政策提言
ミャンマーにおける持続可能な電力政策に向けて

国際エネルギー分析と政策研究ユニット
ダニエル デルバリオ アルバレス(東京大学政策ビジョン研究センター 特任研究員)
山口 健介(東京大学政策ビジョン研究センター 特任助教)
杉山 昌広(東京大学政策ビジョン研究センター 准教授)
沼田 雅子(東京大学政策ビジョン研究センター 学術支援専門職員)
芳川 恒志(東京大学政策ビジョン研究センター 特任教授)

2018/3/22

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この政策提言は、ERIA(東アジア・アセアン経済研究センター)により支援された研究の成果を元に取りまとめたPolicy Brief "Toward a sustainable electricity policy in Myanmar"(英語)の日本語での要約です。全文は下記PDFをご覧ください。

国際エネルギー分析と政策研究ユニット

2つの課題:都市部における電力の安定供給と農村部におけるエネルギーアクセスの向

電力分野においてミャンマーは二つの大きな課題に直面している。1つ目は、都市部や産業用に電力の安定供給を確保すること、2つ目は、農村部において十分な電力アクセスを確保することである。

2011年の民政移管以来、国際的な制裁措置が解かれ、ミャンマーでは各国ドナーの活動が活発化してきた。その結果、短期間のうちに、数多くの計画が林立している。例えば、アジア開発銀行(ADB)は、エネルギー分野におけるニーズ等をまとめた、エネルギー・マスタープランを作成した。また、世界銀行(WB)は、100%の電化を目指した国家電化計画(National Electrification Plan, NEP)を作成し、その実行を支援している。国際協力機構(JICA)は、今後の最適な電源開発を目的とした電力マスタープランの作成を援助した。

見過ごされがちだが、こうしたエネルギー分野の課題は、和平構築プロセスという政府の最優先事項と密接にかかわっている。とりわけ、大規模水力や石炭火力といった大規模な電源開発においては、こうした民族紛争の緊張を高める可能性が高い。代替案を探ることが、和平構築のための現実的な方途となろう。

2013年以来、東京大学政策ビジョン研究センター国際エネルギー分析と政策研究ユニットでは、上記課題解決のために、ミャンマー政府やドナー他、関係する多様な利害関係者と協議を重ね、様々な形で共同し研究を遂行してきた。特に、電力政策の把握および分析、地方電化におけるミニグリッドの活用といったエネルギー分野の持続可能な開発について重点的に取り組んできた。また、2017年以降、与党National League for Democracy(NLD)本部からの要請で、和平構築下におけるエネルギー政策のあり方という観点に光を当てた、“Energy for Peace”提言の導出を目指している。本稿は、これまでの研究成果を基にした政策提言を示す。

統合的なガバナンス:政府・行政機構の効率化

2016年総選挙における地滑り的な大勝は、NLDによる行政機構の大幅な改変を可能とした。エネルギー分野で求められているのは、関連省庁間の新たな調整メカニズムであり、それを踏まえたエネルギー計画の改善である。

国家エネルギー管理委員会 (National Energy Management Committee, NEMC) は、関連省庁の調整メカニズムとして、前政権下で一定の意義を持った。しかし、現政権による廃止以降、代替する調整メカニズムは今のところ存在しない。現政権により、電力省とエネルギー省が統合され電力・エネルギー省(Ministry of Electricity and energy, MOEE)となり、一見、エネルギー政策をより包括的に所管するようになったように見えるが、現実的には、旧電力省と旧エネルギー省の垣根は殊の外高い。さらに、MOEE所管外となっているエネルギー課題も多い。例えば、基幹送電網はMOEEの所管だが、無電化地域の電化政策は、 農業畜産灌漑省地方開発局(Department of Rural Development, Ministry of Agriculture, Livestock and Irrigation)が担っている。同様に、再生可能エネルギーの技術開発は教育省(Ministry of Education)、省エネ基準は工業省(Ministry of Industry)、石炭などは天然資源環境保全省(Ministry of Natural Resources and Environmental Conservation, MONREC)の所管であり、その間の調整は取れていない。実効的な省庁調整メカニズムが求められる所以である。

現在、前述の二つの計画が討議されている。WBによる電化計画は、上述したように2030年までに100%の電化を目指しているが、基幹送電網の延伸のみならず分散型電源も入れる方向に進んでいる。この電源は現状ディーゼル発電が主とされているが、小水力や太陽光のさらなる利用が検討されるべきであろう。JICAの電力マスタープランは現在MOEEによって改訂されている1。従前のプランでは、再生可能エネルギーの導入量に限度が設けられていたが、現在のコスト低減を考えれば、石炭などと比較検討した最適なエネルギーミックスに改訂されることが期待される。

後発性の利益:リープフロッギング

再生可能エネルギー、特に太陽光発電のコスト低減は目覚しい。ミャンマーには、後発優位性がある。従前の、石炭火力の増強による基幹送電網の延伸と、ディーゼル発電による地方電化は、太陽光と水力の組み合わせを天然ガスによりバックアップするエネルギーミックスと、太陽光・小水力による地方電化に書き換えられるべきであろう。

ミャンマーは、水資源に恵まれており、域内の低炭素化への貢献も将来的には可能であろう。経済的利益の最大化とともに環境・社会的側面への十分な配慮が必要である。特に大規模水力において、これらの課題は顕在化しやすい。国際金融公社(International Finance Corporation, IFC)が行なっている戦略的環境アセスメント(Strategic Environmental Assessment, SEA)は、こうした課題解決に一つの指針を与えうる。また、エネルギー開発と和平構築を結び付けた上位戦略が肝要となろう。

天然ガス発電は基幹的な電源として電力の安定供給に寄与し得る。しかし、既存の海洋鉱区の埋蔵量はあと数年の可採とも言われており、依存しすぎるべきではない。現状、生産量の多くはタイや中国へ輸出されているが、その長期売買契約の見直しも実効性に疑問の余地がある。さらなる海洋鉱区開発も重要である一方、中長期的には、 輸入を増やすことが堅実であろう。浮体式LNG貯蔵再ガス化設備(Floating Storage and Regasification Unit, FSRU)も一つのオプションとなる。昨今の投資動向、価格低減、地理的優位、これらを勘案すると太陽光発電の大量普及は、ミャンマーが今後真剣に考えるべき方向性であろう。ミャンマーの中央乾燥地は、高い日射量、少ない降雨量、基幹送電線の近傍、とオングリッドでの太陽光の大量導入に適している。乾季に有利な太陽光発電を雨季に有利な水力発電と組み合わせることで、相互補完のエネルギーミックスが構築可能となる。 太陽光発電の普及にあたり、2点が政策課題として捉えられる。1つは、未熟なインフラと、発電出力の変動調整の困難さである。インフラ整備のアップグレードおよび運用能力の向上は、ともにドナーが技術支援で協力可能な分野であろう。次は、入札や固定価格買取制度(Feed-in-tariff , FIT)などの制度設計である。これまで、多くの国でこうした政策は施行されてきており、ドナーはミャンマーの現行制度に即した形で助言を与えていくべきである。

今後の電源開発:再生可能エネルギーの活用と隣国地域との連結

現状、ドナーサイドからの開発戦略は、石炭、水力、天然ガスといった大規模な電力システムに偏りがちである。より具体的に言えば、例えばJICAの電力マスタープランでは再生可能エネルギーの導入量は電源計画モデルの内部で計算されず、前提条件として外生的に与えられている。また長期的には電力系統の他国との連結を通じて電力貿易も経済的・環境的便益をもたらすと考えられる。当ユニットのシナリオ試算や文献を踏まえると、以下のことが導ける。

まず、分散型の再生可能エネルギーは環境的便益のみならず費用最小化の観点からも重要であるということである。この結論は、これまでの大規模電源に頼った発電計画や、送電線の投資計画にも修正を求めるものである。しかし太陽光発電の大規模導入は、今後の火力発電等の開発費用を低減し、より安価なエネルギーシステム開発を可能とする。喫緊の課題は、再生可能エネルギーへの国内外の投資インセンティブを確保する仕組みづくりであろう。

また、電力貿易に関する考察からは、短期的な電力輸入が示唆される。タイ、中国、ラオスなど、過剰投資により供給過多となっている国からは、安価に電力を輸入できる可能性がある。さらに、域内電力市場が構築されれば、より安価な輸入も可能だろう。国内のみの各選択肢と比べても、電力輸入は価格競争力を持つと思われる。

今後の地方電化:再生可能エネルギーを用いたミニグリッド2の活用

ミャンマー政府は地方電化におけるミニグリッドの活用を考慮すべきである。2030年100%の電化目標は、実現可能性が疑わしく、基幹送電網の延伸では、都市部や工業地帯などと比して、辺境部における農村が置き去りにされがちである。

ミニグリッドは、基幹送電線から離れた地域の電化に適している。これまでも各種プロジェクトが散発的に行われてきた。近年ではドナーサイドからミニグリッドへの支援が始まっている。通称「60/20/20」と呼ばれるプロジェクトもこのうちの一つである。このプロジェクトでは、政府が60%、民間事業者が20%、農村電化委員会(VEC)が20%を出資し、事業者が開発、運用、VECへの移譲までを行う。VECは村人により構成され、燃料調達、電力価格、最貧層への配慮、料金回収までを執り行う。補助金がなくともより経済性を担保できるよう、安価で持続可能なミニグリッドのあり方について研究が必要であろう。

コスト面からはミニ水力が選択肢となる。太陽光は日中の需要創出の必要があり、照明等の夜間の利用のみではコスト高と試算された。とはいえ、近年の価格低減を考えると現状のミャンマーにおける太陽光発電はコスト削減の余地がある。ミニ水力も太陽光も、グローバルな技術革新を積極的に取り入れていくことで、価格競争力は今後より高まるであろう。

他方需要側について、政府やドナーは、産業需要の創出を促進すべきである。こうした需要の増加によって、ミニグリッドはより持続的な運用が可能となる。現状では、農村部における電力消費は、照明やTV等のため、夜間に集中している。これでは、昼間に発電した電力は、蓄電池に充電された後はロスとなる。仮に、産業利用が確立され、昼夜問わず電力が利用されれば、より効率的に運用でき、地域経済発展との相乗効果が期待される。

最後に運用面についても付言したい。太陽光パネルは粗悪品も出回っており、消費者側に悪印象を与えてきた。政府は規制・規格を通じて、こうした機器の質について管理することが肝要となる。

とるべき道:再生可能エネルギー、分散型電源、電力統合

現状のJICA電力マスタープランにおいては、大規模電力システムが前提となっており、電化も基幹送電線の延伸が基本とされている。これまでの当ユニットの研究成果が示唆するのは、再生可能エネルギー、分散型電源、多国間電力取引をより積極的に取り入れることで、経済的にも和平構築の観点からも優れた電力システムを構築することが可能となることである。

世界の潮流に反して、電力マスタープランでは再生可能エネルギーは主たる役割を期待されていない。太陽光、水力等、ミャンマーほど再生可能エネルギーに恵まれた国も多くはないであろう。とりわけ、中央乾燥地帯での大量導入を通じて、太陽光はエネルギーミックスの主役になりうる。その障害を取り除くためにも政策に期待されるところは大きく、例えば入札制度などは今後考慮する価値があるだろう。

ミニグリッドによる地方電化は迅速かつ効率的な電化の手段として有効である。前述の通り、技術革新によりそのコスト競争力は高まっている。今後、政府には規制の明確化による投資家保護と、電力の産業需要の創出促進策が求められる。

さらに、隣国そしてASEAN域内での電力融通にも積極的に取り組むことが求められる。短期的にはこれは隣国の余剰電力買取という安価な電力供給オプションとなろう。また長期的には逆に輸出を通じた貴重な外貨獲得源となると思われる。電力統合の深化で、再生可能エネルギーが大量導入されれば、ASEAN域内の低炭素化は劇的に進む。まだ電力統合の具体像は不明瞭であるが、域内国の一つとしてミャンマーの将来について研究をしていく予定である。


解説
  1. 2017年の秋に改訂計画が公表される予定であった。
  2. 小規模発電所、送電網を含む小規模電力網。本稿ではマイクログリッドと区別していない。

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