サウジとイランの対立 − 中東、新たな危機
2018/2/6
国際関係では、いくつかの要因、変化が組み合わさることによって予想を超えた危機が生まれることがある。現在の中東情勢はその典型だろう。シリア内戦の終わり、サウジアラビアの新皇太子、そしてトランプ政権の誕生によって、これまでにも続いてきたイランとサウジアラビアの対立が大規模な戦乱に発展する可能性が生まれているからだ。
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第一の要因はシリア内戦。アサド政権と反政府勢力の戦闘が続くなか、アサド政権とつながるイランはシリアに派兵し、対抗するトルコとサウジアラビアは反政府武装勢力を支援したが、その内戦がロシアとイランの支援を受けたアサド政権の事実上の勝利として終わりに向かっている。イラク、イエメン、レバノン南部のヒズボラにシリアが加わることで、サウジアラビアの国境を取り巻くようにイランと連携する地域が生まれた。スンニ派・シーア派という宗派の別から見ても、またイランの軍事的脅威から見ても、サウジアラビアにとって受け入れることのできる状態ではない。
第二の要素がサウジアラビアの新皇太子ムハンマド・ビン・サルマン氏である。既に国防相のときにイエメンへの軍事侵攻を展開した。皇太子となった後の今年6月にはアラブ首長国連邦などとともに、カタール政府に対する経済封鎖を行った。その公式の理由はカタールがテロ活動への財政支援を続けてきたというものであるが、カタールがイランに接近したことが背景にあることは間違いない。レバノンのハリリ首相をサウジに呼び寄せて首相辞任を宣言させ、サウジ国民にレバノンからの退去を命じている。皇太子は、ヒズボラの排除に応じようとしないハリリを退陣に追い込もうとしたのである。
第三の要素が米国のトランプ政権の外交政策だ。オバマ前大統領は核開発の疑われるイランに対して核開発を抑制すれば経済制裁を解除すると表明して核開発を制限する合意を結んだが、トランプ大統領はこのイラン核合意を厳しく批判するばかりか、そのイランを仮想敵国とするサウジアラビアに接近する。初の外遊先にサウジアラビアを選んで総額2千億ドルを超える商談をまとめ、女婿のジャレッド・クシュナー上級顧問もサウジアラビア訪問を繰り返している。このようなトランプ政権のサウジアラビア接近がサルマン皇太子の強硬策を支えていることは否定できないだろう。
こうしてサウジアラビアはイエメンを攻め、カタールを経済封鎖し、レバノン政府を圧迫するという極度に強気の政策に訴えたが、成果は収めていない。空爆を繰り返して2年半、イエメンでは栄養失調ないし飢餓の危機が生まれていると報じられているが、武装勢力フーシは力を保っており、イラン製に類似したミサイルをサウジに発射した。経済封鎖後のカタールは、イランと断交するどころか食料輸入などで関係を強化している。サウジアラビアで辞意の表明を強いられたレバノンのハリリ首相は、帰国後辞意を撤回し、ヒズボラも含む国民連帯という政策を崩していない。サルマン皇太子の強硬姿勢はイランを封じ込めるどころか、湾岸諸国の分断を進め、サウジアラビアを孤立させる結果を招いており、サウジを支援するアメリカの中東地域における影響力も弱まってしまった。
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シリア内戦の収束を受けて、サウジアラビアがイランへの対抗を強め、それをアメリカが支援する。これだけでも厳しい情勢であるが、それに加えて第四の要素としてイスラエルがある。ネタニヤフ首相がイラン攻撃を企ててきたことはよく知られているが、イスラエル軍とアメリカ政府の反対のために実現することはなかった。だがトランプ大統領はイスラエルの首都はエルサレムであると述べ、米大使館をテルアビブからエルサレムに移転する意向を表明した。これはイスラエルによる東エルサレム併合を承認する動きとしてパレスチナを始めとするアラブ地域に反発を巻き起こしたが、スキャンダルのために支持率の低迷するネタニヤフ首相にとってトランプ政権の決定が追い風となった。
中東は、イランとサウジアラビア・イスラエルが対立し、域外の大国についてはイランをロシア、サウジをアメリカが支援する構図に収斂(しゅうれん)している。現在優勢に立つのはイラン・ロシアの側であるが、サウジもイスラエルも強硬姿勢を崩しておらず、その両国をアメリカが抑制する兆しは見えない。サウジアラビアとイランの対立を基軸として、シリア内戦が終わりつつある中東は、新たな、そしてさらに規模の大きな戦乱へと向かおうとしている。
この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2017年12月20日に掲載されたものです。