財政運営への信頼感
2017/10/10
今回の総選挙に際し、安部首相は、2019年10月に予定されている消費税増税の使途を変更し、幼児教育・保育、高等教育の無償化・負担の軽減を図り、「全世代型の社会保障制度改革」を進める方針を示した。若年層への教育投資等を増やすこと自体に反対する人は少なかろう。
難しいのは、限られた財源の中で、支出の優先順位を考えなければならないことである。消費税増税分の現在の使途は、その一部を年金・医療・介護の社会保障費の増大に充て、残りで国の借金を削減するというものである。そこに幼児教育の無償化等の費用が入ってくると、従来型の社会保障費を削減するか、借金返済をさらに遅らせるか、という選択を行わざるを得ない。
老齢化の進展により増加が続く社会保障費については、毎年支出抑制の努力が図られているが、高所得者には給付を大幅に削減するといった抜本的な「身を切る」改革には至っていない。一方、2020年度までに基礎的財政収支を黒字化する(借金をこれ以上増やさない)という「財政健全化目標」は、現時点でも達成困難であるが、今回の消費増税の使途変更は、この目標をさらに遠ざけることになる。
多くの人々は、日本の財政事情が先進国中最悪であることを知っている。同時に、財政が破綻することはないだろうと漠然と感じている。
こうした人々の「安心感」の背景の一つに、ここ数年の日本銀行による超金融緩和策がある。10年物長期国債の金利はゼロ近傍でコントルールされており、政府はほぼ無利子で借金を続けることができる。本来であれば、政府が財政支出のため借金を増やすと借入れ金利が上昇するのだが、日銀はこれを抑え込むという、財政赤字の中央銀行ファイナンスが事実上行われている。日銀の超金融緩和策が続くことの最大の副作用は、財政規律が弱まることである。
もう一つの背景は、日本の経済政策運営に対する信頼感である。日本人の円資産に対する強い選好が、国債の9割以上を国内貯蓄で保有するという環境を作っている。北朝鮮有事の話が出るたびに円高に振れるのは、円が「安全資産」であるとの認識が市場にあるからという面がある。
日銀の超金融緩和策は、永遠に続けられるものではなく、いずれ出口(金融政策の正常化)に向かっていく。米欧の中央銀行でさえ、出口に辿りつくには苦労をしている。財政規律が守られていないと、極めて困難な出口になる可能性が高い。また、円がリスク回避のための資産としての地位を保ち続けられるかは、経済への信頼感が維持できるかにかかっている。
日本は、長年にわたり、財政健全化に向けて様々な目標を立ててきたが、その実績(トラック・レコード)は極めて乏しい。人口減少の中では高い経済成長は望めない。高齢化はますます進展する。こうした中で、財政事情が崖っぷちにきてから急激に増税や支出減を行うことは破壊行為である。社会保障等への需要と、財政の持続可能性の維持の間で、バランスをとるという狭く長い道を探求せざるを得ない。
その時々の短期的な視点に振り回されない、「信頼感のある中期的な財政健全化」の道筋をどう形成し、国民の合意を得ていくか、総選挙における政策論点にしてもらえるとありがたいのだが。
本稿は、共同通信で配信された記事「財政健全化へ道筋示せ」(2017.9.28)を転載したものです。