政策提言
2013/7/3
はじめに
現在、認知症高齢者の人数は推計で約462万人であり、高齢者全体の15%を占めるまでに増加している1 。知的障害者、精神障害者、発達障害者を含め、これら判断能力が不十分な人々の生活を、今後十分に支援し、その権利を擁護していくためには、成年後見制度をより一層活用していくことが重要となる。この点、当プロジェクトの試算によれば、2030年には約100万人の人が後見制度を利用すると見込まれている。その内訳としては、親族による後見が約50万件、市民による後見が約40万件、専門職や社会福祉協議会等による後見が約10万件であり、後見人が管理対象とする財産も30兆円を超すまでに増大すると推計される2 。後見がこれほどの規模になってくると、後見人の活動が必要とされるレベルに達しない場合、地域の社会・経済活動を鈍化させてしまうことにもつながりかねない。今後、教育を含め後見人のより一層の質の向上と、より積極的な活動の展開が求められる。
このような成年後見について、後見する側とされる側の両方が、十分に納得し、安心して制度を利用できるようにするために、以下では、後見に関するさまざまな提言を、実務の流れに沿いつつ行っていきたい。
1.後見開始申し立て
成年後見制度は、2000年4月に創設されて以降、これまで13年間に約20万人の人々に利用されてきた。各年度の新規案件数をみると、2000年は約9千件であったものが、直近の2012年には3万件を超えるまでに増加している。それでも認知症高齢者や知的・精神障害者の数が800万人(認知症高齢者約460万人、精神障害者約340万人、知的障害者約60万人3 )を超している現状を鑑みれば、これまでの利用件数は決して多いものとは言えない。少なくとも諸外国に比べると、相当に少ないことは確かである。
このように制度利用がいまひとつ伸び悩んでいる背景には、人々が制度そのものを知らない、誰が後見人になるかわからない、費用がいくらかかるのかわからない、申立ての手続きが煩雑など、利用に伴う困難性や不透明性があると考えられる。このような観点から、制度利用の起点となる後見開始申立てについて、その困難性や不透明性を解消するために、以下のような方策が必要と考えられる。
① 後見等開始申立権者の範囲の拡大
現状において、後見が必要と考えられるすべての人が、後見を利用できているわけではない。後見ニーズが取りこぼされていたり、ニーズが把握されても予算の都合などで申立てがされなかった、などといったケースが散見される。それゆえ、後見を必要とするすべての人が制度を利用できるように、後見等開始申立権者の範囲を、現在の本人、親族、市町村長等に加え、本人の主治医、ケアマネジャー、取引先銀行等の利害関係者にまで拡げるべきである。
② 任意後見契約締結時における委任者の診断書提示の義務化
任意後見契約において、契約の内容を十分(場合によってはほとんど)理解できないまま契約を結んでいる委任者が散見される。この点、医学的知識のない公証人が、委任者に契約締結能力があるか否かを判断することは困難であろう。それゆえ、任意後見契約の信頼性や合理性をより一層高めていくためには、契約時に、委任者の委任能力を保証する医学的情報(診断書等)を公証人に提示することを契約成立の要件とする必要があろう。
③ 任意後見監督人選任の請求権者の拡大
任意後見契約の委任者の判断能力が低下し、任意後見を開始すべき(任意後見監督人を選任すべき)状況になっているにもかかわらず、それを行おうとしない受任者がいることが、近年、問題となっている。それゆえ、任意後見監督人選任の請求権者を、保健所や主治医やケアマネジャー等に拡大し、例えば、高齢者の健康診断等を通じて保健所等も開始請求を行えるようにすれば、任意後見が開始されぬまま本人が放置されてしまうといった事態を回避することが可能となるだろう。
④ ケアマネジャーや行政等による後見等開始申立書作成に係る支援の実施
後見等開始申立の書類を記入することは、かなり煩雑で大変な作業であり、一般の人が行うには相当な時間と労力を要する。だが、これを弁護士等の専門職に依頼すると、かなりの費用(数万〜数十万円)がかかってしまう。この点、本人のことを十分把握しているケアマネジャー等が、(可能であれば業として)書類作成の支援を行えるようになれば、記載内容の正確性や充実度も高まり、家裁の審理もより円滑化することが期待される。さらにこの支援を、介護保険における自治体の独自サービスの一つとして実施すれば、後見開始申立がより一層、容易に行えるようになるであろう。
⑤ 後見の診断と鑑定にかかる費用への保険適用拡大の検討
後見等開始の審理に必要とされる本人の診断と鑑定は、かなりの時間と費用がかかるものである。また、面倒なことを避けたい、あるいは専門外ということで、これらの診断や鑑定を引き受けないという医師も一部存在している。今後、後見の利用者数が大幅に増加していく見込みであることを考慮すると、できればこの診断や鑑定が、医師ならびにその他の専門家による保険業務として認められるようにすることが望ましいだろう。
⑥ 要介護認定や障害区分判定への要後見アセスメントの導入
現在の要介護認定調査などに要後見項目を新たに盛り込むことによって、後見ニーズの把握と後見プランの策定が、より容易かつ円滑に行われるようになることが期待できる。その際、要介護認定等における医師の意見書に「法定後見の保佐が必要」などと付記するようにすれば、上記⑤を実施する必要性をなくしてしまうことさえ可能であろう。
⑦ 家庭裁判所における後見人等候補者名簿の公開
一般の人々にとって、適切な後見人候補者を探すことは容易なことではない。それゆえ、市区町村単位あるいは家裁単位で、家裁に登録されている後見人等候補者を、その得意とする分野や実績を付記したうえで公開し、申立人や本人が閲覧できるようにすべきである。
⑧ 後見等開始申立における後見プラン策定の充実化
後見の開始を申し立てる際、後見人等候補者が、家裁に提出する候補者事情説明書に、後見等の「方針」を具体的に記載していない例がしばしば見受けられる。だがその場合、その候補者は無計画に後見に臨もうとしているわけであり、後見人候補者としては適格性に欠けるといわざるをえないだろう。この点、仮に複数の後見人候補者が、それぞれの後見プランを競い合うような運用に改めることができれば、後見人選任における透明性と合理性がさらに増すことになるだろう。またこれに加えて、現行の候補者事情説明書における後見プランの記載箇所の充実と、よりきめ細やかな審理の実施がなされるようになることが望ましい。
⑨ 後見人候補者による後見の費用と報酬の予想額の提示
本人が後見人候補者を選ぶ際、その判断材料の一つとして、候補者が後見にかかる費用と予想報酬額を本人に提示するように、現在の運用を見直すことが有用である。後見申立ての主な動機となっている事柄が、当面の顕在ニーズと考えられることから、これにかかる費用をもとに、3年から5年の中期計画を立てた上で、その費用と報酬額の見込みを示すのである(あるいは、家裁がその概算額を示すという方法も考えられる)。いずれにせよ、これらは後見の利用者にとって、申立を決断する際の極めて重要な情報となるであろう。
⑩ 親族意向調査の廃止の検討
家庭裁判所が、本人に後見人が必要かどうかを審理する際、必ずしも本人の親族の意向等を聴取することが必要とは言えないだろう。この点、現在の後見の実務においては、家族の意向調査にかなりの時間とコストをかけている実態がある。首長申立てを行うために、いまだに半年以上かけて、本人の4親等の親族まですべて調べている自治体も多い。このように、コストがかかる割には必要性が薄い親族の意向調査は、今後、廃止(ないし大幅に簡素化)していくことを検討すべきであろう。
⑪ 申立受付業務の法務局への拡大
一般に家庭裁判所は、市民にとってはなじみが薄く、堅苦しいイメージを持たれている。実際には、家裁の職員の多くは丁寧な対応を行っているのだが、一般の人々は、家裁の敷居の高さゆえに、そこへ赴くことに心理的抵抗を感じているようだ。このような現状を踏まえると、家裁だけでなく、住民にとってより身近な存在である法務局で、後見の申立受付を行うようにすることが望ましい。そしてこのことは、家裁の事務負担の軽減にもつながるだろう。
⑫ 申立書類における記載事項の整理と上申書の重視
現行の申立書類の記載事項には、本人情報等、重複するものが少なからず見受けられる。また、さほど重要とは思われない家族調査に大きなスペースが割かれている一方で、より重要と考えられる後見方針を記述するスペースが十分に確保されていない。このことから、これら申立書類の記載事項を整理することによって、その内容の向上を図る必要があろう。その一方で、本人の関係者によって家裁に提出される上申書には、重要な情報が含まれていることが多いゆえに、可能な限り積極的にこれを提出するよう促すことが重要である。
⑬ 申立書類の行政窓口等への設置
現在、後見等開始申立書類の一般的な入手方法は、家裁の窓口で入手するか、家裁のホームページからダウンロードするかである。しかし、利用希望者が家裁に行けない場合やパソコンを使えない場合も考えられることから、自治体等の窓口にも申立書類を設置することが望ましい。
2.後見開始の審理・審判
続いて、後見開始申立後、家庭裁判所で行われる「審理・審判」についても、いくつかの改善事項を提案したい。
この点につき、利用者が最も知りたいと考えていることの一つは、後見人の選任において、なぜその後見人が選ばれたのか(選任された後見人等が、なぜ自分にとって余人に代えがたく適任とみなされたのか)ということであろう。また利用者は、その後見人はどのような後見をいかなる方法で行ってくれるのか、それにかかる費用の内訳はどうなっていて、総額はいくらぐらいになるのか、といった点にも強い関心があるだろう。
現在の後見人選任に係る実務においては、本人の財産が多く、また紛争性がある場合は弁護士、不動産取引が必要な場合は司法書士、福祉的要素が強い場合は社会福祉士、特に問題が無い場合は親族、身寄りがなくて資産が少ない場合は市民後見、というような場合分けがなされているようにみえる。しかし、このような場合分けに何の説得力も合理性もないことは、当プロジェクトが行った後見業務の評価等に関する研究4 からも明らかである。後見の専門家といえる人材が非常に少ない現状を改善していくためには、後見ニーズの把握方法、後見サービス供給の手法、効果測定の方法などを、より発展させ標準化していくことが有効だろう。そしてこれこそが、後見人選任の合理性を担保するものとなるだろう。「この人に任せておけば大丈夫です。費用等については後でお知らせします」というような審判等の現状は、早く脱却する必要があるだろう。
① 家庭裁判所の担当者による本人面談の義務化
家庭裁判所が後見人を選任する際、その候補者に実際に会わずに、申立書類だけを見て、後見等は必要であるか、この候補者は適任か、代理権や同意権を付与するか、などを決めることは本来できないはずである。審判官が本人と面談することは必須としないまでも、視点を異にする複数の調査官や参与員等が、本人及び候補者と面談することを義務化すべきであろう。
② 後見人候補者に対する研修等の実施
親族後見人の中には、審判の前後に有料でもいいから数時間の研修を受けたいと、当プロジェクトに伝えてくる人もいる。このことから、家裁が直接研修するのでも、家裁以外の機関が行うのでもよいが、後見人の資質向上のための機会を候補者に対して社会的に提供する必要があるだろう。
③ 審理期間の短縮化
後見人選任の審判は、早ければ1日で終わるものもあれば、遅いと数か月かかるものもある。だが、後見開始審判が非常に遅くなってしまうと、本人の利益保護の機を逸しかねない。ゆえに、現在の審理の一層の効率化を図り、審理期間を原則2週間とし、審判が遅れる場合はその理由を申立人等に伝えるべきである。なお、どうしても審理が長引くときは、審判前の財産保全処分をこれまで以上に活用すべきであろう。
④ 審判理由の明示
後見制度開始当初の審判においては、審判書に審判の理由が明示されており、その内容も権威があって、家裁の審理の意味や内容もそれなりに把握することができた。だが最近は、そのような記述がなくなったこともあり、機械的に処理されている感が否めず、家裁の事務処理に不信感を抱く人も少なからずいるようだ。それゆえ他の審判と同様に、審判の理由や後見人等の選任の経緯などの説明をより詳細に示すよう求めたい。
⑤ 候補者が選任されなかった場合における理由の説明の義務化
本人の親族が、後見人になろうと自身を候補者に立てて申立てをしたところ、本人の財産が多いなどの理由で、候補者である親族ではなく、見ず知らずの職業後見人等が選任されるという例が少なからず見られる。このようなケースにおいて、「なぜ彼が選任されたのか具体的な理由がわからない」といった相談が、当プロジェクトに寄せられることも多い。このように後見人候補者の選任を認めなかった場合、家裁は候補者等に対し、その理由に関する明確な説明を行うことが必要であろう。
⑥ 選任された後見人の適格性に関する理由の説明の義務化
裁判所は後見人を選任する際、選任された後見人が他の候補者よりも適任であることの説明を行うことが必要であろう。特に、後見人候補者の選任を認めず、代わりに家裁の候補者名簿の中から後見人を選任した場合には、なおのことそうである。仮に、これに関する合理的な説明が何らなされないならば、家裁と、家裁に候補者名簿を提出している職業後見人及びその職能団体との関係について、何らかの疑念を生じさせてしまうことになりかねないだろう。
⑦ 後見人等の選任に対する即時抗告の認容
仮に、上記の⑤⑥ができないというのであれば、家裁の後見人選任の審判(後見人の適格性等)に対する即時抗告を認めるべきである。そうすれば、現在の利用者の不信や不安はかなりの程度解消され、また制度の透明性がより一層向上することになるだろう。
⑧ 後見人候補者の名簿登載者の経済状況等に関する審査の義務化
近年、職業後見人の横領が多発している背景には、モラルの低下以外に、事務所の経営難などの経済的問題が見え隠れしていることが少なくない。よって、家庭裁判所に提出される後見人等候補者の名簿登載者については、その経済状況等についても記載することを要件とすべきである。そしてこのことは、横領の防止に相応の効果があると思われる。
⑨ 後見類型における監督人選任の必須化
後見開始後、保佐や補助類型であれば、保佐人や補助人の職務執行について本人が要望やクレームを発することができるかもしれないが、後見類型となるとそれも難しくなるので、その場合、後見監督人の選任を必須とすることを求めたい。なお、監督人は必ずしも弁護士等の職業後見人である必要はなく、事案により異なる者がなっても良いだろう。
⑩ 後見等開始審判の抗告期間における本人に対する審判内容の説明の義務化
後見開始等の審判によって、本人は法的に行為能力が制限されてしまうことになるゆえ、その申立ての最初から最後にいたるまで、本人の意向に対して細心の注意を払うべきである。現在はこの点がないがしろにされる傾向にあるので、後見等開始審判に対する抗告期間において、選任された後見人等が、被後見人等に対し、監督人がいればその立会いの下で、審判内容について説明することを義務化する必要があろう。また現行の抗告期間(2週間)については、本人がその旨を知った時を起算日とすべきである。
⑪ 同意行為目録における雇用契約や介護契約等の明文化
一般に、民法13条第1項3号には、雇用契約や介護契約も含まれると解されているが、これらは条文上明記されているわけではない。それゆえ、これらの契約は同意の対象外と考えている人も少なくないようである。だが、被保佐人等の多くは就労や消費活動等を行っているのであり、その主体的で活動的な生活実態を考慮すると、同意行為目録の中に、雇用、介護、娯楽等に係る法律行為を明示することが求められよう。
⑫ 家庭裁判所単位の後見データの定期的公表の義務化
後見にたずさわっている人々(特に自治体)が、後見に関する計画を立てようとする際、当該地域の後見等の実施状況等を把握することが重要となる。現在では、そのために情報開示請求をしたり、家裁の司法統計を閲覧したりする必要があるが、それにはかなりの手間がかかるし、また情報量も圧倒的に不足している。それゆえ家庭裁判所は、定期的に後見に関するデータを広く一般に公表すべきである。
⑬ 医療福祉系に強い調査官等の登用ないし医療福祉的視点を具備した調査手法の確立
後見に関する相談、面談、監督等の分野において、家裁の担当者の個人的資質にばらつきがあることが認められる。例えば、身上監護分野はもちろん、金融を含め実体経済に明るい担当者が少ないように見受けられるゆえ、必要な職務に即した多様な能力を有する職員の配置がこれまで以上に求められる。
3.後見人選任後
上記に加え、後見人が選任された後についても、さまざまな問題や検討課題が存在している。例えば、後見人による横領事件や選挙権復権訴訟などがメディアでもしばしば取り上げられている。このような問題が生じている背景には、現在の後見が、単に本人の財産を管理するための手段・方法となっており、その管理や行為等について本人がどのように考えているか推察しようとする努力が十分になされていないことがあるように思われる。その意味では、後見人にとって、本人と円滑なコミュニケーションを行い、その意思をできるだけ正しく推察する能力は必要不可欠なものといえる。
このようななか、当プロジェクトでは、およそ400近い後見事例を対象に、後見実務に関する実態調査を行った。これにより、親族後見人や市民後見人をはじめとして、一生懸命に、本人の声に耳を傾け、日々業務に励んでいる後見人の姿がみえてきた。また、後見人がつくことによって、本人の生活が以前よりも安定・向上し、心理的にも穏やかになるケースも少なくないことが確認された。このように、後見業務におけるネガティブな面を抑制しつつ、ポジティブな効果をもたらすための方策について、以下のように提言したい。
① 後見プラン提出の義務化
後見人選任後、後見人は、本人の財産目録を家庭裁判所に提出するだけでなく、その財産をいかに活用するか、そしてそのために必要となる代理権や同意権等をどのように行使するか、などについてのプランを併せて提出することが必要である。これにより後見人は、中長期的な後見活動の予定を立てることができ、また計画的な財産管理を行うことが可能となる。加えて、この後見人のプランの立案に対する専門的支援の実施についても、今後の検討課題とすべきであろう。
② 行政に対する後見人就任届出の義務化
介護保険サービスの手続き、住民票の届出、税務申告などといった、公的サービス関連の業務について、後見人の意識を高め、その活動をより合理的なものにするために、行政に対する後見人就任の届出を行うことが望ましいと考えられる。これにより、届出を受ける行政において、窓口の手続をより円滑かつ効率的に進めることが可能になるだろう。
③ 被補助人等であることの証明書の交付
被補助人等が、取引の相手方に対し、補助人等の同意を要する行為について、自らの意見を表明しようとする際、相手方に対し、被補助人等であることの顔写真付き証明書を提示できると便宜である。これにより、補助人等と相手方との間のやりとりをより円滑にするという効果も期待できよう。加えて、後見人等であることの証明を容易にするため、後見人等の顔写真付きの証明書も交付するようにすれば、実務上、より便利になるであろう。
④ 取引の相手方に対する後見利用の有無の識別手段の提供
上記③が難しい場合、銀行、保険、証券、不動産、旅行その他の民間業者等に対して、契約締結後に限って、契約相手が後見利用者であるか否か識別する手段(登記事項証明書の閲覧など)を提供することによって、催告権を行使する機会を十分保証すべきである。これは、市場における取引の安全をはかり、経済活動を円滑化するためにも必要な措置であろう。
⑤ より頻繁な業務報告(およそ3ヵ月ごと)の義務化
現在は、およそ1年に1回、家裁に対する後見人の事務報告が行われているが、これでは、財産管理の結果に対する評価のみに重きが置かれ、その管理の過程における努力や工夫に対する評価が疎かになってしまう。また、横領や職務怠慢などを迅速に把握して、これを是正する機会を逸することにもつながってしまう。適正なプランに基づいた報告が適度な間隔でなされ、それに対して的確な指導が行われることにより、後見人等の職務の質の向上が一層はかられるであろう。
⑥ 後見報酬の算定根拠の提示
後見報酬については、例えば、3年間ほぼ同じ業務を行っただけなのに毎年報酬が3割ずつ上がったとか、過去5年で700万円の報酬が出たなどの事例を見聞するにつけ、後見報酬の決め方が非常に不可解であることに驚かされる。 この点につき現行の後見報酬は、およそ次のような方法で決められているようである。すなわち、基本報酬が月額約2万円(財産の多寡に応じて月額3万〜6万円)で、さらに付加報酬として、特別な身上監護をした場合には基本報酬の半額まで増額、また訴訟・遺産分割協議・不動産売却などを行った場合には、その額に応じて数10万円から100万円超の増額、などの運用がなされている。だが、後見報酬の決定をより合理的で公平なものにしていくためには、家裁は、報酬額の算定基準をあらかじめ一般に開示したうえで、個別事案ごとにその積算根拠を示しつつ、後見報酬を決定すべきであろう。
⑦ 後見人に対する本人等の評価に関するヒアリングの実施
後見業務の質を、今後、より向上させていくためには、後見人の業務に対する評価を実施することが有効な手段となる。その際、その評価主体としては、後見サービスの受容者である被後見人等(およびその親族等)が行うことが最も望ましいであろう。本人による評価をできるだけ客観的にヒアリングし、主観的な評価(満足度等)も加味しつつ記録として残すことにより、後見人の業務の標準化、品質の向上、効率性の向上などにつなげていく必要があるだろう。
⑧ 銀行やケアマネジャー等による後見人等の業務実態の報告
後見人等に権限濫用や職務怠慢などがないか家裁が把握するためには、取引の相手方から、後見人等に対する評価について報告を受けることが有用である。この点、これらの評価・報告に要するコストは、顧客管理の観点から、取引の相手方に自己負担してもらうことが望ましいだろう。なお、相手方からのこの報告に対する評価は、第三者の立場で行う必要があるゆえ、後見人等を選任した家裁以外の者が行うのが適切だろう。
⑨ 後見人に対するポジティブチェックの充実化
後見制度は、本人の自己決定権の尊重、残存能力の活用、ノーマライゼーションの促進等をその基本理念としている。現状においては、家裁(ならびに後見監督人)は、後見人に対して、往々にして、悪いことをしていなければよいという観点からネガティブチェックのみを行う傾向にある。それゆえ、家裁以外の機関が、本人の資源を有効活用できているかなどといった視点から、そのチェックを行えるようにすることが望ましいだろう。その場合、問題となるのは、その制度運用の財源をどうするかである。これについては、後見人等の意思決定支援という観点から後見人等が負担すべきものとするか、それを法律行為に伴う事実行為と捉え後見費用として被後見人が負担すべきものとするか、あるいは、それ以外の主体が負担するのか、試行錯誤しながら検討していく必要があるだろう。
⑩ 後見人の更新制度の創設
家裁が後見監督を行う際、引き続きその後見人に任せることが適切か、また報酬や費用を含む次年度の後見計画をいかにするかなどを検証するため、後見人等の任期を2年程度ごとに更新する制度を新たに設けることが有用である。例えば、そもそも当初の後見人の選任に問題があったとか、後見人の活動を通じて本人の生活が安定して後見が必要なくなった、などといった事案の場合、その更新を行う理由はないであろう。そしてこの制度の実施により、結果として、不適切な後見人は淘汰されていき、必要な後見人だけが残っていくことになるだろう。
⑪ 監督報酬に対する公的資金投入の検討
後見人は本人を代表する主体であるが、後見監督人は家裁の委託を受けて(ひいては社会全体を代表して)後見人をチェックする機関であると考えることができる。このように捉えた場合、その費用(監督報酬)の財源に公的資金をあてることも、検討されてしかるべきであろう。さらに、監督人は状況により本人を代表しうるという現行の制度を改めれば、一層この方向に傾くことになろう。
⑫ 後見保険の内容の充実化と加入の義務化
後見保険については、職業後見人の場合、業務に付随して損害保険に加入する例が多い。その一方で、2012年度より、市民後見人やNPO等も加入できる保険が販売されるようになっており、今後、親族後見人も対象とし、横領による損害もカバーするという方向で検討されている。本人ならびに後見人を保護する観点からいえば、後見人は、業務を行うに際してこれらの保険に加入しておくことが求められよう。
⑬ 死後事務の制度化
被後見人等が亡くなったとき、これに伴って葬儀等の事務や諸費用の支払、行政に対する届出等の事務が必然的に発生することになる。一般に、本人と長期に関わることが多い後見人は、これらの事務を処理するのに、より適していると考えられる。それゆえ、制度上、後見人が死後事務の処理を行うことができるよう、また、その対価が後見報酬に盛り込まれるように、今後、制度を改正していくことが求められよう。
4.その他
続いて、被後見人に関連する医療や介護等と後見との連携、成年後見をめぐる家裁と行政との連携等を視野に入れて、より包括的な視点から提言を行いたい。その際、特に「自治体と成年後見」という観点から、報酬助成、後見人の養成、後見実施機関の在り方等について具体的に言及する。
① 判断能力が不十分な生活保護受給者等に対する後見サービスの提供
判断能力が不十分な人が、公的年金や生活保護等を受給しても、うまく管理できない可能性が高い場合、いったん後見人を就任させてこれを支給し、本人がその財産を適切に利用できるように環境が整った後に、後見人等は辞任するという仕組みの導入について検討すべきだろう。例えば、その支給を本人に行うのか家族に行うのかといった微妙な線引きの問題などについても、後見人を置くことで調整が可能となるであろう。
② 介護保険契約等における無権代理の防止と啓発
現在、自治体や介護職等の人の中には、家族の同意があれば介護保険契約等は結べると信じている人が少なくない。一方、厚生労働省は、それは誤解であり、法的な代理人をたてる必要があると指導している。つまり、現行の介護契約等の多くは無権代理契約であり、無効ないし取り消し得べき契約である可能性が高いのである。だとすると、そのような脆弱な基盤の上に成り立っている介護給付の制度は、今後、抜本的に見直される必要が生じるかもしれない。措置から契約に移行した介護に連動して制度化された感のある成年後見制度だが、今後は逆に、後見制度の側から介護契約の在り方が見直される可能性も出てきたといえる。
③ 地域の福祉計画等に対する成年後見施策の導入
近年、高齢者や障害者の福祉の充実という観点から、自治体に対し、後見開始等の申立て、後見費用の助成、後見人の育成、後見実施機関の設置・運営等に係る施策の策定と実施が、義務化ないし努力義務化されるようになってきている。だが実際には、具体的で合理的な計画を立てて、これらを運用・実施している自治体は依然として少数であり、さらに、努力義務だからやらなくてもいいと考えている自治体も少なからず存在している。これについては、義務付け訴訟を提起するなどの意見もあるようだが、まずは自治体等が自主的に計画に盛り込んで推進していくことが望まれる。
④ 「後見センター」の実質化
現在、自治体がみずから後見関連施策を展開するのではなく、社会福祉協議会に対し、成年後見に取り組むよう、いわばお願いしているだけのケースが少なくないように見受けられる。この点、社協の取り組みも地域によってまちまちであり、後見を受任して精力的に活動している社協もあるが、その一方で、相談に応じるだけ、職業後見人に後見事案を振るだけ、市民後見人に対して指導するだけ、といった社協も多い。そしてそのような社協でも、「成年後見支援センター」などの名称を用いている場合が多い。これまでと違い、後見がある程度普及してきた現在においては、社協は、後見ニーズの発見、後見利用支援、後見受任、受任者支援等をワンストップで行える後見実施機関として位置づけられるべきと思われる。後見の相談、振り分け、指導だけであれば、地域包括支援センター等の相談業務に含めておけばよいのであり、新たに後見センターという看板を掛けるまでもないだろう。その場合、同一の業務が重複することで無駄なコストが発生するだけということを認識すべきである。
⑤ 後見に関する障害施策と高齢施策の統合ないし連携の促進
自治体(特に人口数千人の小規模自治体)において、後見に関する施策を、障害者と高齢者の分野に区分したうえでそれぞれ実施することは、非常に大きな無駄が発生することになる。この点に関する1つの工夫としては、個々の事案によってケース検討会を障害者と高齢者の分野で連携するとか、職員や予算等のリソースを案分する、などといったことが考えられる。介護等の分野では両者の統合はままならなかった感があるが、後見の分野であれば統合可能な部分もかなり多いと考えられる。
⑥ 自治体が後見人となる制度の創設に関する検討
現在、特に小規模自治体においては、後見人になりうる専門職はほとんど存在せず、社協や市民の後見もコストがかさみ、また親族後見においては多くの場合老々後見になってしまう、といった現実がある。この点、小規模自治体では地域包括センターが自治体の直営であることも多いことから、絶対数が足りない後見人の役割を自治体自身が担う、という発想がなかば必然的に生まれてくることになる。そしてこれを現実に実行に移す場合は、要介護認定の不服申立て等について利益相反が生じないようにすること、また、特定の職員のみが後見事案を処理するのではなく組織的に処理を行う仕組み作りをすること、さらにその業務の方法を可視化すること、などが必要になると思われる。諸外国では、行政が後見人の役割を担う制度が実施されている(あるいはかつて実施されていた)ところもあり、今後日本においても、その制度の実施と課題に関する検討が行われてもよいだろう。
⑦ 後見人の業務報告に基づく自治体独自の基準による後見報酬助成の実施
現在、自治体によって実施されている後見報酬助成の多くは、家裁の報酬付与審判書をもとに、被後見人が在宅であれば月2万8千円、施設等に入所していれば月1万8千円を、それぞれ上限に、自治体が助成を行う、という内容になっている。しかし、自治体がその財源でもって助成を行う以上、当該自治体に対して業務報告を行うよう後見人に求める必要があるだろう。例えば、銀行に行ってお金を出し入れするのは2000円の業務、ケアプランの見直しは5000円の業務、不動産の売却手続等は10万円の業務とするなど、業務内容およびその単価表を作成し、後見人が実施した業務内容を確認した上で、それを積算して対象期間の報酬額を決定すべきである。それでもなお、家裁の審判結果に従うというのであれば、家裁にその報酬額の積算根拠を求めるべきであろう。
⑧ 後見報酬助成の対象の親族後見人への拡大
現在、ほとんどの自治体が、後見報酬助成の対象者に親族後見人を含めていない。しかし、被後見人に資力がない場合に、その自治体が被後見人に代わって報酬を支払うのが助成制度の趣旨であることから、親族が後見人であっても、公平性の観点から当然に支給対象とすべきである。。これにより、配偶者後見中心の禁治産制度から生まれ変わった現行成年後見制度の理念を、より充足させていくことにつながると考えられる。
⑨ 社会的・地域的要請に応えるための時限的後見制度創設の検討
本人にとって特に必要ではないが、社会的・地域的な要請(土地区画整理等に伴う不動産の売却や、荒廃した家屋の処分など)により、本人の不動産の処分(農地や商業用地等の売却等)を行う必要に迫られることがある。その際、所有者の判断能力が低下している場合、当該不動産を処分するためには何らかの代理人を立てる必要がある。この点、成年後見制度を利用した場合、基本的に後見は本人が亡くなるまで続くため、この問題の解決策としてはあまり適当でない場合も多い。それゆえ、このような問題に制度的に対応可能とするために、例えばスポット的な後見(社会的・地域的な要請に基づく特定の不動産処分等を目的とする時限的後見)を可能とする制度を新たに創設することも今後の検討課題とすべきであろう。
⑩ 成年被後見人の遺言作成のために医師2人の立ち合いを要した場合の報酬の付与
成年被後見人の遺言作成のために、法律に従って医師2人の立ち合いを求めた場合、被後見人にとって直接の経済的利益になるわけではないが、その業務を後見報酬の対象として考慮すべきであろう。これは、本人の精神上の利益の観点からは非常に重要な事柄であり、また医師2人を手配することは他の業務に比して容易でないことから、このような特別の対応が必要になると考えられる。
⑪ 判断能力が不十分な人とコミュニケーションを行う能力の判定の実施
諸外国に遅れたものの、わが国でも、障害者総合支援法において、障害者の相談等に従事する者の責務として、本人の意思決定支援が求められるようになってきた。今後は、後見活動の中でもとりわけ重要な本人理解の基礎となるコミュニケーション技術の検定ないし教育を義務化していくことが必要になってくるだろう。これにより、「本人に説明しても理解されない。ゆえに本人に説明を行わない」などといって、後見人が勝手に財産を動かしたり、施設入所契約を結ぶなどといった事案が、今後はより少なくなっていくと考えられる。
⑫ 後見人の検定試験(認定後見人)の創設
海外には、検定を通じて後見人を認定する仕組みと、認定された後見人等に対し業務支援を行う仕組みとが併存している国も存在している。他方、わが国においては、職能団体内での研修、及びそれを受講した者の名簿の家裁への提出という一連のルートはあるが、そのような偏った狭いルートだけでなく、すべての後見人に開かれた教育と検定(認定)の機会を設けるべきである。特に研修等を受ける機会が皆無に等しい親族後見人のために、これを実施することが重要になるだろう。また自治体による後見人の養成に絡めていえば、「わが町の市民の後見人として、わが町の地域社会資源をどのぐらい知っているか」などを検定で問うことも、実務上必要になってくると思われる。
⑬ 後見を行う法人の設立に対する融資制度の創設
一般に、法人で後見を行うことのメリットとしては、その継続性や人材の多様性などが挙げられることが多い。それゆえ、今後、後見を担う主体として、これまで以上に法人を活用していくことが期待されている。だが、後見報酬が1年後にならないと入ってこないことや、設立直後の事務所経費などを考慮すると、後見を行う法人の新規設立に対する低金利の融資制度の創設などが必要になってくると思われる。熱心な人々が採算度外視で法人を立ち上げることに期待するだけでは、社会で必要とされる後見サービスを十分に供給することは難しいだろう。
⑭ 後見制度支援信託の受託者の範囲拡大
現行の後見制度支援信託制度は、その受託者が国内の主要な信託銀行に限定されている。だが、地域に根差している信金やJA等の多くも信託機能は有していることから、受託者の範囲をこれらにも拡大し、地域のお金がその地域で管理・流通されるよう配慮すべきである。その一方で、後見支援信託専門の法人の立ち上げについて、検討を進めるべきであろう。そうすれば、衆参両院で付帯決議がされたものの、いまだ実現されていない、いわゆる福祉型信託の環境整備につながっていくものと思われる。
⑮ 退院支援等の事務の一環としての後見の申立事務等の実施
近年、精神保健の分野では、その施策の中心が、本人の入院から、地域での生活の実現へと大きく移行している。この精神保健の流れに即してみれば、必要な場合に本人に後見人をつける支援を行うことを、退院支援の一部と考え、医療や介護等のサービスの中で、これを業務として扱えるようにしていくべきであろう。
⑯ 代理権は任意後見で、同意・取り消しは法定後見で行うことを可能とする制度の検討
現行法では、任意後見と法定後見は併存しえないと解されているが、実務上、これらを併存させてはならない強い理由は見当たらない。逆に、本人の利益保護のためには、代理権と同意・取消権の双方を行使することが必要とされる場面も少なからず存在している。代理権行使の回避を志向する欧米諸国の傾向に鑑みても、両者を併用して運用することの可能性とその課題について、日本でも今後、検討していくべきであろう。
⑰ 成年後見制度の普遍化を目指す諸研究の推進
今後、事例研究や法解釈論等に加え、後見関連法をベースに、成年後見制度をより普及させていくための研究を、特に短期に集中して推進していくべきである。これにより、現在のような民法や医学分野の研究者だけでなく、後見の実務に即したより多様な学問分野の研究者や実務家が参加することができるようになり、成年後見制度の透明性や普遍性が高まって、市民生活に根差した制度にしていくことが期待できよう。
終わりに
当プロジェクトでは、成年後見推進の観点から、判断能力が不十分な人の社会・経済性の回復と医療・介護を含む地域経済のさらなる活性化を図る活動を目指している。今後も、行政、大学、金融等の民間企業、一般社団法人後見人サポート機構、市民後見人養成講座の修了者(学校教育法105条による履修証明書交付者、現在2000名弱)や受講者(主に中高年層)、等とのネットワークを通じ、全国各地域に所在する高齢者や障害者に関する個別事案の解決を支援しつつ、成年後見を中心とする実証研究を展開しながら、長寿福祉社会の諸問題に関する政策提言を行っていきたい。
- 厚労省の研究班による調査(2012年)。
- 最高裁判所 「成年後見関係事件の概況」(各年度)、東大市民後見プロジェクト 「成年後見の実務的・理論的体系化に関する研究」(2012年)に基づき推計。
- 厚生労働省「障害者白書」(2001〜2012年度)に基づき推計。
- 東大市民後見プロジェクト 「成年後見の実務的・理論的体系化に関する研究」(2012年)