社会が選択するエネルギー・環境政策
2009/7/14
技術政策と社会システム構築の連携に向けて1
--- 初版 090714 version1.0 ---
- エネルギー・環境技術政策の課題
- 柔軟性強化
- (1)市場支援的手法の活用
- (2)制度的手法の活用
- (3)研究開発支援の充実
- 包括性の確保
- (1)需要側からのエネルギー利用分析の充実化
−住宅、土地、交通分野での包括的社会ニーズ把握の重要性− - (2)単体技術の支援から「社会システム」の変化への支援
- (1)需要側からのエネルギー利用分析の充実化
- 頑強性の強化:エネルギー・インフラへの投資の強化
- 多様な観点からの実効的議論が可能な「開放的政策空間」の創設
1.エネルギー・環境技術政策の課題
地球環境問題の解決は、社会の高齢化と並んで、我が国が直面する2大課題である。エネルギーと地球環境をめぐる情勢は、ここ数年で急激に変化している。日本政府は、2020年までの中期目標(温暖化ガスの排出量15%削減(2005年比))に加え、2050年までの長期目標として、同60-80%削減を打ち出しているように、気候変動枠組み条約における「ポスト京都議定書」のあり方を巡っては、30−50年という、長期的視点を必要とする。一方、石油価格は$30/バレルから$140/バレルまで乱高下し、さらには2008年の金融危機以降、世界的不況の到来という短期的な情勢変化にも対応しなければいけない。このジレンマをどう解決すればよいのか。その解決に重要な鍵を握るのが、エネルギー環境の持続性確保に貢献する技術の普及促進である。
エネルギーの供給インフラは短期間には転換することができない。しかし、人々の生活や考え方、それに基づくエネルギーの使い方は短期間でも大きく変化する可能性がある。また、現在から30年間という期間は、長期的に持続可能な社会への「過渡期(transition period)」として重要な意味を持つ。将来の社会のあり方に関する不確実性のなかで、いかに戦略的な選択を行っていくか。技術政策はそのような社会システム構築と連携して行っていく必要がある2 。
今後のエネルギー・環境技術政策の内容に求められるものとして、以下のような3つの要素(柔軟性、包括性、頑強性)をあげることができる。また、このような横断的な政策論議を効果的に行うことを可能とする新たな「政策空間」が必要である。
2.柔軟性強化
(1)市場支援的手法の活用
企業部門の中などには、多様なエネルギー・環境技術のオプションがあるにもかかわらず、これらが十分普及しないで埋もれていることが明らかになっている。そして、普及を阻害している要因として、価格以外にも数多くのものが指摘された3 。普及阻害要因としては、しばしばコスト高が指摘されるが、実際にはコストが高くない(長期的にはコスト回収が可能)にも関わらず、技術普及が進まない事例が、多く報告されている。
興味深い資料として、「温暖化技術の削減コストカーブ」があげられる。2007年にマッキンゼー・カンパニーが発表した「世界の温暖化ガス削減ポテンシャル・コストカーブ」(図1)は、そのわかりやすさと有用さで、世界に大きな影響を与えた4 。縦軸に温暖化削減コスト(「マイナス」とは投資コストを上回る利益回収が見込める、という意味)、横軸に2030年までのCO2削減ポテンシャル量をおき、各削減技術について、推定コストとCO2削減ポテンシャル量をプロットしたものである。これによると、温暖化対策技術は次の3つに大きく分類される。
グループA:
経済性はあるが、初期投資が高いなど、普及が難しいとされる技術(断熱化など、市場メカニズムで普及するはずだが、実際はそれほど進んでいない)
グループB:
経済性はないが、支援制度や規制などで導入が可能と考えられる技術(多くの新エネルギーが対象となる)
グループC:
現時点では経済性見通しが立たないが、長期的な技術開発が必要な技術(太陽光発電や新型原子力、二酸化炭素回収貯留(CCS)などが含まれる)
このグループAように、経済性があるにもかかわらず、普及が進んでいない技術が多くある。それでは、このような技術の普及支援はどのように行えば良いのだろうか。
1つ目のヒントは、「認識情報資源」とでもいうべきものの活用である。利益最大化やコンプライアンスといった動機づけ以外にも、技術のパブリックイメージ、企業イメージ、企業の社会的使命としての位置づけ、政策による「おすみつき」など、エネルギー・環境技術を普及させうる動機が存在しうることが明らかになっている5 。逆に言えば、「おすみつき」や双方向コミュニケーションを通して、これらの認識やイメージを変化させることで、普及を促進することができる。
2つ目のヒントは、組織間連携の促進である。このような技術の導入・普及には実際には様々な組織間(業界間、省庁間、会社間、部署間)での連携が必要であるにもかかわらず、連携が成立していないという問題点が多く指摘されている。
また、市場条件そのものを変化させることもありうる。たとえば省エネや環境基準の改定などの措置、省エネラベルの義務付けなどが有効となる場合もあるかもしれない。
(2)制度的手法の活用
次に、コストカーブのBに位置する技術の導入促進をどのように行うのかが課題となる。ここでは、より市場適合的な制度として、租税特別措置、炭素税や固定買取制度、排出権取引制度、規制などの制度的手法を導入することが適当と考えられる。
逆に言えば、時限的に限定されざるを得ないという問題を多くのステークホルダーが指摘する「導入補助金」ではなく、恒久的な制度的手法へのシフトが必要であると思われる。確かに太陽光発電で日本が世界をリードした背景には、購入者に対し投資額の一部を直接支援する「導入補助金」が重要な役割を果たしたことはよく知られている。しかし、この補助金制度は、年度ごとの予算枠で制限され、毎年予算枠を超す希望者があったにもかかわらず導入規模の拡大が制約を受けた。さらに、2005年度に制度を一時的に打ち切ったことで、導入規模でドイツに世界一の座を奪われることになった。2007年現在、その差はさらに拡大しており、ドイツは368万キロワット、日本は192万キロワットと約半分になっている。
そこで、2010年から、ドイツが導入してきた「固定買取制度」類似の制度を導入することにした。1キロワット時48〜49円程度で約10年間、余剰電力を電力会社が購入することを義務付ける法律を導入し、買い取り費用は電力料金に転嫁することとするのが制度の骨子のようである6 。この制度の導入により、今以上の普及は期待されるものの、まだ課題が多いとの指摘がある。たとえば、ドイツは20年の長期契約であり、買い取り量も余剰電力ではなく、全量を買い取る制度となっている。また、対象は太陽光発電だけではなく、再生可能エネルギー全体となっている。投資回収期間が、15年程度と見られているだけに、買い取り期間の10年と20年の差は重要な要素になる可能性がある7 。
固定買取制度とは異なるが、日本でも支援制度として有効とみられる制度に「グリーン税制」があげられる。日本では、自動車の燃費効率基準を満たした自動車の重量税・取得税を免除あるいは軽減する制度を導入し、自動車の燃費改善と「エコカー」の普及に大きく貢献してきたとされている。これを、さらに省エネ住宅の促進にも採用することが決定し、平成20年度より「省エネ住宅税制優遇措置」が導入された。これによると、既存住宅の省エネ改修(断熱材や複層ガラスの導入など)、次世代省エネ基準を満たす新築住宅の建築・購入、再生可能エネルギー設備の導入に対し、所得税・固定資産税の減税措置がとられることになった。このような制度的手法を他の領域に関しても検討していく必要がある。
(3)研究開発支援の充実
最後に、グループCについては、長期的な研究開発支援でコスト削減を促進する支援が適切となる。日本のエネルギー研究開発予算は、1980年代から年間4000億円規模で安定しており、世界でも米国と並んでトップクラスの規模を維持している。しかし、その中身をみると、最近は特に「導入支援」に予算が大きくシフトしており、2000年代に入ると予算の7割が風力、太陽光発電などの導入予算に充てられていた(図−2)。本来、導入普及支援予算は、研究開発予算とは別枠で考えられるべき予算であり、長期的な技術革新を促進する意味では、導入普及支援予算とは切り離された研究開発予算枠を確保することが望ましい。また、研究開発といっても、基礎研究、基盤技術研究といった汎用性の高い分野と、特定の応用分野をしぼった開発や、大規模な予算を必要とする「実証開発プロジェクト」予算などを、明確にすることが必要である。
また、エネルギー研究開発が社会に有効な成果をもたらしているかは、現在のプロジェクト単位の評価枠組みだけではとらえられない。表−1は、1974年から2002年までのサンシャインプロジェクトのR&D予算の成果を、「実用化による省エネ効果」と「CO2削減効果」により(財)電力中央研究所が評価したものの一部である。これによると、サンシャインプロジェクト全体では、累計で1兆4千億円が投資されており、その結果石油換算で6510万キロリットルの節約、CO2換算では1億3千万トンの削減効果をもたらしたとされる。
ここで注目したいのは、累計予算の大小と節約効果は必ずしも比例ではなく、少ない予算で大きな効果をもたらしているもの(ソーラーシステムと高効率ガスタービン)や、多くの予算の割に効果が少ないもの(太陽光発電、スーパーヒートポンプ)がある、という点だ。しかし、プロジェクト単位で評価すると、太陽光発電やヒートポンプへの予算が削減されることになりかねない。しかし、それでは長期的技術革新を生み出すことができない。例えば、スーパーヒートポンプ・プロジェクト自体は、結局実用化につながらなかったが、その基盤技術が継承されて、民間により見事に実用化に成功したのが「エコキュート」(高効率ヒートポンプ電気給湯器)の事例である。高効率ヒートポンプは民間に引き継がれて研究開発が続き、一方でフロン規制によるCO2冷媒の開発などが相乗効果をもたらし、最終的には、電力会社、研究機関、メーカーの3者が連携してエコキュートの実用化に結びついた8。このように、研究開発プロジェクトは、短期的なプロジェクトの成否だけで評価するのではなく、長期的かつ全体の効果を十分に評価することが必要である。
3.包括性の確保
(1)需要側からのエネルギー利用分析の充実化
−住宅、土地、交通分野での包括的社会ニーズ把握の重要性−
エネルギー政策の重点はこれまで、供給側の視点で作成されてきているが、その弊害の一つとして、供給側の「縦割り」構造があげられてきた。産業別・技術別の「セクター別」政策がとられることにより、横断的かつ包括的なエネルギー政策が取りにくくなってきていた。その限界を超えるためには、需要者側からの包括的な社会ニーズ把握に基づいたエネルギー政策を重視していく必要がある。エネルギー環境に特に関係する分野として、住宅(ビル)、土地利用(都市)、交通面などの需要側のニーズ把握が重要となる。
そのなかでも、日本では特に今後温暖化ガスの伸びが予想される分野として住宅分野が注目される。住宅それ自体でも、省エネポテンシャル、特に建物の断熱は、前述の温暖化技術コストカーブでも最もコスト効果の高い技術として注目されている。窓の断熱に限ってみても、その省エネポテンシャルは極めて大きい(熱損失の30%を占める)のに、日本では窓の断熱に大きな効果の見込める複層ガラスの普及が5%程度と、欧州の50〜100%に比べて極めて普及度が低い(図−3)。米国では、70年代後半に住宅における断熱化への税制優遇措置を導入し、90年代にはエネルギー政策法により断熱基準の強化を導入してきた。その結果、普及率は確実に上昇してきている。これに対し、日本の窓における省エネルギー基準は北海道では欧州並みであるが、東京や沖縄では基準がまだ緩い。
近年注目を浴びているコンパクトシティーも、居住ニーズ、交通ニーズ、福祉・医療ニーズへの包括的対応として重要である(他方、将来の農山村を含めた国土管理のあり方の問題、従来の居住地に愛着を持っている人々を事実上強制的に移住させることの可否という権利に関わる問題を背後に随伴している)。また、次世代の交通手段として期待されている電気自動車の役割も、単に既存の自動車の役割を代替するという観点からではなく、将来の社会構造に即したニーズへの対応という観点から評価されるべきである。
(2)単体技術の支援から「社会システム」の変化への支援
需要側からの包括的視点で可能となるのは、単体技術毎の視点ではなく、需要側から「システム」として供給側を見ることができることだ。これにより、複数のエネルギー技術の組み合わせをより効果的に見ることができる。
たとえば、給湯システムを考えると、これまでは太陽熱温水器、ガス給湯器、電気給湯器をそれぞれで普及支援策を考えてきていた。しかし、需要側にたてば、太陽熱温水器をガス給湯器の組み合わせによる「ソーラー・ガス統合給湯システム」も対象としてみることができる。太陽熱温水器やソーラーシステムは、80年代以降導入普及が低下しているが、この組み合わせシステムにすると、ヒートポンプ式電気給湯器(エコキュート)とほぼ同等かより効率が高いと評価され、今後の普及が期待される9。また、一定の条件の下では、太陽熱温水器活用の余地もある10。
社会システムからの視点という意味で、注目されるのは、EUが2006年より導入しているCONCERTOプロジェクトである。これは、地域ごと(都市やコミュニティ)にエネルギー効率の改善と再生可能エネルギーの導入を効果的に推進するプロジェクトを、コンペ方式で支援する、というプロジェクトである。従来の供給技術をベースにした支援制度とは異なり、社会システムとしての改善を目指すため、各地のニーズに応じた多様なエネルギー環境技術の導入・普及が期待されている。現在9つのプロジェクトで28のコミュニティが参加している11。
2009年1月、これに似たような制度を経済産業省が発表した。「新エネルギー社会システム推進室」と呼ばれるもので、新エネルギー・省エネルギーの推進を、社会システムとして実現していこうという趣旨である12。製造業や農林水産業のみならず、公共施設、運輸・流通、観光、住宅、生活インフラなどの改革や更新を通じて、新エネルギー・省エネルギーの推進を図るという。今後の進展が注目される。
4.頑強性の強化:エネルギー・インフラへの投資の強化
エネルギー需給インフラの整備の重要性は、多くの関係者により指摘されている。具体的には、分散型電源・再生可能エネルギーの急増や需要側の効率改善に対応できるよう、電力送配電網(グリッド)の充実、公共交通インフラ、建築物や住宅のグリーン化など、エネルギー需給インフラの整備を強化することが重要である。
OECD国際エネルギー機関(IEA)が発表した、「エネルギー技術展望2008:2050年までのシナリオと戦略」によると、2050年までに電力システム(送配電、貯蔵、余剰能力など)への必要投資額は、発電システムそのものと同程度の規模になると予想している13。これは、おもに途上国のグリッド整備や送配電損失の減少など、送配電網の効率化が大きな課題とされているからである。しかし、日本のようにすでに高効率化が実現している場合においても、分散型電源や再生可能エネルギーが急増することや、需要側管理の必要性が増すことを考えると、送配電グリッドのさらなる効率化(いわゆる「スマートグリッド」)にむけての投資が必要と考えられる。これには、各需要端に設置される「スマートメーター」や、発電設備の有効利用をはかる「貯蔵容量」の拡大、周波数安定化などが考えられる。また、隣接送配電網との連携円滑化も、電力システム全体の効率改善にむけて必要とされる。
2009年1月、経済産業省「低炭素電力供給システムに関する研究会」において、将来の太陽光発電導入目標達成のための必要投資額(推定値)が公表された。これによると、3つの選択肢が示されており、需要家側蓄電池装置のみで対応した場合で5兆4千億円〜6兆7千億円、配電対策と系統蓄電池関係の組み合わせでは4兆6千億〜4兆7千億円、配電対策・系統側蓄電池・揚水発電関係の組合わせでやはり4兆6千億〜4兆7千億円が必要とされている(表−2)。これらは試算値であり、今後はこれをスタートとして、さらに精緻な見積もりが必要とされるであろうが、いずれにせよ、必要投資額がかなりの規模となる可能性があり、そのコスト負担をどうするかも、今後の政策課題として重要である。
- ※1年末年始及びGW期間中における出力抑制による発電電力量の減少分を2%と仮定すると、総抑制量は約59.5億kWh(太陽光発電協会試算)となり、当該抑制量を基に機会損失コストを試算すると約842億円となる。
- ※2火力発電による調整運転及び蓄電池の充放電ロス・排水ロスに係るコストは、2030年度における対策量約70億kWh及び約20億kWh(ともに電事連試算)を基に試算した。また、太陽光出力の把握に係るコストについては、5,300万kW導入時の対策費用4,000億円(電事連試算)を基に作成した。
- ※3各シナリオにおいては、出力抑制、需要家側蓄電池など幅をもって試算している項目もあるが、以後のコスト負担の試算においては各シナリオにおける最大額(6.70兆円、4.72兆円、4.73兆円)を用いる。
- ※4シナリオⅠでは、実際には配電対策、系統側蓄電池、揚水発電が必要となる可能性もある。
- ※5追加発生コストではないが、太陽光発電の導入に伴う自家消費の増加により、既存設備に係るkWh当たりの固定費負担額が導入しない場合に比べて相対的に増加する。
アメリカのオバマ政権は、この分野で大規模な公共投資を実施することを提示しており14、いわゆる「グリーン・ニューディール」の目玉のひとつとして投資を進めようとしている点も注目に値する。日本においてスマートグリッドに投資を行う際には、公的部門がどのような役割を担うのかが、大きな課題となる。
5.多様な観点からの実効的議論が可能な「開放的政策空間」の創設
従来のようなエネルギーの供給サイドに限定をした議論ではなく、エネルギー利用形態に関わるこのような社会の多様なあり方に視野を広げた議論を行うためには、多様なセクターの関係者が参画した上で多様な観点からの議論が可能な横断的な場が不可欠となる。例えば、エネルギー・インフラへの投資の強化も、社会インフラとしての多様な含意を考えれば、やはり、多様なセクターの関係者が参画した上で多様な観点からの実効的な議論が可能な横断的な場が不可欠である。
現在の政府の各省等の審議会は、どうしても縦割り型になる傾向にある。例えば新エネルギーや省エネルギーと原子力を横並びで議論することが難しい。ましてや、エネルギー政策と住宅、土地利用、交通等に関わる国土利用政策を横並びで議論することはより難しい。形式的には、最近、合同審議会が設置されるようになっているが、構成メンバーの人数だけでもかなりの多数になるこのような合同審議会では、実質的な議論にまではなかなか辿り着かないのが現実である。それでは、このような場は如何にして設定されるのか。一つの方策は、このような政府の縦割り型審議会方式を補完する仕組みとして、民間や地方自治体においてより柔軟なかたちで議論する場を設け、中央の政策議論に結び付けるような試みが考えられる。外交分野では「トラック・ツー」と呼ばれる、非公式、準公式の政策議論の場において、多様なアイディアの実現可能性を探る試みがすでになされている。米国でも、共同事実確認という枠組みを用い、非政府組織がエネルギー・環境政策に関する非公式な政策議論の場を設けた事例がある15。国内政策についても、このような「非公式・準公式」の政策議論の場を設けることが、縦割り政策議論の補完する一つの方策であろう16。
また、科学技術の関連諸分野の政策への含意を長期的かつ幅広く認識するための興味深いプログラムとして、イギリスにおけるフォーサイトがある17。イギリスでは、1993年に科学技術局によってフォーサイト・プログラムが開始された。そのプロセスにおいて、多くのパネルを設置し、広範な社会のステークホルダーを巻き込み、ネットワークを構築した。第2サイクルでは、より幅広い参加者の巻き込み(中小企業含む)、生活の質といったテーマが重視された。その後、2006年以降の第3サイクルにおいては、ローリングプログラムにするとともに、焦点をある程度絞った6つのプロジェクト(洪水・沿岸対策、サイバーシステムの信頼確保と犯罪防止、脳科学、インテリジェント・インフラストラクチャー等)を実施している。また、ホライズンスキャニング・センター(Horizon Scanning Center)を2004年に設置し、潜在的将来課題に関する検討や、多様なステークホルダーを巻き込んで科学技術に関する課題を抽出するWIST(Wider Implication of Science and Technology)といった活動を行っている18。
実は、このイギリスのフォーサイト・プログラム発足に際しては、1980年代以降の日本の科学技術庁等による科学技術政策形成における技術フォーサイトの経験、実績が参考にされた19。その意味では、日本にも十分経験はあるのである。しかし、イギリスにおいては、より幅広く社会的要素を入れる観点から、技術フォーサイトという名称は端にフォーサイトという名称に変更された。日本においても、このようなイギリスにおける展開も踏まえて、より幅広い社会のステークホルダーを巻き込んだかたちでの、非公式的準公式的な横断的論議の場の設計を行う必要がある。
エネルギー・環境技術政策は、伝統的には、閉じた政策空間で議論されてきた。しかし、地球温暖化問題やエネルギー安全保障問題などを契機に、エネルギー環境政策・技術のあり方は、幅広い社会の課題と繋がることが不可避であることが認識されてきた。また、経済危機後の経済刺激策の中にも長期的なエネルギー・環境技術政策を埋め込んでいく必要がある20。このような課題の広がりの認識に対応して、エネルギー環境政策を議論する政策空間自体をより開放的なものにすることが求められている。それでは、このような開放的な政策空間を社会においてどのように確保していくのか。それを実現するためのステップ、移行マネジメント(transition management)21は如何にあるべきか。これらが次の課題である。
- 1本提言は、東京大学公共政策大学院寄付講座SEPP(エネルギー・地球環境の持続性確保と公共政策)における研究をもとにありうる政策の方向性に関する提言としてとりまとめたものである。
- 2寄付講座SEPP(エネルギー・地球環境の持続性確保と公共政策)においては、「シナリオ・プラニング手法」を採用し、日本の未来社会について5つのモジュール(高齢化、都市と交通、食と農業、企業のアジア展開、技術発展と社会)を作成し、最後にはそれらをもとに2040の3つの将来社会像を描き、このような将来の社会システムのあり方のエネルギー技術政策への含意について検討を行った。詳細は、城山英明・鈴木達治郎・角和昌浩(編著)『日本社会の未来とエネルギー・環境政策』(東進堂、近刊予定)を参照。
- 3以下の寄付講座SEPPにおける研究では、ステークホルダー分析を活用した技術普及の阻害要因を分析した。松浦正浩・城山英明・鈴木達治郎「ステークホルダー分析手法を用いたエネルギー・環境技術の導入普及の環境要因の構造化」『社会技術研究論文集』第5巻(2008年)。
- 4その後、2009年1月に改訂版が公開されている。 http://www.mckinsey.com/clientservice/ccsi/pathways_low_carbon_economy.asp
- 5同上。
- 6経済産業省「『エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律案」及び「石油代替エネルギーの開発及び導入の促進に関する法律等の一部を改正する法律案』について」(2009年2月)。http://www.meti.go.jp/press/20090310001/20090310001.html
- 7フジサンケイビジネス「買電義務化、価格も倍に、家庭用太陽光発電普及へ新制度」(2009年2月25日)。http://japan.cnet.com/news/biz/story/0,2000056020,20388825,00.htm
- 8寿楽浩太、鈴木達治郞「家庭用高効率給湯器の研究開発・導入普及過程−公共政策的観点からの事例分析−」『SEPPワーキングペーパー』(2008年12月)。
- 9前真之「給湯機器の効率」『IBEC』151号(2005年)。
- 10太田響子・林裕子・松浦正浩・城山英明「環境技術の社会導入に関する政策プロセスにおける分野横断的ネットワークと公共的起業家機能に関する分析−埼玉県越谷市レイクタウンにおける住宅の面的CO2削減事業を事例として−」『社会技術研究論文集』第5巻(2008年)。
- 11European Commission, “CONCERTO: Towards an Integrated Community Energy Policy to Improve The Quality of Citizens’ Lives,” http://ec.europa.eu/energy/res/fp6_projects/doc/concerto/brochure/concerto_brochure.pdf
- 12経済産業省、「『新エネルギー社会システム推進室』の設置について」、2009年1月13日。http://www.meti.go.jp/press/20090113002/20090113002.html
- 13International Energy Agency, “Energy Technology Perspectives 2008: Scenarios & Strategies to 2050,” June 2008. 特にChapter 13 “Electricity Systems” (p. 401-412)を参照。
- 14International Energy Agency, “Energy Technology Perspectives 2008: Scenarios & Strategies to 2050,” June 2008. 特にChapter 13 “Electricity Systems” (p. 401-412)を参照。
- 15Keystone Center, “Nuclear Power Joint Fact-Finding” June 2007. http://www.keystone.org/spp/energy/electricity/nuclear-power-dialogue; National Energy Policy Initiative. “Expert Group report” 2002. http://www.nepinitiative.org/expertreport.html
- 16鈴木達治郞・城山英明・松本三和夫(編著)『エネルギー技術導入の社会意思決定』日本評論社(2007年)。
- 17Ian Miles, “UK Foresight: three cycles on highway,” International Journal of Foresight and Innovation Policy, vol. 2-1 (2005).
- 18http://www.dius.gov.uk/partner_organisations/office_for_science/foresight/horizon_scanning
- 19Ben R. Martin and John Irvine, Research Foresight: Priority-Setting in Science, London, Pinter (1989).
- 20経済刺激パッケージに占める環境関連の比率は韓国、EU、中国が高いといわれている。Anthony Giddens, Simon Latham and Roger Liddle, eds., “Building a Low Carbon Future: The Politics of Climate Change,” Policy Network (2009).
- 21エネルギーシステム、交通システム、農業システム等の移行プロセスのマネジメントに関する意識的議論であるオランダ等における移行マネジメント論は参考になろう。John Grin, Jan Rotmans and Johan Schot, Transition to Sustainable Development: New Direction in the Study of Long Term Transformative Change, KSI (2009).