追い詰められるトランプ氏 − 疑惑の「雲」、行く末は

東京大学政策ビジョン研究センターセンター長/法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2017/6/22

Photo: K.yamashita

トランプ大統領が追い詰められている。数ある理由のなかでもっとも深刻なのが、連邦捜査局(FBI)の捜査を妨害している疑いである。

大統領選挙にロシア政府が介入した可能性は選挙戦中から指摘され、FBIの捜査も昨年から始まっていた。今年5月にコミーFBI長官が解任された後も特別検察官に任命されたマラー元FBI長官のもとで捜査が続き、ロジャーズ国家安全保障局(NSA)局長など情報機関幹部が事情聴取に応じたと報道されている。

大統領本人がFBIの捜査対象に含まれているかどうかは判らないし、自分が長官の時は大統領は捜査対象ではなかったとコミーFBI前長官は述べている。だが、そのコミー氏も、自分に向けられた疑惑の「雲」を取り払うよう「希望する」と大統領が述べたと上院情報特別委員会において証言しており、トランプ氏が刑事司法に圧力を加えた疑いが強まっている。トランプ氏は自分への魔女狩りが行われているなどとソーシャルメディアのツイッターに相次いで書き込んでおり、かえって大統領への疑惑を強める結果を招いている。

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政治専門サイトのリアルクリアポリティクスによると、トランプ大統領への不支持は過去1カ月平均で55%弱に達している。この数字は1973年6月におけるニクソン大統領への不支持45%より10ポイントも高い(http://historyinpieces.com/research/nixon-approval-ratings)。ウォーターゲート事件によって信用が落ちたとはいえ就任から5年を経過したニクソン大統領より、就任5カ月のトランプ氏への不支持が高いのである。

ここで思い出すのが、ウォーターゲート事件を描いた「大統領の陰謀」という映画だ。主人公は、ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインという、ワシントン・ポスト紙の2人の若手記者。ウォーターゲート・ビルの民主党本部に侵入した犯人が捕まり、その罪状認否を有力弁護士が担当したことに疑問を持った記者の取材によって、72年アメリカ大統領選挙において大規模な不正工作が行われていることが判明する。まさにウォーターゲート事件そのものだが、脚本、演出、演技、撮影、音楽、すべてが絶品。アメリカ政治映画の最高峰だ。

すでに「トランプゲート」などと呼ぶ人がいるように、現在の事態はウォーターゲート事件に、そしてこの映画「大統領の陰謀」に重なって見えてくる。新聞やテレビの報道が大統領を追い詰めているからだが、そればかりではない。まず、ウッドワード記者の秘密情報源、ディープ・スロートはマーク・フェルトFBI副長官であったことが今ではわかっている。FBIの副長官が捜査情報をリークしていたわけだが、今回の「トランプゲート」についても情報源とされる匿名の政府関係者に情報機関が含まれていないとは考えにくい。

また、ニクソンを失脚に追い込んだのは、選挙工作よりも事件のもみ消し工作だった。73年10月のいわゆる土曜夜の虐殺では、捜査を指揮するコックス特別検察官を解任すべくニクソン大統領が司法省に圧力をかけ、解任を拒んだ司法長官と副長官が辞任、コックスは司法長官代理に任命されたボークに解任される。強権的な方法は議会と世論の反発を招き、捜査を押さえこむどころか弾劾決議への道が開かれた。ニクソン大統領は捜査に圧力をかけることで自分の首を絞めたのである。

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従来もトランプ氏についてアゼルバイジャンにおける高層ホテル建設をめぐるロシアの政商マグドフとの関係などが伝えられてきた(http://www.newyorker.com/magazine/2017/03/13/donald-trumps-worst-deal)。特別検察官は政府に情報提供を求める権限を持ち、議会の特別委員会は証人喚問ができるだけに、マスメディアの報道よりも具体的に事態を解明することが可能となる。捜査が続けばトランプ氏の女婿クシュナー氏ばかりかトランプ氏本人も追い詰められるだろう。他方、捜査を止めようと圧力を加えたならば状況はかえって悪化してしまう。既に、コミーFBI長官の解任は捜査中止に応じなかったためだと報道されているが、マラー特別検察官の解任のために司法省に圧力をかけたなら、ニクソン大統領のような末路が待っている。

弾劾裁判を議論するにはまだ早い。議会の両院を共和党が制していることも忘れてはならない。だが、トランプ氏が司法妨害に走れば、議会の支持は期待できない。映画「大統領の陰謀」の終わりのように、トランプ政権のエンドゲームが始まろうとしている。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2017年6月21日に掲載されたものです。