政策提言
我が国の緊急事態対処・レジリエンス強化に係る提言
2018/2/20
この政策提言は、JST-RISTEX「科学技術イノベーション政策のための科学」研究開発プロジェクト“市民生活・社会活動の安全確保政策のためのレジリエンス分析”(平成25〜28年度、研究代表者:古田一雄東京大学大学院教授)の研究成果の一部である。全文ならびに英語版は下記のPDFをご覧ください。
はじめに
研究プロジェクトでは、大規模自然災害やパンデミックなどの脅威シナリオにおける市民生活・社会活動や国家中枢活動に不可欠な機能の確保の在り方を検討するため、首都圏を対象とした重要インフラの統合シミュレーション分析およびレジリエンス総合評価を行うとともに、国内外の緊急事態対処に係る法制度・組織体制などに関し調査、考察した。これらの結果・知見を踏まえ、“緊急事態対処・レジリエンス確保には、複雑なシステム挙動への理解と包括的なマネジメント能力が不可欠であり、オールハザード・アプローチを基本とし、政府機関一体(WOG)・学術界一体(WOA)・官民パートナリングの実現が鍵となる”という考え方のもと、以下、我が国の緊急事態対処に係る法制度、国家レベルの事態対処・危機管理機能の制度・組織設計、重要インフラ防護・レジリエンス強化のための研究政策・制度について提言する。
緊急事態対処に係る法制度
国家中枢機能を襲う首都直下地震や広範に太平洋沿岸域を襲う南海トラフ地震、重要施設等へのテロ攻撃やサイバー攻撃が複合的に襲う事態、これらはその直接的影響が国土の広範囲に及ぶとともに国の経済および公共の福祉に重大な影響を及ぼすと想定されるが、災害対策基本法を中心とした我が国の災害対策法制では対処困難である。このような認識に立ち、国家レベルでの緊急事態対処に係る法制度について二点提言する。
社会経済活動が広域かつ重層的に繋がり相互依存性が高まっている現況、更にこの姿が進化する将来社会を見据えたとき、質や規模の異なるハザード・脅威が同時あるいはカスケードに顕在化し大規模複合災害となっても、国民の生命・健康、財産そして環境への損害を最小限に抑え、緊急事態により損なわれる可能性のある市民生活および社会経済活動を支える社会の重要な機能を早期に回復し、効果的かつ効率的に緊急事態対処、復旧・復興を実現するためには包括的で実効的な法制度を構築する必要がある。 国内緊急事態対処法(仮称)の設計にあたっては、以下の点を検討し規定することが望まれる。
- ①現在個別法(災害対策基本法、国民保護法、警察法、自衛隊法など)で規定されている「緊急(対処)事態」を統一的に定義するとともに、具体的な構成要件を明確化する。具体的には、政府が迅速かつ主導して対処するプッシュ型事態対処を念頭に、「緊急事態」を内閣法15条の内閣危機管理監が統理する事態を参考に“国民の生命、身体または財産に著しく甚大な被害が生じ、または生じるおそれがある緊急の事態”と定義することも一案である。なお、国家安全保障会議設置法にある重大緊急事態や国家緊急権の議論にある緊急事態(戦争・内乱・恐慌ないし大規模な自然災害など、平時の統治機構をもってしては対処できない非常事態)とは明確に峻別する。
- ②緊急事態の起因事象となるハザードや脅威としては、自然起因、技術起因及び人的行為起因のハザードを対象とし、いわゆるオールハザード・アプローチに基づく対処規定とする。これは、従来の災害類型別の対処規定ではなく、複合型の緊急事態を含む如何なる事態においても共通する国民の生命・健康、市民生活および社会経済活動を支える社会の重要な機能への影響を最小限に抑えることを最優先し、それを政府機関全体が一つの組織として直ちに総合力を発揮し効果的かつ効率的に行動するという考え方を基盤としている。
- ③国内緊急事態対処法は、破局的な事態を想定し、国が権限を発動するプッシュ型事態対処である。従って、従来の災対法を核としたプル型事態対処とは異なることを明確にし、その全体スキーム、関係主体の役割・権限・責任および発動要件・手続きを明確に規定する。
- ④緊急事態宣言によりスタンバイ法(後述)が執行されることを規定する。
- ⑤国民の生命・健康、市民生活および社会経済活動に重大な影響を潜在的にもたらすハザード・脅威に関する国家リスクアセスメントの実施を政府(国内緊急事態対処局)に義務付ける。同じく、広域行政区域(道州レベル)を設定し、地方公共団体共同による広域リスクアセスメントの実施を義務付ける。また、これらリスクアセスメントから得られる知見の活用(資源配分の優先順位付け、緊急事態対処能力の脆弱性同定、レジリエンス計画策定の基本情報、政府機関や地方公共団体におけるリスク認識の共有など)について規定する。
- ⑥重要インフラストラクチャ(日常生活に必要不可欠、または国家として社会的、経済的に継続するために必要な施設、システム、拠点、ネットワーク、サービス)であるエネルギー供給(電力、ガス、石油)、情報通信(通信、放送)、交通・物流(道路、鉄道、航空、海路、港湾)、水道(上・下水道、工業用水道)、金融、医療、食糧、緊急対応(自衛隊、警察、消防、避難所等)、政府機能(地方自治体を含む)の防護およびレジリエンス確保を明確に規定する。具体的には、重要インフラ事業を所管する府省庁に対してセクター・レジリエンス計画(年次、長期計画)の官民連携による策定を義務付ける。
スタンバイ法を予め準備することは、1)現場の行政官に、法を遵守するか、危険除去や迅速な復興のための措置のために不法を甘受するかの判断を強いることも防ぐことができる、2)平時において検討することにより費用対効果を考慮した合理的な判断が可能となる、3)平時の備えとして、スタンバイ法の制定と適用訓練は、中央省庁、地方公共団体の行政官、法適用対象業界等に対し、想像力を働かせ想定外を減らす思考実験の機会を提供、法制度適用の訓練を強いる、という意義をもつ。スタンバイ法の主なポイントは以下の通りである。
- ①阪神淡路大震災や東日本大震災そして福島第一原発事故の大規模災害における被害拡大局面や復興局面で認めた法制度上の特例措置、中央省庁の通知によって行われた規制緩和措置(一種の超法規的措置を含む)を洗い出すとともに、緊急事態時の緩和措置などの運用要件について官民で検討・協議し、行政法規の特例セットを用意する。
- ②法律に関しては、平時の法律に対する特例を認める法律を作動させるための要件を法律上定めておき、その要件充足の認定権限、当該特例の空間的・時間的な適用範囲を、政令で定める(閣議が召集できないときは内閣総理大臣が定める)。同様に、地方公共団体においても、議会が召集できないときに備えて、条例の特例措置を定め、その発動を知事の権限に委ねるような規定を整備しておくことが考えられる。
- ③スタンバイ法の適用は、前述した国内緊急事態対処法に基づく緊急事態の宣言により執行される。執行期間延長については国会承認を要件とした執行権の権限乱用の歯止めを用意する。なお、特例措置の一括適用か部分適用については緊急事態の特性に依存することに留意し、その実施方法を検討する必要がある。
- ④緊急時の対応では、行政が民間事業者等に要請して協力を得ることが基本となっている。行政が要請をこえて強制力をもって民間事業者等に対して(必要な)措置を講じるとされている場面において、現状ではその根拠法は平時の許認可・命令権限に求められているが、スタンバイ法により緊急時における行政の権限を明確にする。
国家レベルの事態対処・危機管理機能に係る制度・組織設計
平成27年3月に取りまとめられた政府の危機管理体制の在り方に関する関係副大臣会議の報告書は”現行体制でよし“と結論したが、直接的影響が国土の広範囲に及ぶとともに国の経済および公共の福祉に著しく甚大な影響を及ぼす事態に政府機関が一体的に迅速に効果的かつ効率的に対処、復旧・復興を実現するために必要な機能とは何か、その組織制度をどう設計すべきかの検討が必要である。このような認識に立ち、国家レベルの事態対処・危機管理機能に係る制度・組織設計について三点提言する。
現在、政府の初動対応体制は内閣危機管理監の統理の下、ハザードの種類に関わらず内閣官房(事態対処・危機管理担当)で一元的に総合調整されるが、その機能を初動時に限らず事態終息・回復まで継続し強化することが重要と考える。
現在の我が国の内閣危機管理監を中心とした事態対処・危機管理体制の下に、内閣官房(内閣サイバーセキュリティセンター、国土強靭化推進室、新型インフルエンザ等対策室、空港・港湾水際危機管理チーム、国際感染症対策調整室)、内閣府(防災担当)、中央防災会議を一元化し、国内緊急事態対処局を創設し、内閣危機管理監を局長とする。国内緊急事態対処局は国内緊急事態対処法を所管し、国民の生命、身体または財産に著しく甚大な被害が生じ、または生じるおそれがある緊急の事態への準備、対応(危機管理、影響管理)、回復の3段階に関わる危機管理・レジリエンス全般の政策形成と府省庁横断的な調整を担う政府司令塔機能を担う。国内緊急事態対処局は、国防、重大緊急事態対処および国家安全保障に関する外交・防衛政策の基本方針・重要事項を扱う国家安全保障局と対をなすものと位置づける。
国内緊急事態対処局では、以下の事項を所掌する。
- ①緊急事態対処に備える国家リスクアセスメント(NRA)の実施・活用
国内緊急事態対処局長はNRAの実施責任者として、府省庁間リスク評価作業部会(仮称)を設置し、府省庁連携・部門横断の下、NRAを実施する。NRAから得られる知見、特に共通的コンセカンス(緊急事態の結果として合理的に予想される被害の最大規模や被害継続期間や影響を含む)の情報はレジリエンス強化戦略の基本情報として、国内緊急事態対処局は国家レジリエンス計画想定において参考とし、国家レジリエンス能力プログラムを策定する。そのため内閣官房国土強靭化推進室の役割と人材は再考することが望ましい。 - ②府省庁横断的対応を可能とする主導・支援省庁システムの設計と府省庁業務継続計画の総合的観点からのチェック
現在の緊急事態対処は、内閣官房の総合調整後、各府省庁が緊急事態の種類により規定された根拠法に基づき所掌事務に関して分担し、それぞれが一義的に判断し対応する、いわゆる分権的・多元的なシステムである。オールハザード・アプローチによる緊急事態対処の実現には、分権的・多元的システムを前提とするなら、各府省庁は当該所管業務の社会的機能面から見た時間的展開も考慮した相互依存性を明らかにし、効果的に社会的機能確保を可能とする新たな仕組み(主導省庁、支援省庁の指定と各権限と責任)を設計する必要がある。検討にあたっては、英国のLGD(主導省庁)システムや米国NRF(国家対応枠組み)の緊急事態援助機能ESFが参考になる。国内緊急事態対処局は、府省庁の協力を得て上述の設計を行うとともに、この仕組みの設計過程で明らかとなる府省庁業務の相互依存性に係る知見に基づき、政府機関一体の観点から各省庁の業務継続計画の整合性・十分性を精査する。 - ③スタンバイ法の執行状況の監督
国内緊急事態対処法に基づく緊急事態の宣言によりスタンバイ法は発動する。国内緊急事態対処局は、特例措置の一括適用か部分適用については緊急事態の特性に依存することに留意し、決定し、関係府省、地方公共団体、指定公共機関に適用する特例措置リストを速やかに通知するとともに、特例措置の執行状況を監督する。 - ④重要インフラ防護・レジリエンス強化に関する諮問委員会の設置・運営
各重要インフラ・セクターのオールハザードに対する脆弱性及びリスクの把握(セクター・レジリエンス計画策定を義務化)を行い情報および認識の共有を図るため、重要インフラ事業を所管する省庁・部局の合同会議を組織する。この合同会議の結果を基に、リスク緩和及びレジリエンス方策に関する省庁横断的な資源の配分と優先順位付けを行う国内緊急事態対処局長の諮問委員会(財務省は必須)を設置する。 - ⑤重要インフラ事業のセクター・レジリエンス計画策定の支援とパートナリングの強化
国家レベルの危機管理・レジリエンス機能の強化を図るには、民間の重要インフラ事業者も含めた相互の能力(コケイパビリティ)の醸成が重要であるため、セクター・レジリエンス計画の策定にあたっては、業界団体を通じたインフラ事業者との連携により集合的な脆弱性・脅威を評価し、知見と認識の共有を通しパートナリングの強化を図る。その際、国内緊急事態対処局は、重要インフラに対する共通的な脅威シナリオ(攻撃方法、戦術)、全般的な脅威環境、インフラ別の脅威情報(インテリジェンスベース)を提供する。 - ⑥緊急時総合調整システムの構築と状況認識能力の高度化
大規模な緊急事態対処は大規模なマネジメントを要する複雑な作業である。プッシュ型事態対処においても、あらゆる事態に共通する非常に基礎的な部分は標準化を図り、現場には自律的権限を与え臨機応変な対応を可能とすることが重要である。指揮・組織運営能力の向上に向け、米国の国家事態管理システムNIMSで活用されているICSを参考に緊急時総合調整システムを構築する。緊急事態対処局は、多次元情報を収集・共有・表示する統合的なアプリケーションによる状況認識能力の高度化と関係者間で状況認識を提供・共有するインターオペラブルなシステムの構築を図る必要がある。 - ⑦緊急事態における科学的助言システムの構築と運用
国内緊急事態対処局にも社会的機能確保の観点から学術・実務分野の専門家から構成される科学的助言システムを構築、運用することが求められる。
現行の府省庁の緊急事態対応の組織構造は、平時業務の延長から想定された非常時優先業務(非常事態対応業務と重要一般業務)に基づき設計されている。従って、業務担当者は訓練を通して緊急時におけるスキルを獲得するが、本質的に平時の業務、思考を持つため、著しく甚大な被害が生じる事態への対処能力や思考の醸成は有しているとは言えない。そのため、各省庁(特に国土交通省、経済産業省、総務省、外務省、環境省)に省内横断的でオールハザード対応の部署(省内の総合調整、国内緊急事態対処局及び主導・支援省庁とのリエゾン機能、セクター・レジリエンス計画策定の事務局機能)を大臣官房に創設し、平時より緊急事態対応を専門とする人材を育成することが望ましい。また国内緊急事態対処局同様、各省庁にも学術・実務分野の専門家から構成される科学的助言システムを構築、運用することが望ましい。
国家のリスクマネジメント・緊急事態対処能力の開発・改善が一層重要課題となる状況において、その基盤として将来社会の姿を俯瞰的に洞察する活動とその能力の醸成が必要である。この活動からの情報は、国家リスクアセスメントを実施するうえで、将来社会を踏まえた合理的な最悪シナリオ(Reasonable Worst Case Scenarios)を作成するためにも重要である。
重要インフラ防護・レジリエンス強化のため研究政策・制度と官民連携
レジリエントな社会の構築には、国民生活や社会経済活動を支える、または国家として継続するために必要な施設、システム、拠点、ネットワーク、サービスである重要インフラシステムのレジリエンスを高めることが不可欠である。重要インフラシステムは社会的に重要な機能であり、ハードだけでなくソフトも含む。そして、これら重要インフラは、物理的、機能的、社会・経済的な相互依存関係をもつ大規模な複雑系である。以上のような認識に立ち、重要インフラ防護・レジリエンス強化のための研究政策・制度について四点提言する。
重要インフラの防護とレジリエンス強化には、システムズ・アプローチに基づいた多様なハザード・脅威に対するシステム挙動への理解を深めることがまず重要である。これがホリステッィク、クロス・ガバメント・アプローチの基礎となる。重要インフラを取り巻くリスク環境や政治環境や運用環境、重要インフラの分散ネットワーク構造、物理的空間及びサイバー空間での機能的相互依存、重要インフラ事業者の異なる組織構造や経営形態、規制等を含むガバナンス構造について、自然科学・工学そして社会科学・政策科学を統合した包括的な研究プログラムを推進する必要がある。そして、これらの研究プログラムを進めるには、学際性はもとより重要インフラ事業者そしてそれらを所管する府省庁からの協力が不可欠であり、更にはその研究資金が継続的に確保されることが必要となる。国内緊急事態対処局は関係省庁と協議・連携し、クロス・ガバメント研究体制を検討すべきと考える。そして、継続的な研究体制を通して、複雑化する社会における緊急事態対処に求められる戦略的思考、システム思考、実務的スキル、社会対話スキルを有する人材の育成、技術的・政策的・社会的イノベーションの継続的探索を実現することが重要である。
我が国における防災に関する調査研究は、緊急事態対処の具体的ニーズとミスマッチしており、研究の資源配分の俯瞰的・戦略的判断ができておらず、また政策立案や意思決定に効果的に反映される仕組みがない。国内緊急事態対処局は、防災に係る研究機関を所管する府省庁(特に文部科学省)の緊急事態対処の専門部署(提言4)との間で実効的な調査研究計画及びその活用方策について協議、連携することが望ましい。
我が国には米国国土安全保障省という緊急事態対処を専門とする政府機関はないが、緊急事態対処に係る準備・対応・復旧の政策立案、実行を支える「政策のための科学」は必要である。この実現には、産官学の連携、具体的には大学に産官学共同ラボ(常駐研究者派遣)を置きCOEとして現場への実装を念頭に先端的・学際的研究を進めることが望ましい。そして、大学において当該分野の教育を行い、我が国の緊急事態対処を担う行政・学術・産業界の次世代の人材育成を図ることが重要である。
おわりに
社会政治経済活動は今、広域そしてグローバルかつ重層的に相互連結し、様々な技術システムに支えられている。そして自然災害や人為的脅威や事故など多様な脅威に晒されている。これら諸活動のリスクは、巨大複雑化した社会を通じて相互依存的でシステミックな性質をもち、国家の成長や国民生活へ深刻な障害となる。我が国は、災害や危機を経験するたびに法制度を改正・整備してきたが、その漸進的なアプローチは限界に来ているのではないか。一層複雑化する将来社会を見据えたとき、我が国の緊急事態・危機管理の在り方を考えることは我が国の統治の在り方を考えることになる。本政策提言が、政府機関や重要インフラ事業者など関係者間で国家のレジリエンス強化の議論を喚起し、市民社会・社会活動のセーフティ・セキュリティ政策の形成に繋がることを期待する。