トランプの米国 − 経済政策は如何に

東京大学政策ビジョン研究センター教授
篠原 尚之

2016/11/15

篠原尚之教授(写真撮影:山下加代)

米大統領選を振り返ると、トランプ氏は「米国第一」というスローガンの下、ナショナリズムに傾いた主張を行い、クリントン氏は伝統的なグローバリズムに比重を置いたオープンな米国を唱えてきた。しかし、所得格差などの経済的困難は、自由な貿易や移民受け入れに起因するとの認識が広まっていることから、悩める中低所得者層にとってクリントン氏の考え方への反発が強かったようだ。

トランプ氏の経済政策については、整合的に説明できる姿になっていない。また、選挙戦で訴えた政策がそのまま実行されるわけでもない。ここでは、経済や市場に大きな影響を及ぼしそうな、財政と貿易の問題を中心に取り上げる。

財政では、景気刺激的な政策への転換が予想される。トランプ氏は、法人税率の35%から15%への大減税を唱え、中高所得層への所得税減税を掲げている。また、インフラ投資の拡大や軍事支出の増強を提案している。

法人税減税は、伝統的な共和党の考え方と軌を一にするものであり、議会も同調できる。一方、インフラ投資拡大は、米国経済再生の処方箋として民主党的な主張である。トランプ氏がお株を奪った形であり、先の大統領受諾演説でも強調した政策である。

大減税と財政支出拡大は景気刺激策だが財政赤字の悪化も心配だ。来年前半には連邦債務の上限を定める法律の改定を行う必要がある。来年度予算の準備も始まる。議会との関係を含め、どのような財政刺激策が展開されるのか興味深い。

貿易では、環太平洋連携協定(TPP)への反対だけでなく、北米自由貿易協定(NAFTA)の見直しも明言した。NAFTA見直しの現実性のほどは怪しいが、メキシコなどに生産拠点を持つ日本企業にも影響が出る可能性がある。

米国が内向きになることで、英国の欧州連合(EU)離脱や欧州での移民制限などの保護主義的な動きが強まることに懸念を抱く。世界経済が低成長にあえぐ中で、どこの国民も余裕が無くなってきている。

数年前までは国内総生産(GDP)より大きく増加していた世界の貿易量が大きく落ち込んできているのも、各国の保護主義的な政策の影響があるからだ。

米国の保護主義が加速すれば、世界の貿易や経済の拡大にとってマイナスである。NAFTAはともかく、米国では不公正な貿易取引への監視(アンチ・ダンピング課税など)が強まるだろう。貿易相手国による輸出拡大のための通貨安操作に対する監視の目も厳しくなろう。

トランプ氏の経済政策は予見しにくい部分が多いが、短期的には景気刺激的になる可能性が高いと見る。一方、保護主義的な主張がどう政策に反映されていくのか、十分な注意が必要であろう。

市場は、今後トランプ氏が、こうした経済政策を含めさまざまな政策を具体的にどう展開していくのかを注視していくことになる。当面、閣僚など次期政権の中核メンバーがどんな顔触れになるかが重要だ。

また、トランプ氏と議会共和党の望む政策は同じではなく、どう折り合いをつけていくかにも注目している。こうしたことから市場はしばらくは、政治リスクを意識した神経質な動きが続くだろう。

本稿は、共同通信の緊急連続評論「トランプの米国」への寄稿(2016.11.11)を転載したものです。