書評: 『地方自治護送船団 自治体経営規律の構造と改革』

東京大学大学院 法学政治学研究科 博士課程
箕輪 允智

2011/1/5

喜多見富太郎 著『地方自治護送船団 自治体経営規律の構造と改革』
喜多見富太郎 著 [慈学社出版]
『地方自治護送船団 自治体経営規律の構造と改革』

地方自治体はどのように経営規律付けがなされているのか。何が問題でどのような改革の方向性が考えられるのか。本書は海外留学、国(経済産業省)への出向、在職中の博士課程進学と博士号の取得など、地方公務員(大阪府)としては異色な経歴を持つ筆者の積み重ねてきた経験をもとにした問題意識と強い思いが込められた書であると言える。その内容については、自治体の経営規律の様相を長らく日本の金融機関と行政との関係において用いられてきた「護送船団方式」のアナロジーを用いて「地方自治護送船団」という名称を付け、その構造を理論的に把握する枠組みを提示、自らデータベースを作成・分析、事例研究を通じてその実態を可視化、さらにそれらをもとに政策提言を行うという、理論化、実証、政策的含意の各段階の全てを丁寧かつ大胆に練り上げたものとなっており、非常に濃密なものとなっている。

以下、本書の概要を述べることにしたい。本書の第1章では地方自治体の経営規律の地方自治護送船団を理論モデル化している。ここでは地方自治護送船団のシステムが「組織」、「均衡」、「経営」、「遷移」、「支配」の5つの構造から成り立つものとして、各構造のモデル化が試みられている。自治体の経営規律は自治省によって規律付けがなされたガバナンスシステムによって維持され、そのシステムは自治省から特定ポストへの出向人事の継続や出向先ポストの戦略的配置が行われる指定席・準組織としての現象となる「埋め込まれた組織」を基盤として形成するものとしている。特に、「経営構造」のモデル化においては経済学で用いられる「青木モデル」とも言われるステークホルダーを重視したコーポレート・ガバナンス論のモデルを都道府県に適用してモデル化をするなど、これまでの行政学では見られない革新的な理論形成がなされているのが特徴的である。

第2章では内政関係者名簿より自治省から都道府県の出向者のポスト等をデータベース化して分析し(第1節)、大阪府と福岡県の事例の分析をもとに、自治体の意思決定や情報管理の側面から介入が発現する動態を示し(第2節)、自治体経営における「暗黙の政府保証」の制度的構造化と実態分析、さらには救済がどのように、どのステークホルダーへ負担が帰着するかを分析(第3節)している。ここではこれまで自治体関係者の間ではその存在が認識されつつも、定量分析可能ではなかった「埋め込まれた組織」の実態をデータベース作成・分析によって可視化させることに成功している。事例の分析からは介入機能における自治省出向者から自治体側に対する意思決定へのコントロールや、地方行政セクター内の各自治体の財政担当ポストに配置された出向者によって財政的な側面で国と地方の政策を同期的に調整し、円滑な政策遂行を行わせる情報同期へのコントロールの発現動態がインサイダーである筆者経験も踏まえて臨場感をもって描き出されている。「暗黙の政府保証」については、地方債の許可制・同意制から財政再建法までの「暗黙の政府保証」の制度的構造が整理され、財政再建の必要性が生じた際は、自治省による救済機能は先延ばしされつつも、自治体への罰則となる「解散」つまり、財政再建団体となって、総務大臣の同意を要する財政再建計画の策定、それに基づく事務・事業の見直しという地方セクターの予算編成権の消滅、に至るまでの間にそれに準じた救済がなされる。そして、その帰着はモニターである自治省が他の自治体に転嫁させる形となって救済を行うため、従来の受益に応じた負担の帰着には歪みが生じることになることが示されている。

終章では筆者の考える地方自治護送船団の改革方策を提言している。この提言の核は筆者が提示している「地域によるガバナンス」である。「地域によるガバナンス」は「地方自治護送船団」が国からの規制監督、非常時の財政救済があるガバナンスであるのに対して、国からの統制、救済の仕組みが外れ、地方政治、地域社会、地域経済によって規律付けがなされる「地域によるガバナンス」が提唱されている。筆者は短期的には透明化された地方自治護送船団によって地域によるガバナンスへの転換の準備を、長期的には自律的に地方行政セクターの規律付けを行う「地域によるガバナンス」を望ましいものとして提示している。

以上が本書の概要であるが、若干の感想を述べて本稿を閉じることにしたい。

第一には各モデルに登場するアクターの一つである「市民」や「地域セクター」についてである。本書で示された各モデルは筆者の経験を元に入念な検討を経て非常にきれいに整理されたものとなっている。そのきれいな整理を壊しかねないものなのかもしれないが、「地域セクター」や「市民」についてはそれぞれの中において利害の不一致などに起因する戦いないし、主導権争いが起こることがある。そのような政治的闘争や利害争いが生じつつ、同時に地方行政セクターへ規律付けを行うというこことは恐らく「地域によるガバナンス」を達成するには両立しなければならないのではない課題となるのではないだろうか。

第二に本書で可視化した地方自治護送船団の構造は自治省から都道府県への出向者のデータをもとに形成されたものであるが、市町村の場合は果たして地方自治護送船団としてどういう構造となるか、という点である。当然市町村も地方公共団体として、都道府県と共有する制度は少なくないが、自治省からの出向者は人口の多い政令指定都市や県庁所在地などを除けば、多くの市町村で居たとしてもごくわずか、ということが現状だろう。むしろ市町村に対しては、都道府県からの出向者が財政や企画部門、特別職などの中核をなしている場合の方が多ように思われる。そうなると市町村の場合は都道府県も地方自治護送船団の規律付けを行う側になると考えられ、地方自治護送船団として当てはまるのであればより複雑な構造となると思われる。

いずれにせよ、本書は自治体の経営規律という未だほとんど研究されていない領域において膨大な資料からのデータ化と多大な時間の思考によるモデル化がなされたものである。この議論が与えてくれる知的な刺激は非常に大きく、さらに本書はこの領域における今後の議論の土台となるものだろう。