機会を見つけていないのである。これはいかにも残念なことだ。安倍政権がテロの脅威を真剣に考えるのであれば、イランの路線転換を進めるうえで日本に何ができるのか、考える必要があるだろう。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2015年3月24日に掲載されたものです。