政策提言
「シルバーニューディール」でアクティブ・エイジング社会を目指す

2011/3/4

この報告書は、2009年8月に東京大学政策ビジョン研究センターと産業競争力懇談会(COCN)が共同で発足させた「活力ある高齢社会に向けた研究会」の成果として、産業技術総合研究所の新たな参加を得て取りまとめたものである。

エグゼクティブサマリー

1.基本認識

我が国は規模においても、その速さにおいても、歴史上経験したことのない高齢化を、世界に先駆けて経験している。特にこれから起こってくるのは、団塊世代の大規模な高齢化に伴う都市部の高齢化である。しかし、多くの高齢者は元気であり、健康な高齢者は増加傾向にある。高齢化に伴う課題として、医療・介護及び年金に焦点が当たりがちであるが、高齢者の能力を十分に活用し、高齢者を含むすべての人びとが安心して暮らせる社会を実現する「アクティブ・エイジング」に関する課題は見逃されている。新たな産業・雇用の創造と社会の高齢化に伴う課題解決とを同時に実現することを目的に、「シルバーニューディール」の発想のもと、都市・住宅から、健康・医療・福祉を含む社会全体の在り様を「高齢者標準」とする社会へのイノベーションを早急に行う必要がある。

2.ソーシャルイノベーションの重点4領域

社会全体を高齢者標準とするためには大規模な社会改革が必要になるが、それについてのアイディアはまだ乏しいのが現状である。本研究会では、高齢社会のニーズへの適応力と新しいビジネスモデルの可能性及び高齢者の活動基盤の拡充を探るため、未来におけるアクティブ・エイジング社会の生活シーンを想像し、4つの重点領域でのソーシャルイノベーションを設定した。

  1. (1)マイホーム/マイタウンで安心してアクティブに暮らす
  2. (2)ストレスを感じずに安全に移動する
  3. (3)社会とつながり続ける
  4. (4)クリニカルデータを高度活用して効果的な予防・治療を受ける

以上の4つの領域におけるイノベーションを実現するためには、高齢社会の潜在的なニーズと我が国が持つ新技術やアイディアを組み合わせた上で、これらが有機的に機能するための一体的・総合的なシステムとして構築しなければならない。

3.ソーシャルイノベーションを阻む5つの壁

高齢社会へのイノベーションは、成長戦略の両輪をなす環境(グリーン)分野と比較すると、その歩みは遅いと言わざるを得ない。社会的なニーズが高いにもかかわらず、イノベーションがまだ進まない理由として、次の5つの「壁」があると考えられる。これらの高い「壁」をいかにして乗り越えるかが課題となる。

  1. (1)新たな社会システムの可能性に関する認識不足
  2. (2)基盤となるハード、ソフトの社会インフラへの投資不足
  3. (3)新技術・ビジネスモデルに関する社会的な受け入れの「壁」
  4. (4)技術・知識・アイディア、社会インフラ等の統合の難しさ
  5. (5)社会における「実証実験」の機会の不足

4.高齢者標準社会の実現に向けた提案

本研究会では、高齢者を標準とする社会の実現に向けて、産業界及び総合的な研究機関からのアプローチを提示した。本研究会に参加した企業からは、それぞれの企業がすでに実施しているか、もしくは開発中の技術を取り上げ、潜在的なニーズに対応したりビジネスモデルを構想する上で必要な課題について、合わせて14のアプローチを提案している。総合的研究機関からのアプローチとしては、産業技術総合研究所が構想しているR&Dマップを提示し、テーマ別に15の技術について現状と課題を簡単に紹介する。

5.7つの政策提言—「シルバーニューディール」でアクティブ・エイジング社会を目指す

国の政策上のプライオリティーを高く位置づけ、国全体の総合力を発揮できる体制整備を強く期待する。

(1)シルバーニューディールを経済政策の柱に

シルバーニューディールの発想のもと、新技術やアイディアを活用したイノベーションを早急に行う必要がある。この「高齢者標準社会」のモデルは、高齢者に活動する社会基盤を提供し、国内の需要を掘り起こすと同時に、次世代の輸出産業の核となりうる。

(2)高齢者標準社会基本法の創設

高齢者標準社会の創成に向け、イノベーションをスピーディかつ俯瞰的・統一的に進めるための「高齢者標準社会基本法」のような国家的枠組みの創設を提案する。この法律は統合的に持続可能なシステムを形成するためのファンダメンタルズとなり、同時に、民の経済活動と官の政策とが、相補的となるインフラとして機能する。

(3)ユニバーサル・デザインの理念の普及とカスタマイズ化

製品・サービス及びその基盤となるハード・ソフトのインフラを供給するに当たっては、高齢者の身体能力の多様性とライフスタイルの経年変化等を考慮し、ユニバーサル・デザインの理念を徹底するとともに、カスタマイズ化を可能とすることが重要である。

(4)実証実験による検証と先進都市の創成

重点4領域の課題を一体的に盛り込んだ「アクティブ・エイジング都市・生活モデル」の構築と検証が急がれる。実証実験により計画から実施に至る過程で様々な課題を検証できるとともに、その効果を見える化することで、国民的認知を得ることも可能となる。

(5)社会との対話型イノベーションの総合的展開

供給サイドの力の強化のため、イノベーションを支えるR&Dやその構造化・統合化を行う活動に対する支援と投資が必要である。特に課題と解決策と間に多角的な関係を構築できるよう、分野や組織を超えた総合的な検討を可能とすることが重要である。

(6)産官学・文理融合の研究・推進拠点の形成

産官学の緊密な連携で総合性を発揮し、文理融合により全体的な構想を形成できる研究・推進拠点が必要である。例えば米国のQoLTセンターでは、エンジニア・社会学者・臨床医・サービス提供者等を含む研究体制で、研究成果のビジネス化を目指している。

(7)政府レベルで政策を推進するための駆動力の集結

アクティブ・エイジング社会の構築という複合的な課題に取り組むには、多分野で多主体、多府省が実施する活動や施策を方向づけ、総合的調整を図るワンストップサービス拠点の設置と、それを通した産官学の緊密な連携による力の結集が不可欠である。