ISのテロ攻撃 − 空爆では解決できない

東京大学政策ビジョン研究センター副センター長/法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2015/11/25

Photo: Izawa Hiroyuki

2001年の同時多発テロ事件から15年目、また大規模なテロが起こってしまった。事件の発生したフランスはシリア北部において従来を超える規模の空爆を行い、アメリカとロシアも軍事介入を拡大した。無差別テロと空爆の応酬である。

同時多発テロ事件を引き起こしたアルカイダと比べても、IS(いわゆる「イスラム国」)は極度に暴力性が高い。イラクからシリアに勢力を広げつつ人質の斬首を繰り返し、ロシア旅客機を爆破し、今回はパリで複数の襲撃を実行したうえに、アルカイダと違って旅客機爆破についてもパリのテロについても犯行声明を行った。欧米諸国ばかりでなくシリア・イラクの人々の安全も奪う存在である。 同時多発テロ事件当時のブッシュ大統領などと違い、オバマ大統領、そしてフランスのオランド大統領も当初軍事介入には慎重だった。世界各国も一般にイラク・シリアへの軍事介入には消極的だったといっていい。テロ攻撃は欧米諸国による武力行使への報復であるというISの主張は正当ではない。武力行使の始まる以前からISによる殺戮が展開していたことを忘れてはならない。

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だが、テロ事件後の欧米諸国の情勢も憂慮される。既にシリア難民の受け入れ拒否が広がっていたが、テロ事件後にはそれがさらに加速している。9・11事件の後は、敵はテロリストであってイスラム教徒ではないなどとの公式声明が行われ、少なくとも表面的には過激派とムスリムが区別されていたが、今回はそれが乏しい。誰がテロリストなのか判断が難しいことを理由に、シリア難民、そしてイスラム教徒一般も脅威と見なしてしまう。それは欧米多元主義の自壊である。

既に過去1年、慎重姿勢を一転した各国はシリア空爆を繰り返したが、苦しい状況が続いている。地上部隊の支えのない空爆は戦果を支えることができないからだ。ISへの攻撃が成果を収めた区域はクルド系勢力、さらにイラク軍が活動する区域に集中しており、地上軍の支援をともなわない区域では成果がまだ乏しい。

だが、パリのテロ事件を受けて各国が地上軍の派遣に踏み切ったとしても空爆に頼る戦略に変わりはないだろう。自軍の犠牲を恐れるからである。

空爆には誤爆が避けられない。まして情報がとぼしいなかで空爆を繰り返すなら、一般市民への誤爆も拡大する。欧米諸国の介入への反発を広げ、武装勢力が力を強めることになりかねない。

では、どうすれば良いのか。まず私は、ISに対する力の行使を避けてはならないと考える。テロに立ち向かう上で第一に必要なのは軍隊ではなく警察であるが、ISが中核とするシリア・イラク地域では通常の警察行動による排除を期待することはできない。ISを相手とする限り武力行使を避けることができない。

だが、空爆に頼る軍事介入には賛成できない。国外の勢力による武力行使がその土地の人に正当なものとして受け入れられることは少ない。必要なのは住民の安全を高めることが明確であり、人々も前より安全になったと認識するような武力の使い方である。

私は2年前のこのコラムにおいてシリア紛争については難民への支援を第一に考え、その目的と結びついた地上軍派遣が必要であると主張した。難民支援とは武力を排除した人道的活動ではなく、難民の安全を保つためには十分な規模の地上軍が必要となる。だが、そのような軍事介入は、空爆よりも人々の安全とのつながりが明確である。

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シリアではクルドとの対立からトルコ政府が国連難民キャンプの設立を拒んできた。そのためにトルコは本国の中に膨大な難民を受け入れ、それが財政負担となるばかりかトルコ国内でテロ事件が発生する原因ともなった。それから2年、国連の関与を認めないとはいえトルコの中にも数多くの難民キャンプが生まれている。

ここに一つの鍵がある。空爆すれば相手を倒せるというのは希望的観測に過ぎない。難民の安全を図るため安全な地域を確保し、難民の信頼を得るとともに、そうした安全な地域を難民キャンプの外へ次第に拡大する。地味で困難なうえに危険な作業だが、破綻国家に平和をもたらすためには避けることのできない選択である。

ISと妥協する余地はない。しかし、武装勢力どころか武装勢力の犠牲者である人々から信頼を勝ち取ることができなければ、敵と味方の不寛容な対立を広げ、テロと空爆の連鎖が続いてしまう。それはまた欧米社会における多様な民族や宗教の共存を許す多元主義の崩壊にもつながるだろう。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2015年11月24日に掲載されたものです。