ロシアゲートとウォーターゲート − FBIと政府、対立再び

東京大学政策ビジョン研究センターセンター長/法学政治学研究科教授
藤原 帰一

2018/2/27

Photo: K.yamashita

ロシアゲートとウォーターゲート。一方は現在進行形、他方は半世紀近く前の事件であるが、米大統領選挙への政治工作という点では共通している。

ロシアゲートとは2016年に行われたアメリカ大統領選挙に関してロシア政府が選挙工作を行ったのではないか、さらにドナルド・トランプ候補(当時)がそれを知っていたのではないかという疑惑である。この疑いは既に選挙中から指摘され、連邦捜査局(FBI)の捜査もトランプ氏が大統領に就任する前から始まっていた。ジェームズ・コミーFBI長官をトランプ大統領が解任した後、元長官のロバート・マラーを特別検察官としてFBIによる捜査が続けられている。

2月16日、FBIは連邦大陪審が13名のロシア人とロシアのネット企業を起訴したと発表した。起訴理由にはヒラリー・クリントン候補への評価を落としてトランプ候補を支持するようにフェイスブックを使って虚偽の情報を流したことなどが挙げられている。ロシア政府が選挙工作を行ったという事実の解明がほぼ固まったのを受け、ロシアゲートは、選挙工作とトランプ氏の関わりをFBIが示すことができるのかという段階に入った。

*

その46年前の1972年6月、ワシントンのウォーターゲート・ビルで、民主党全国委員会に5人組が侵入したところを警備員が発見した。逮捕された一味が盗聴器を所持していたため捜査にFBIも参加する。ワシントン・ポスト紙の記者ボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインは、この事件がリチャード・ニクソン大統領のもとで行われた選挙工作の一環であることを突き止め、ニクソンは辞任に追い込まれていった。映画「大統領の陰謀」で広く知られるウォーターゲート事件の展開は、権力とメディアの対決に焦点を置いてきた。

ウッドワードはディープスロートとあだ名をつけられた人物から情報を得て取材を進めたが、2005年になって、そのディープスロートがFBI副長官マーク・フェルトだったことが判明する。家族の説得により、沈黙を守ってきたフェルトが事実の公表に同意したのである。そこから判明したウォーターゲート事件の展開は、よく知られるメディアと権力の戦いとはやや異なるものだ。

FBI発足以来長官を務めてきたフーバーが死去した後、FBIが妨害することのないよう、ニクソンは最有力候補であったフェルトではなく、自分に近いパトリック・グレイをFBI長官に任命する。24日公開の映画「ザ・シークレットマン」に描かれているように、翌月にウォーターゲート事件が発覚すると、副長官となったフェルトは捜査を指揮するとともに、ワシントン・ポスト紙やタイム誌に捜査情報のリークを開始した。

大統領再選のための秘密工作を隠蔽(いんぺい)するためにニクソン政権は捜査に圧力を加え、FBIはマスメディアに捜査情報を漏らし、政権の加える圧力に抵抗する。フェルトがリークした理由が長官になれなかった怨恨(えんこん)か、グレイに代わる長官となる策謀か、FBIをホワイトハウスから守るためか、わからない。だが、ここに見える大統領とFBIの権力闘争は、ロシアゲートの構図とそのまま重なるものだ。

*

16年大統領選挙において、民主党全国委員会のコンピューターが侵入を受け、4万以上のEメールがウィキリークスによって公開された。すでに15年末、イギリスの情報機関GCHQはトランプ陣営がロシア諜報(ちょうほう)関係者と接触しているとFBIに伝えていた。ロシアが秘密工作によってアメリカ大統領選挙の操作を試みており、その事実をトランプ陣営が選挙戦中から知っていたとの疑惑が生まれ、FBIの捜査が開始される。

ウォーターゲート事件とは逆に、ロシアゲートでは政権もマスメディアを支えに使っている。トランプ氏はロシア疑惑に根拠がないと繰り返し、フォックス・ニュースなど保守系メディアの一部はFBIの捜査が民主党の党略であると非難している。だが、大統領がフェイクニュースと呼ぶCNNやニューヨーク・タイムズなど主流メディアがロシアゲートの解明に積極的なことは疑う余地がない。

選挙結果と政治工作の因果関係は明らかではない。1972年の大統領選挙では、政治工作など不要に思われるほどの票差でニクソンは再選された。ロシアゲートについてもロシア政府が工作をしたためにトランプ氏が当選したと結論することは、まだできない。

それでも、外国の秘密工作によってアメリカ大統領選挙が左右されたという疑惑の持つ意味は大きい。ウォーターゲート事件から46年、FBIとマスメディアがまた、公然と政府に立ち向かっている。

この文章は朝日新聞夕刊の『時事小言』に 2018年2月21日に掲載されたものです。