提言 「航空イノベーションに向けて」
〜失われた20年からの脱却における航空産業の貢献〜
この提言は、東京大学政策ビジョン研究センター航空政策研究ユニットの関連活動として2014年7月31日に開催されたシンポジウム「航空イノベーションに向けて」において発表されたものです。航空イノベーション総括寄付講座5年の検討結果をまとめた内容となっています。本ページでは要旨部分を掲載しています。全文は下記PDFをご覧ください。
要旨
本提言は、アジアをはじめとして航空需要の増加が見込まれる中、今後の成長市場を国内に取り入れるべく各国がそれぞれの強みを確立しつつある世界の潮流において、我が国も遅れをとることなく、国産ジェット旅客機の開発を契機として成長のためにいかなる価値を世界に提供すべきか、価値創造のために航空産業はどうあるべきかについて、航空分野関係者はもとより、広く国民に問い、訴えることを目的としている。
I. 航空産業の我が国経済成長への貢献
人口減少基調にある我が国において、アジアをはじめとして今後の大きな成長が見込まれるグローバル市場を持つ航空産業は、アジアの成長を取り込むことで、失われた20年から脱却し我が国経済の成長を支えるとともに、安全保障の強化や国際社会における地位向上に貢献する重要産業である。
- 航空産業は、製造、運航、さらに整備、ファイナンス等裾野が広い産業であり、今後の大きな成長が見込まれるグローバル市場を持つ。
- 航空産業は、我が国の成長を牽引する産業である。アジアの成長を取り込むことで我が国経済の成長を支えるとともに、需給両面におけるグローバル性から外国との経済連携の深化をもたらすことが、ひいては安全保障の強化に貢献する。さらに、産業競争力を支える精緻で信頼性の高い我が国の航空技術が、航空産業分野に牽引される我が国の成長と相俟って、航空の世界的安全性向上に貢献することで、国際社会における名誉ある地位を占めることにつながる。
- 大型防衛機2種類の同時開発への挑戦、世界第1位の定時性を誇るエアライン、空港を持ち、炭素繊維複合材料の素材となる炭素繊維の全世界製造量の70%を占め、航空工学や航空機リース事業でも世界の上位に位置する我が国航空産業は、成長のポテンシャルを十分有している。
II. 我が国航空機製造機能の強化—完成機事業におけるインテグレータの確立
民間旅客機の開発は、安全を利用者に証明するための哲学と実証データをそろえ、「型式証明」というかたちで外部に発信する必要性と、設計・製造、販売に加え、販売後のカスタマーサービスを全世界で大規模に提供する必要性から、我が国が経験を有する航空機部品の製造、防衛機の開発とは質的に異なり、パラダイムシフトを必要とする事業である。
我が国において、完成機事業を担うインテグレータを確立することは、要求水準の高い我が国顧客と世界をリードする我が国他産業との協働により、高品質の航空機を製造することであり、それ自体が市場における我が国の強みを構築する。今後、さらに、国産旅客機を核とした更なる強みを創造するとともに、認証国としての責任を果たしつつ国際ルール策定への参画を深めることで、航空機製造市場における我が国の地位向上を図るべきである。そのため、本講座は、事故原因究明対策も含めた安全確保のあり方に関し、研究を継続する。
- 航空機製造の「失われた50年」を取り戻すために、完成機事業におけるインテグレータを確立することが重要。完成機事業とは、製造、販売、カスタマーサポート(メンテナンス、運航支援、乗務員訓練等)を提供する航空機を活用したソリューション事業である。インテグレータは、当該事業競争の中で、絶えず新たな価値を創造し続ける事業者である。
- 外国メーカとのRRSP(Risk and Revenue Sharing Partner)も視野に入れた完成機事業の継続・拡大と、航空産業において確立した新たな技術やビジネスモデルを我が国の産業全体に敷衍し、いわば「公共財」として活用することが、我が国の成長に大きく貢献する。
- 完成機事業には、巨額開発資金を必要とし、長期間の製品サイクルを有することから、産学官が、長期間にわたり同じ方向に向かって行動することが必須である。そのための「国家戦略」策定に向けて、東京大学は積極的に役割を果たしていきたい。
- 完成機事業は広範な内容を持つ産業であり、国内の限りあるリソース(ヒト・モノ・カネ)を効率的に配置する必要がある。そのためには、従来の産業構造の延長ではなく抜本的なイノベーションが求められることから、「和を以て貴しとなす」の精神で日本国内のリソースを結集する必要性がある。
- 国産航空機は、日本人のニーズ・嗜好に合うサービス提供の基盤をつくるとともに、我が国企業との連携強化によるサプライチェーンを構築することで、真に我が国の持続的成長に貢献できる。
- 高品質の航空機製造自体が強みになり得るが、完成機市場の後発として将来において相当の地位を占めるためには、国産航空機を核としたインフラシステム輸出、電動化、省力化・自動化さらにICT化といった我が国の一層の強みを構築することが重要。
- これまで、航空機の安全性確保のルールづくりは欧米中心に進められてきた。50年ぶりの完成機MRJの開発・製造を進める今こそ、国際的なルールづくりに主体的に参加し、航空機製造市場における我が国の地位向上に向けた取組みを強化する絶好の機会である。
III. 地域航空ネットワークの充実
我が国の経済成長及び成長を支える地域活性化には、地域航空ネットワークの充実等により、成長センターであるアジアの経済成長を取り込む必要がある。米国の地域航空会社を参考に、国産航空機を活用した新しい地域航空ビジネスの可能性に関し、一般社団法人次世代地域航空ネットワーク検討協議会において、今後ビジネスモデルの詳細が検討され、実現に結びつくことが期待される。
- 東日本大震災で再認識された地域航空ネットワーク、地方空港の公共的意義を踏まえつつ、成長するアジアを取り込むための地域航空ネットワークの充実が、地域活性化、我が国成長に不可欠。
- 大手航空会社の地域路線を受託運航する米国スカイウェスト航空を参考にした、我が国においてMRJを活用して地域航空ネットワークを運航する新たなビジネスモデルに関する一般社団法人次世代地域航空ネットワーク検討協議会の検討が期待される。
- 地域間の需要拡大とビジネスプレーヤの出現が必要なことに加え、ウェットリース規制や小規模多頻度運航を支える運航要員及び整備要員の確保等の課題に向けた関係者での議論、必要な制度構築が重要。
IV. 航空技術研究開発の更なる推進
我が国航空機製造事業者は、完成機を開発・製造するインテグレータではなかったことから、顧客であるエアラインとのビジネス上の接点が限定的であり、エアラインが有する航空機の技術ニーズを知る機会が与えられていなかった。完成機開発の継続が、顧客ニーズに関するデータ蓄積を可能とし、次世代に必要となる技術及び開発の方向性の獲得に資する。したがって、完成機開発により抽出される技術ニーズを研究開発のテーマとし、産学官が連携してこれに取り組むことで、顧客ニーズを実現した売れる航空機に結び付けると同時に、技術イノベーションに向けた地道な研究を継続して実施し得る体制を構築することが必要である。また、異業種交流の強化による技術波及により、例えば自動車業界との交流による電動化、めっき技術の精緻化等、今後航空分野で取り入れるべき開発技術を明確にする方向性も志向すべきである。
- 完成機事業におけるインテグレータを確立するため、把握した顧客ニーズを研究開発テーマに反映させる仕組みや、研究を効率的に実施する体制、ICAOでの国際標準策定への積極的な対応のための体制構築が必要。
- 産学官連携での技術研究開発に関し、カナダ・ケベック州のCRIAQや米国MITメディアラボには、共同研究過程で生まれた知的財産を、共同研究開発主体である産業界と大学が適切に共同利用できる枠組みが存在する。このような海外事例を参考に柔軟な産学官連携の知的財産権の取扱いを構築することが必要である。
- 異業種交流の強化による技術波及は、航空機製造分野の技術開発を進展させる。特に、自動車は、航空機に比べてはるかに頻繁なモデルチェンジや大量生産を行っており、利用者ニーズの取り込みや生産技術の面で参考になり得る点から、自動車産業との交流は、航空産業の研究開発テーマの先取りに有用と考えられる。
- 環境問題をはじめとする国際ルール策定に関し、産学官連携のオールジャパン体制で国際会議に対応することはもちろん、インナーサークルの一員にもなるべき。
- メンテナンスフリーの飛行機、個人用航空機(PAV: Personal Air Vehicle)等、夢のある航空機の研究開発を進めることができるような研究開発制度の充実を図り、若い世代、特に小・中・高校生が、航空への興味をより一層強く持つようにすべきである。
V. 航空分野で活躍する人材の育成
完成機事業におけるインテグレータには、自らが仕様を決定し、全体の開発状況を踏まえつつ、海外を含むパートナーとの綿密な意思疎通を通じて、担当分野を的確に推進する、現場力、コミュニケーション能力、マネジメント能力に秀いでた人材が生産技術者として、数百人規模で必要になる。このため、大学ではT字型人材や、ものづくり経験とプロジェクト思考を有する人材、国際的に活躍するリーダー人材を大学において育成するとともに、産学官の連携した人材育成体制の構築が必要である。また、製造現場を支える生産技能者を育成するための職業教育の強化、最近、不足が顕在化しているパイロット等の人材確保、さらには航空産業の魅力を積極的に情報発信することで優秀な人材の目を航空産業に向けさせる不断の努力が必要である。
- 完成機事業におけるインテグレータを担う人材確保には、質的な変革が必要であるとともに、運航乗務員、整備士の不足への対応には量的な対応が必要。さらには、国際ルール策定に貢献する人材育成も忘れてはならない。
- 大学における航空工学教育は、航空システム全体を俯瞰できるT字型人材の育成、ものづくり経験及びプロジェクト思考を有する人材育成、要素技術にとどまらないシステム教育の充実、国際的に活躍するリーダー人材の育成を進める必要がある。
- 今後の完成機の量産体制を見込み、製造現場の生産技能者を育てるためには、現在の失業対策を超えて、欧州のような職業教育の充実を、専門学校機能の強化により図ることが必要。
- ムラ社会に陥らずに航空産業機能を強化させるため、産学官相互の人事交流が必要であるが、新卒一括採用と終身雇用という我が国雇用慣行を超えた解決策を、航空産業において先導的に提示、実践していきたい。
(以上)